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第二部
23.満月の浮かぶ夜
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目を開けると、ハーディと目が合った。
ハーディの腕の上に自分の頭がある。ハーディは二番目までボタンをはずしてシャツを着ていて、わたしもナイトウェアに包まれていた。どれぐらいの間眠っていたのかしら。
「もう、朝?」
声を上げ続けたせいなのか、問いかけるわたしの声は掠れていた。
「いいや、まだだよ」
ハーディは窓の外を示した。空はまだちゃんと暗い夜の色だ。
「浄化の魔法だけはかけたけど。どこか痛いところはない?」
むしろ痛いところしかない。足の間に何かまだ挟まっているような感覚がある。腰も怠いから立ち上がれないかもしれない。胸元を見ると、ハーディが散らした赤い花がちゃんと残っていた。
夢じゃなかった。ちゃんと、現実にハーディに抱かれた。
「本当は治癒魔法もかけたいんだけど」
わたしが嫌がると思ったのだろう。その通りに、わたしは首を振った。
「へいき。大丈夫」
「そう。ならいいけど」
「ハーディはずっと起きていたの?」
「君のおかげで魔力が随分戻ったからね」
ハーディは左手にふわりと炎を浮かべた。さっきとは比べ物にならないぐらい、炎の煌めきが強くて美しい。欲求が満たされると魔力も満ちるんだなとハーディは他人事のように呟いた。
「可愛い寝顔も見ていたかったし」
ハーディは啄むように唇に触れるだけのキスをした。そのまま、頬に額に、鼻の頭にキスが落ちる。なんだか、隙あらばキスされているような気がする。
「どう? おれがキスが嫌いじゃないって分かってくれた?」
とてもよくわかった。もう二度とそんなことは言わないわ。
答える代わりに、わたしもハーディにキスを返した。
朝になったら、お父さまとお母さまとお兄さま達に手紙を書こう。
わたしの呪いと、それを解いてくれた月の魔術師について。
全部包み隠さず書いたら、きっと卒倒してしまうだろうから、要所要所で脚色を入れないといけない。
「王城に戻りたいんだけど、ついて来てくれる?」
「ルイーゼの行くところなら、どこへでも」
一緒にお菓子を食べるって約束したしねと、ハーディは笑う。そう、この魔術師は嘘を吐かない。
「あーあ。でも君のお兄さまとやらに会うのは面倒だな……末の王女様の兄は一体何人いるんだっけ?」
「三人よ。クラウス兄さまは王太子で武芸に秀でてて、ヘルマン兄さまは頭はいいわ。ヨアヒム兄さまはとっても優しいのよ」
「へえ。おれには兄弟はいないからよく分からないけど」
何か言わせたい顔をハーディは向けてくる。こういう顔をしても見惚れてしまうのだから、顔がいいのは得だなと思わずにはいられない。
「……どのお兄さまよりも、ハーディが一番かっこいいわ」
「それはどうも」
満足気にハーディが口角を上げる。正解とばかりに、ぽんぽんとわたしの頭を撫でる。
おそらく、クラウス兄さまとヨアヒム兄さまは好意的に受け入れてくれると思う。問題はヘルマン兄さまだ。ものすごい目つきで睨まれそう。考えるだけでわたしも面倒になってくる。
「しかしながら、おれも王女の娶り方とか知らないからな……」
「大丈夫よ」
自信たっぷりにわたしが言うと、ハーディは、疑いの滲んだ青い目を向けてきた。
「代々我が家は、呪いを解いてくれた魔術師には甘いの」
魔女でありながら、聖女。その名を欲しい侭にした祖母の名を出せば、みんなハーディを迎え入れてくれるに違いない。
「なるほどね。じゃあ、頑張って呪いを解いたご褒美をもう少し味わわせてもらうとするよ」
言うが早いか、ハーディはわたしの首筋に頭を埋めてきた。
空に浮かぶ月は、満月だ。
わたし達の夜は、もう少し続く。
ハーディの腕の上に自分の頭がある。ハーディは二番目までボタンをはずしてシャツを着ていて、わたしもナイトウェアに包まれていた。どれぐらいの間眠っていたのかしら。
「もう、朝?」
声を上げ続けたせいなのか、問いかけるわたしの声は掠れていた。
「いいや、まだだよ」
ハーディは窓の外を示した。空はまだちゃんと暗い夜の色だ。
「浄化の魔法だけはかけたけど。どこか痛いところはない?」
むしろ痛いところしかない。足の間に何かまだ挟まっているような感覚がある。腰も怠いから立ち上がれないかもしれない。胸元を見ると、ハーディが散らした赤い花がちゃんと残っていた。
夢じゃなかった。ちゃんと、現実にハーディに抱かれた。
「本当は治癒魔法もかけたいんだけど」
わたしが嫌がると思ったのだろう。その通りに、わたしは首を振った。
「へいき。大丈夫」
「そう。ならいいけど」
「ハーディはずっと起きていたの?」
「君のおかげで魔力が随分戻ったからね」
ハーディは左手にふわりと炎を浮かべた。さっきとは比べ物にならないぐらい、炎の煌めきが強くて美しい。欲求が満たされると魔力も満ちるんだなとハーディは他人事のように呟いた。
「可愛い寝顔も見ていたかったし」
ハーディは啄むように唇に触れるだけのキスをした。そのまま、頬に額に、鼻の頭にキスが落ちる。なんだか、隙あらばキスされているような気がする。
「どう? おれがキスが嫌いじゃないって分かってくれた?」
とてもよくわかった。もう二度とそんなことは言わないわ。
答える代わりに、わたしもハーディにキスを返した。
朝になったら、お父さまとお母さまとお兄さま達に手紙を書こう。
わたしの呪いと、それを解いてくれた月の魔術師について。
全部包み隠さず書いたら、きっと卒倒してしまうだろうから、要所要所で脚色を入れないといけない。
「王城に戻りたいんだけど、ついて来てくれる?」
「ルイーゼの行くところなら、どこへでも」
一緒にお菓子を食べるって約束したしねと、ハーディは笑う。そう、この魔術師は嘘を吐かない。
「あーあ。でも君のお兄さまとやらに会うのは面倒だな……末の王女様の兄は一体何人いるんだっけ?」
「三人よ。クラウス兄さまは王太子で武芸に秀でてて、ヘルマン兄さまは頭はいいわ。ヨアヒム兄さまはとっても優しいのよ」
「へえ。おれには兄弟はいないからよく分からないけど」
何か言わせたい顔をハーディは向けてくる。こういう顔をしても見惚れてしまうのだから、顔がいいのは得だなと思わずにはいられない。
「……どのお兄さまよりも、ハーディが一番かっこいいわ」
「それはどうも」
満足気にハーディが口角を上げる。正解とばかりに、ぽんぽんとわたしの頭を撫でる。
おそらく、クラウス兄さまとヨアヒム兄さまは好意的に受け入れてくれると思う。問題はヘルマン兄さまだ。ものすごい目つきで睨まれそう。考えるだけでわたしも面倒になってくる。
「しかしながら、おれも王女の娶り方とか知らないからな……」
「大丈夫よ」
自信たっぷりにわたしが言うと、ハーディは、疑いの滲んだ青い目を向けてきた。
「代々我が家は、呪いを解いてくれた魔術師には甘いの」
魔女でありながら、聖女。その名を欲しい侭にした祖母の名を出せば、みんなハーディを迎え入れてくれるに違いない。
「なるほどね。じゃあ、頑張って呪いを解いたご褒美をもう少し味わわせてもらうとするよ」
言うが早いか、ハーディはわたしの首筋に頭を埋めてきた。
空に浮かぶ月は、満月だ。
わたし達の夜は、もう少し続く。
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