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第1章
出会い(2)
しおりを挟むヨジェが帰って来た。いつもと変わらない笑顔でいつものように三人で食卓を囲む。夕ご飯を食べ終え自室に入る。ここでの生活も慣れてしまった。
昼にテレルと話したことを考えていた。自分の目的はいつまでもこの家で生活することではない。いつかは旅に出なければならない。そうしたらヨジェはまた友達を作るのだろうか。
数日ここに置いてもらっていることには恩を感じている。ならせめて行動してみよう。
一階に降りるとヨジェがお茶を飲んでいた。この家の住人はお茶が大好きなのだろうか。
ヨジェが自分に気付き、お茶を用意してくれた。
「ヨジェ。話がある」
「どうしたの?真剣な顔して」
心配そうな顔を向けてくる。
「三日後にはこの村を出るつもりだ。僕は旅を続けなければならない」
「そう………か。トトくんはやることがあるんだもんね」
「うん。でもヨジェ。君にも来て欲しいんだ」
「それはできない」
力強く否定された。
「お母さんのことかい?」
ヨジェは驚いていた。でもすぐに情報源を理解したようだ。
「お父さんか………。トトくんになら知られても良かったからね。そうだよ。お母さんを一人にしておけないよ」
ヨジェの真剣な顔を初めて見た。
「お母さんのことテレルに任せれば良いんじゃないの?」
「それはダメ。自分でやらなきゃいけないの。私が、私がやらなきゃいけないの」
ヨジェは泣き出してしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次の日、テレルとまた二人きりになった。ヨジェは部屋から出てこないようだ。
「ヨジェと話したのかい?」
「うん………」
お茶を飲む気にならない。
「その様子だとダメだったみたいだね。まぁそれでも仕方ないね」
「ヨジェのお母さんに何があったの?」
テレルはまた昨日の表情を作りはじめた。
「お母さん。私の妻はシレウという名前でね。とても優しかったよ。ヨジェはああ見えて昔は一人で外に出れないほど身体が弱くてね。医者からはいつ死んでもおかしくないとも言われたほどなんだ。ある日ヨジェと森に散歩に行くと言ってね。いつも行ってるからなにも心配はしなかったさ。でも何時間かしてヨジェが慌てて帰ってきたんだ。一人でね。話を聞くとお母さんが倒れたからと。私は急いで森に向かったよ。倒れていたシレウを見つけた時にはもう遅かったよ。外傷は全くないし病気の予兆だってなかった。誰にも助けられるはずなかったよ。でもヨジェは………。ずっと私のせいだって言っているんだ」
テレルは溜め息をつく。
「それからはずっとあの調子だよ。私の前では笑顔だが、きっと一人では泣いているのだろう。ただシレウがこのことを知ったらきっと一緒に外に出掛けようと言うだろうね」
「………」
なにもかける言葉が見つからない。自分には分からない。親を亡くす気持ち。大好きな人を失う気持ち。自分には最初からいないのだから。
「テレル」
「なんだい?」
「シレウに会えれば、ヨジェは心変わりするのかな?」
「難しい質問だね。亡くなった人に会う方法なんて聞いたことないからね。もし会えたなら変わると思っているよ」
「わかった」
立ち上がり、そのまま自室へと戻る。
自分はヨジェと出会い少し変わった自覚がある。他人に興味が出たし、嬉しいと思う気持ちが芽生えた。だからこの恩は必ず返したい。
「ねえ。聞こえているかい?クマの人形」
誰もいない部屋で独り言。普通に考えれば返事なんかこることなんかないのだが。
『呼んだかい?トト』
返事が返ってきた。
「教えて欲しい。死んだ人に会う方法ってあるの?」
『何を言い出すと思えば、そんな方法あると思うのかい?』
「ないの?」
クマは一呼吸置いて告げた。
『できるよ。それでなにがしたいの?』
「シレウと話がしたい」
『誰だいそいつは。トト、浮気は良くないよ。少し会わない間に随分大人になってしまったね」
「ヨジェのお母さんだ」
『ヨジェ?あぁ前に言っていたお友達のことかい。なるほど死んだ人に会わせてあげたいのかい。でもそれは面倒だ。僕にはメリットがないからね。それに僕自身はその世界に行けるほどの力はないからね。やるなら自分でやってみなよ』
「わかった。教えて」
『いいよ。まず必要なものは本人の髑髏に牛の肝。それに溶人のコアに竜の鱗だよ」
「わかった」
『わかったじゃないよトト。これだから君は少し心配なんだよ。今のは全部嘘だよ嘘。真に受けないでくれよ」
「本当のこと教えて」
『はいはい。必要なものは簡単だよまずは死体が祀られている場所。そして………」
突如目の前に水の入った瓶が現れた。
『それは死んだ世界に流れている川の水だよ。それをかければ死者は少しの間現世に戻ってこられるよ。間違っても生きてる者にかけちゃあダメだよ。あっという間に死者の世界に連れて行かれちゃうからね」
「わかった。ありがとう」
『なんだって?あはははははは!そうかそうか着々と成長しているみたいだね。全く面白いね君は!」
人形は急に笑い始めた。こいつも良く笑う。
『まあ頑張ってくれよ。いつまでもそこで足踏みしているわけにはいかないだろうし、早く旅に出なきゃね」
「うん。あっ、ねえ君の名前は何?」
『んん?あぁそう言えば教えていなかったね。僕は………まぁアンとでも呼んでくれ』
「わかった。アン。またね」
『トトも頑張ってくれよ』
また一人になった。
決行は今日の夜だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夕飯を終えた後、自室で準備を済ませヨジェの部屋へと向かった。ドアをノックするとすぐにヨジェは開けてくれた。
「どうしたのトトくん?」
不思議そうな顔だ。これまで一度もヨジェの部屋を訪れたことなどなかったからだ。
「お母さんのところに連れてってくれ」
「どうして?」
これも一度も言ったことがないからだ。
「会って話がしたい」
ヨジェが身体を震わせた。その表情は悲しそうだった。
「どうしてそんなこと言うの?」
ヨジェの声がどんどん大きくなっていく。
「トトくんが変なこと言うからだよ!そんな事出来る訳ないじゃない!どうしてそんな冗談を言うの!?」
「出来るよ。だから連れて行って欲しい」
自分がここで曲げるわけにはいかない。ヨジェのどれだけ怒られようと嫌われようと、自分が返せる恩はこれだけしかない。
「わかったよ」
そのままヨジェは村の外まで歩き出した。その後を付いて行く。
三十分ほど歩いた所で、最初にヨジェと会った森の前まで来た。それまでは一切会話はなかった。
ヨジェはそのまま森の中に入って行く。様々な虫の音が鳴り響く暗い中、道を辿って行くヨジェの後を付いて行く。
それから十分ほど歩いた所、開けた場所に出た。この場所だけ光が差し込んでいる。
「ここだよ」
ヨジェがそう言いながら真ん中にある暮石まで歩き、目の前で座った。
「お母さん、友達のトトくんだよ。お母さんとお話がしたいんだって」
「こんばんは。ヨジェ、少し離れていて」
ヨジェは何も言わなかった。これから何をするのか見当がつかない以上何も言えないのだろう。
トトはポケットから液体の入った瓶を取り出し、蓋を開けた。そのまま墓石へ振りかけた。
何も起こらない。条件は全て揃い実行した。あとは何が足りないのだろうか。
「トトくん?何も起こらないよ」
ヨジェが諦めたその時、墓石から黒い影が溢れ出した。影は集まり人の形をかたどる。
真っ黒な、人の形。
「なに………これ………」
ヨジェが口を開いた瞬間、黒い影から腕が伸ばされヨジェを覆う。そのまま影の元まで引きずられる。
「ヨジェ!」
「いや!離して!」
影の中で必死に暴れるヨジェ。しかし影は解けなかった。下手に動けばヨジェが危ない。ここから動く事が出来なかった。でも口は動かせる。
「お前は一体なんだ」
正体がわからない。敵意があるのか、好意があるのか。後者はほとんど望み薄だろう。
『汝。対話ヲ望ムカ』
影から女性らしき声が聞こえる。
自分はまだ冷静だった。激昂して殴りかかることはせずしっかりと耳を傾ける。
「望むよ。だからヨジェを離してくれ」
『汝。何故我ヲ呼ンダ』
こちらの話は聞いてくれないようだ。冷静に、冷静にだ。下手なことをすればヨジェに何が起こるか分からない。
「シレウと話がしたい」
『ソノ名。此ノ墓ニ没シ兎人ノ名。何故望ム』
「ヨジェに合わせてあげたい。そうすればヨジェをここから連れ出せる」
『汝。此ノ娘ノタメニ我ヲ呼ブ。汝ノタメデハナイ。ナラバ』
周りの虫の音が止んだ。
『汝。力ヲ示セ』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
瞬間影の腕が伸び、トトの胴体をなぎ払った。そのまま数十メートル右に吹きとばされた。
「トトくん!」
ヨジェが声を出した先。トトはうつ伏せに倒れたまま動かない。
意識はまだある。だが、ひどい激痛だ。起き上がろうとするだけで精一杯だ。
あの影の力は強い、きっと自分の力じゃ勝てないだろう。
「トトくん危ない!」
ヨジェの声に気付き顔を上げる。左前方に影の腕が伸びているのを見た。左からからまた薙ぎ払いがきた。間一髪その場に伏せて交わした。が、さっきと同じ痛みが右からくる。そのまま数メートル左に吹き飛ばされる。構えていたおかげでダメージは少ないが、全くないわけではない。そして今度は頭上からの一撃。完全に地面に伏せさせられた。
影に目をやる。人型から伸びる腕は四本になっていた。ひどく頭がいたい。これはもう諦めるしかないのか。
「やめて!トトくんに酷いことしないで!お願い!」
影の動きが少し鈍くなったように見えた。ヨジェの声が届いているのか。
ヨジェが暴れている間、影は襲ってこなかった。
『全く君は本当に弱いんだね。少しがっかりだよ』
どこからか声が聞こえる。ヨジェは未だに暴れている。なら自分にしか聞こえないのか。このクマの人形の声は。
「なんだよアン………。こんなときに………」
どうにか声を発した。喋るたびに激痛の表情が漏れる。
『だいぶやられているみたいだね。まぁそのまま聞きなよ。今僕はある力を使ってどうにか今の現状を見ることが出来てる。あれは中々強いよ。単純な力じゃ敵わないよ』
アンがそう言うとトトの頭上から何かが降り注ぐ。
『とりあえずは身体を癒そうか。貴重なものだからあんまり使いたくなかったんだけどね。それと少しだけ力をあげるよ。頑張って使いこなしてね。それじゃあ』
アンがいなくなる頃身体の痛みは消え、いつも………以上に身体が軽いことを実感する。
瞬間頭にピリッと刺激を感じた。顔を上げ、影の姿を捉えると頭の中に情報が流れ込む。
(五秒後。上体を伏せよ)
言われるがままに上体を伏せる。頭上を影の腕が通り過ぎる。
(前方五メートル前進。二秒後、右前方に三メートル前進)
全ての指示を実行したあと、影の腕は空振り自分は無傷だった。
「なんだこれは」
この力がなんなのかは分からないが。とにかく使うしかない。
指示が来ない。その間はヨジェの元へ走った。まずはヨジェを助けないと。
(二メートル後退。飛翔。前転。四メートル前進。左前方二メートル前進)
全ての指示に従う。頭上から、下段薙ぎ払い、後方薙ぎ払い、頭上。そしてヨジェに辿り着いた。
「ヨジェを離して」
ヨジェに絡みついている影に触れ引き剥がす。しかし全く動かない。どんなに力を加えても動く気配がない。
だが、影が攻撃してくる気配がない。
『汝。意ヲ示シタ』
影はそう告げたあと、ヨジェを解放した。みるみる小さくなり、やがて人の形に変化した。少し違うのは長い耳が二つに丸い尻尾がついていたことだった。
「お………お母さん………」
ヨジェの震えた声が聞こえた。お母さんと呼ばれた影は徐々に色を取り戻す。一呼吸置き、目を開いた。
「ヨジェ………」
「お母さん!」
ヨジェはお母さん、シレウへと走っていった。その勢いでシレウ後ろに倒れる。嗚咽まじりの声を抱いてシレウは起き上がり、トトの方へと顔を向ける。
「あなたがトトね、娘をありがとうね」
「いえ………」
結果としてヨジェとシレウは再開することができた。
トトは離れたところから二人の再開を見守ることにした。
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