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月が降り立つ
第2話 異国のしきたり
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目を覚ますと、ルナは豪奢なベッドの上にいた。昨日のことが夢だったのではと願いながらも、視界に入る異国の装飾や豪華な家具は現実を突きつける。
「ここ…本当に異世界なんだ…」
しかし何をすべきか分からず、ただ部屋の中を見渡す。すると、扉が開き、30人ほどの女性たちが無言で部屋に入ってきた。彼女たちは淡々とルナの支度を始め、ルナに話しかけることもなく、目を合わせることもない。
「え、えっと…」
返事はない。ただ、周りに無言のまま立つ女性たちが、淡々とルナの世話を進めていく。テーブルの上に運ばれてきた朝食は見たこともない異国の料理が並び、どれも美味しそうだ。恐る恐る手を伸ばし、自分で取り分けようとすると、近くの女性が手を止める。
「え?」
その女性は小さな取り皿に料理を一口分だけ取り分け、ルナの前に差し出した。ルナがそれを食べ終わると、別の一口分が取り分けられる。まるで、幼い子供のように扱われている気がして、彼女は少し困惑する。
「えっと…もう少し自分で取り分けられるけど…」
小さな声で呟いてみたが、女性たちは聞こえていないかのように無言で次の一口を取り分けてくるだけだった。やがて朝食が終わると、女性たちはまたも黙ってルナの周りを取り囲み、次の準備を始める。
「湯浴みの時間です」
突然、冷静な声が告げられ、ルナは戸惑った。自分で入れると伝えようとするが、彼女たちは問答無用でルナの服を脱がせ始め、彼女を浴場へと導いた。広々とした浴場には温かな湯が張られていて、優雅な雰囲気が漂っているが、落ち着くどころかルナは居心地の悪さに苛まれる。
「本当に自分で入れるから…!」
声を上げるが、女性たちはその言葉にまったく反応せず、彼女を囲んで髪や体を洗い始めた。誰もが黙々と動き、ルナの隅々まで世話をしていく。日本での生活ではありえない経験に、ルナは恥ずかしさと不快感を感じるが、ただされるがままに湯浴みを終えるしかなかった。
湯浴みが終わり、部屋に戻ると、今度は着替えが用意されていた。しかし、その衣装は露出が多く、体を覆う部分が非常に少ない。ルナは目を見開き、用意された服を呆然と見つめた。
「こんな服…着れないよ…」
不安が胸を締め付ける。この国のしきたりを無理やり押しつけられているようで、拒否感が沸き上がってくる。日本とは違いすぎるこの世界に、恐怖と寂しさが押し寄せ、ルナは耐えきれずにベッドに飛び込んだ。
布団をかぶり、何とか心を落ち着けようとする。だが、心の中で繰り返されるのは、「こんな生活、無理だ…」「どうして私がこんなところに…」という思いばかりだった。
そんな時、部屋の扉が開く音がした。ルナは驚いて体を固め、布団の中に身を縮める。足音が近づき、そして布団が勢いよく剥がされた。
そこには、あの冷たい目の王が立っていた。
「体調が悪いのか?」
王の低く威圧的な声に、ルナは息を飲む。恐怖と驚きで、言葉がうまく出てこない。震える声で「い、い、い、いや…」と答えるが、彼の冷たい視線に飲まれそうだった。
「じゃあなぜベッドにいる?」
その問いに、どう答えたらいいか分からなかった。日本とは何もかもが違うこの世界で、強制されるように生活が進んでいくことに耐えきれず、ルナは胸の奥から不安が溢れ出すのを感じる。
気づけば、涙がこぼれ落ちていた。どうしようもなく、止まらない。
王は困惑した様子で彼女を見下ろし、しばらく何も言わなかった。その視線を感じながら、ルナは涙を拭うこともできずにただ泣き続けた。彼はしばらく無言で見つめた後、ため息をつきながら、静かに言った。
「この国での生活に、慣れることだ」
その言葉は冷たく、容赦のないものだったが、少しだけ彼の迷いのようなものも感じられた。王はそれ以上何も言わず、ルナの肩に軽く手を置き、そのまま部屋を出ていった。
ルナは、孤独と異国の生活への不安に押し潰されそうになった。静かな部屋で一人、涙が止まらないままベッドにいたらいつの間にか寝てしまっていた。
ルナは目を覚ますと夜だった。冷たい空気が漂うバルコニーに出て、静かな星空を見上げた。真っ暗な空に無数の星が瞬いている。思い返せば、日本での生活では、こんなふうに星空を眺めることも少なかった。
心の奥に、ふいに湧き上がる日本への想い。家族や友達の顔が浮かび、胸が痛くなる。彼女は声楽を専攻していた高校での日々を思い出した。歌うことで不安が少しでも和らぐかもしれないと思い、思わず口を開く。
日本での思い出、日本に帰りたいという切ない願い。そして、友達はどうしているだろうか、両親はきっと心配しているはずだという思いがあふれてきた。親不孝な娘でごめんなさい――そんな気持ちを込めて、ルナは小さな声で歌い始めた。
歌声に乗せて、次々と思い出が浮かび上がる。彼女の声は夜の冷たい空気に溶け込み、静かな王宮のバルコニーに響き渡る。やがて、胸の奥から自然と涙がこぼれ始め、歌い終えた後も涙は止まらなかった。
寒さに震えながら部屋に戻ろうと振り返ったその時、王が立っていた。彼は涙を浮かべ、無言でルナをそっと抱き寄せた。温かく力強い彼の腕に包まれた瞬間、ルナの心の中に少しの安らぎが生まれる。
王はそのままルナを抱え、部屋に戻ると暖かな布で彼女を包んだ。そして、侍女に指示し、ほどなくしてチャイのような、甘くて温かいミルクの入ったお茶が差し出された。カリュゥムは静かに言った。
「お前の気持ちが流れ込んできた。お前はこの国の人間ではないのだな」
ルナは驚きながらも、ゆっくりと頷く。
「そして、帰れないのだろう?」
再び頷くと、王の表情がわずかに曇った。彼は深い眼差しでルナを見つめたまま、さらに問いかける。
「不安か?」
ルナは小さく頷き、何も言えないまま視線を落とした。王は一瞬ため息をついた後、低く優しい声で告げた。
「じゃあ俺に頼れ」
「え?」
「必要なものはなんでも言え。俺はこの国の王だ。手に入らないものは何もない」
ルナは、言葉にできない不安で自分の腕を抱きしめるように撫でた。その様子を見た王は、もう一度彼女の肩に手を置き、そっと抱きしめてくれた。
「不安なら俺がいる。俺が抱きしめてやる」
その言葉に、ルナは少しずつ心が軽くなっていくのを感じた。彼の威厳ある荒々しい見た目からは想像もできないほどの優しさが伝わり、彼女は温もりに包まれながら、少しずつ心の氷が溶けていくようだった。
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