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月が降り立つ
第3話 王宮のしきたりと小さな改革
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まどろみの中、ルナは何かに包まれている感覚に気づいた。目をゆっくり開くと、目の前には王の顔があった。驚きと共に、彼の逞しい腕が自分の体をしっかりと抱きしめているのに気づく。
「えっ…!」
名前も知らない王様と同じベッドで、しかも抱きしめられている――その事実に動揺したルナは、なんとか彼の腕から静かに抜け出そうと身をよじる。しかし、その動きを察したのか、王が無意識のうちにさらに強く抱き寄せてきた。
「ひゃっ…!」
声にならない悲鳴をあげるルナ。その瞬間、王がゆっくりと目を開け、ルナの顔を見つめた。そして、眠そうな目をしながら彼は顔を近づけ、キスをしようとする。
ルナは反射的に両手で彼の唇を押さえた。
「な、何するんですか!」
驚きでいっぱいのルナに対し、王は少しばつの悪そうな表情を浮かべて謝る。
「ああ、すまない。この国の習わしで、朝目を覚ました時に腕の中にいる女性にはキスをするのだ」
「心臓が持たなそうな文化ですね…」
ルナが少し不満げに言うと、王は思わず笑い出した。
「はは、面白いことを言うな。さて、昨日はしっかり話せなかったが、今のところ何か嫌なことはないか?」
その問いかけに、ルナは戸惑った。自分の思いを話していいのか、躊躇しつつも、王の言葉に甘えて少しずつ話し始める。
「えっと…正直、たくさんあります」
王は眉を少し上げ、「言ってみろ」と促す。
「本当に言ってもいいんですか?」
「叶えられるかどうかは考える。まずは言ってみろ」
その言葉に背中を押され、ルナは口を開く。
「まず、私のお手伝いさんはあんなにたくさんいりません。多くて1人か2人がいいです」
「ほう。それは何故だ?」
「私は…愛する人にしか裸は見せたくないし、肌を晒すのもその人だけでいいです。お風呂で大勢の人に見られるのがとても恥ずかしくて…」
王は少し考え込むような表情を浮かべた。そしてやがて、静かに頷く。
「そうか、お前にとってはそういう文化なのだな。ただ、この王宮には決まりがある。部屋を与えた者には、必ず5人の侍女をつけなければならない。頭と、2位から5位までの者がそれぞれ務めることになっている」
「…では、その5人だけにしていただけませんか?」
王は少し驚きながらも、頷く。
「分かった。最小限の5人だけにしよう。新しい考えを持つお前に、皆も少しは学ぶだろう」
ルナは王の寛大な対応に安堵し、もう一つお願いを伝えることにした。
「それと…服の布の面積をもう少し増やしてもらえないでしょうか」
王はルナの服装を改めて見つめ、理解した様子で頷く。
「なるほど。デザイナーを呼ぶから、その者に伝えてみるといい。それまでは、昨日まで着ていた服を着るか?」
「はい! そのほうが安心します!」
その明るい返事に、王は微笑みながら、立ち上がった。
その日から、ルナの王宮生活は大きく変わり始めた。最小限の5人だけが彼女に仕えることになり、侍女たちもルナの気持ちに少しずつ配慮するようになっていた。
特に「頭」と呼ばれる茶髪にくすんだ青色の目をした少女は、ルナが拒否したことは決して強制しない。他の侍女たちも、今までとは違って微笑みを向けてくれるようになり、ルナにとって居心地の良い雰囲気が少しずつ作られていく。
「今度、この子たちの名前を聞いてみようかな…?」
そう思いながら、ルナは心の中でほんの少しだけ、この異世界での生活に希望を抱き始めた。
夜が訪れると、ルナは一人でバルコニーに立ち、静かな夜空に輝く星を見上げていた。冷たく澄んだ空気が心地よく、異国の地での一日の疲れがふっと和らぐのを感じる。そんな時、足音がして、振り返ると王カリュゥムがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「どうだ?」
王が穏やかな声で尋ねる。ルナは夜空を見上げたまま微笑んで答えた。
「とても穏やかな気分です」
その言葉に、王も安堵したように微笑む。
「それならばよかった」
ルナはふと明日のことを思い出し、彼に伝える。
「明日、侍女の皆さんに名前を聞いてみようと思います!」
そう言うと、王の表情がわずかに曇り、彼はルナをそっと抱き寄せて顔をのぞきこんだ。その瞳には少し怒りの色も感じられ、ルナは戸惑いを覚える。
「どうしました?」
彼の真意が分からず首をかしげると、王は小さくため息をついた。
「君に名前を呼ばれたいし、名前を呼びたいと思った。それだけだ」
「…!」
ルナははっとして、肝心なことを思い出す。そうだ――この異世界に来てから、彼の名前をまだ聞いていなかった。彼の顔を見つめ直し、戸惑いながらも尋ねる。
「それなのに、侍女の名前は聞くのに俺の名前は聞かないんだなと思っただけだ」
王が少し意地悪な笑みを浮かべるのに、ルナは恥ずかしさで頬を染めた。
「王様?…私、ルナって言います」
「ふっ。カリュゥムだ」
「え?カリム…?」
「カリュゥムだ」
「ごめんなさい、私の国では聞かない名前で…えっと…カリムさま?」
ルナの精一杯の発音に、カリュゥムは苦笑し、諦めたように頷く。
「まあそれでいい。リュィナ」
「…ルナなんですけど…」
「リュィナだろ?」
二人は互いの微妙な発音の違いに気づき、思わず顔を見合わせて笑い出す。異世界の名前の違いが、こんなにも面白く感じるなんて思わなかった。笑い声が夜の静けさに溶け込み、不安や孤独も忘れられるほどの温かい瞬間だった。
その晩、カリュゥムはルナのために甘い透明な飲み物を用意させた。蜜のように甘いその飲み物を口に含むと、ルナはその優しい味わいにほっと心が安らぐのを感じた。ルナとカリュゥムはバルコニーで、互いの国の違いについて笑い合いながら、その夜を穏やかに過ごした。
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