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邂逅
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しおりを挟む「ヒトを探しているんです」
ようやく返事が返ってきたのは声をかけてどれくらい経ってからだろうか、落ち着いた聞き心地の良い音を鳴らすその男は自分以上に全身黒づくめで驚くほどに表情がない。
目深に被ったフード、縁の薄い眼鏡の中からの射貫くような視線にたじろぐがそこに敵意は無いようだった。
分厚い洋書のような本を捲っては戻り辺りをきょろきょろと見渡す様は異様な風体ではあるがコミカルで気が抜ける。
迷子だろうか、思って少し笑った。
「この辺りは複雑で入り組んでいますからね、住所はわかっているのでしょうか?」
「…はい」
少し逡巡した後男は崩れかかった石畳の階段をゆっくりと上り始める。
軽やかに足を踏む度自分と同じ黒い外套が小さく揺れて、間近までくると僅かに汗の匂いがした。
「おや、」
「どうしました?」
「あ、いえ。私と同じ類いのモノかと思ったのですが、もしかして貴方はヒトですか?」
「違いますが、…何故です?」
「いえ、その、汗をかいてらっしゃるので」
訝しげな顔をした後、頬を垂れる汗に気付くと懐からタオル地のハンカチを取り出し拭った。
「失礼しました。先程から彼方側を歩き回っていたものですから」
「…貴方は彼方と此方を行き来しているのですか?」
「はい。仕事柄必要でして。まあ、こんな格好なので存在は極限まで薄めてはいますがね。住所はこちらです。近くまで来ているとは思うのですが、」
古びた本を広げページの文字を指でなぞる。その手にはやはり黒い手袋がはめられていた。
住所はなるほど近所ではあるが、先程この男が向かおうとしていた方角とは真逆であった。
やはり迷子だと笑う。
「それほど遠くはないですね、けれど口で説明するには少し難しい場所です。ペンを貸していただければここに地図を書きますよ」
「いえ、これには書き込めないのです。…困りました。あまり時間が無いのですが、」
あまり困ったような顔には見えないが、声には少し焦りが滲んでいた。
表情は乏しいが先程からのやり取りで悪いモノではないのはわかる。
「よければ一緒に行きましょうか?」
「いいのですか?」
「はい。丁度暇をもて余していたところなので。というかだいたい暇をしているんですけどね」
笑えば、少し男の顔が緩んだように見えた。
やはり悪いモノではなさそうだ。此方側のモノがヒトを探している時はあまり良い目的じゃないことが大半だ。狡猾に隠そうと振る舞う輩も居るが、そういったモノ達は往々にして姿形がどこか歪になる。
「助かります」
そう応えた男は再びハンカチで汗を拭うと綺麗に目を細めた。
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