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第一章 動き出した英雄譚
第五話 賑やかな食卓
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アイラはその後、本当に楽しい時を過ごした。
アイラが誰かと卓を囲んで喋りながらご飯を食べるのは、そんなに久しぶりなことでもない。彼女の村が燃えてから、経ったのはまだ数時間な筈だ。
それでもアイラには、ジークたちと出会うまでの時間は途方もなく長く感じられた。
まだ数時間なのだ。
アイラと母。
二人きりだけど、暖かかったあの食卓に、二度と着けなくなってから。
アイラは気が付くと涙を流して嗚咽を漏らしていた。
そう考えてしまったらもう止まらなかった。止めることなど、出来なかったのだ。
「アイラ? すまない、料理が口に合わなかったか?」
「ううん……違うの。料理は凄く美味しい。今までこんなに美味しい料理は食べたことがないよ。ただ、こうやって皆で卓を囲むと……村のことを思い出しちゃって」
ジークが申し訳なさそうに目を伏せるが、アイラはそれを首を横に振って否定する。
「ちょっと前にね、私の村が魔物に襲われたの。本当に、ほんのちょっと前まで皆笑ってたのに……。あれは……今まで見たことも無い、炎を吐く大きな魔物だった……突然私の村に現れて……」
その炎の鮮やかさを、アイラは鮮明に覚えている。
たった数分で家族を、友人を、村の全て焼き払ったのだ。
忘れたくても、忘れられる筈がなかった。
アイラは母の機転があって辛うじて逃げ延びたが……他の物は全て、燃え盛る炎に飲み込まれてしまった。
「そうか……その、なんと伝えたらいいのか……」
ジークの優しい声が、耳を通じて全身に浸透していく。
誰かに気をかけて貰えるということが、ただただ嬉しかった。恐らく無自覚だったのだろうが、きっとアイラは不安だったのだ。
アイラは今まで一人きりになったことと言えば、精々家で留守番をするときくらいだった。命の危険に遭うことも、あんな大きな魔物に追いかけられることもなかった。
今アイラを襲うこの目の熱さは、悲しみだけじゃなく、安堵でも出来ているのだろう。
「ううん、大丈夫。ちゃんと分かってるよ」
彼の言葉を遮って、私は言葉を続けた。
「ありがとう。今まで誰かに話すことも出来なかったから、ちょっとすっきりした」
「……そうか。それならよかった」
同情ではないのだろうが、人に始めて話して共感をしてもらえる。
これだけで胸に燻ぶるシコリが取れたような気がしたから。
「それにしても炎を吐く魔物か……。アイラ、その魔物について詳しく教えてくれないか? さっき、俺達はとある魔物を退治するためにここに来たって言ったよな」
これ以上触れるのはよくないと思ったのだろう。ジークは思いついたように話題を変えた。
ここでアイラが冷静であれば、また一つ彼女にとって有益な情報が得られたのだが、感極まっている彼女はそれに全く気が付けないでいた。
「え? うん、それが仕事だって……」
「もしかしたら、そいつが俺達が探していた相手かもしれない。よかったら特徴を教えて欲しいんだ」
「あ、あいつを倒す!? む、無理だよ! あいつは私の村を一瞬で焼き払ったんだよ? 村の戦士も誰も歯が立たなかった……そんな相手に……勝てるわけないよ!」
気付けば涙も止まり、アイラは必死に彼らを止めていた。
アイラ自身でも、何故こんなにも声を荒げているのか分からない。
しかし止めないわけにはいかなかった。
命の恩人を、むざむざ死地に行かせると思った途端、アイラの喉は擦れるような痛みを伴って声を張り上げていたのだ。
「アイラ。ワタシの事ヲ忘れてナイ? ナンのタメに、ワタシが常にコイツの中で休んでナいで、顕現してると思ウ?」
考える。
時間にして数秒、けれど持ち得る知識の全てを以って、アイラは思考した。
「も、もしかして。あの魔物を倒すため……?」
けれど、幾ら考えてもそれ以外にアイラは考えが至らなかった。
そしてそれが正解なのだと、ウルは小さく頷いた。
ウルは水の妖精ウンディーネだ。水属性は火属性への絶対的な耐性であり、同時に火属性への絶対的な弱点でもある。
故に、あれを倒すことが出来るのだ、と。
「その通りだ。俺達は依頼を受け、ソイツを倒しに来た。だから倒せるだけの準備はしっかりしているし、俺とウルならまず間違いなくその魔物を倒せる。だから頼む。これ以上被害が広がる前に、ソイツの特徴を教えてくれ」
ジークの深紅と紫紺の瞳と目が合う。
その瞳は強く輝き、魔物を倒す絶対の自信と、アイラを安心させる優し気な光を帯びていた。
それを見てしまったアイラには、彼を止めることは不可能だった。アイラは黙秘を諦め、彼らに魔物の特徴を話すべく、口を開いた。
「……う、うん。分かった。分かったけど……条件が一つあるの」
「ん、なんだ?」
「私も、一緒に連れて行って欲しい」
(って……え? 私は今、なんて言ったの……?)
彼女の発言が意外だったのだろう。
ジークとウルは目を点にしてアイラを見つめていた。
そしてそれはアイラも同じなのだ。
反射的に飛び出したその言葉を自身で吟味するが、考えれば考えるほど余計に分からなくなり、アイラの思考は瞬く間にその機能を放棄した。
しかし思考が止まっても、堰を切った言葉だけは動くことをやめなかった。
「お母さんの……村のみんなの敵を取りたいの!」
アイラ自身でも驚くほどの大声でその言葉は発せられた。
きっとこれがアイラの本心で、村が焼けてからずっと無意識に思い続けてきた感情なのだろう。
気が付けばまた、涙が零れ出していた。
とめどなく流れる涙を拭うこともせず、アイラは二人を願う様に見据えた。
しかしアイラの申し出に、青年が首を縦に振ることはなかった。
「それは出来ない。俺は自殺志願者を戦場へ連れて行くつもりはない」
自殺志願者。
確かに、実力が伴っていないのに大敵の前に行くのは自殺行為以外のなにでもない。
そう言われてしまうのも仕方がないと、片隅に追いやられた理性は理解していた。
しかし現在思考の大部分を占めている感情の部分は、だったら……だったらと、縋り付くように次の言葉を吐き出した。
「そう……だったら、私を鍛えて!」
彼女はもう、半ばヤケになっていたのだろう。
いったい自分はどれだけこの人に迷惑をかければいいのだと、アイラの中の賢い部分がもう謝って素直に情報を話せとべそをかいて訴える。
しかし心が、それを許さなかった。
大切な人たちの仇が倒されるのを黙って見ているなんて真似は、彼女にはどうしても出来なかったのだ。
「……」
とうとうジークは黙り込んでしまった。考え込むように腕を組み、低く唸り声を上げる。
そして、次にアイラの方を見た。その視線は今までとは違い、彼女の全身を隅々まで這うような視線だった。
「な、なに?」
「うーん……難しいな……」
どうやら、彼に私の声は届いていないようだ。
自身の身体にどこかおかしなところでもあるのだろうかと、少し不安げに小首を傾げた直後、再びジークから声が上がった。
「……一週間」
「え?」
ようやく視線をアイラの目に合わせ、呟くように言ったジークはさらに続けた。
「お前を戦えるよう鍛えてやる。ただし期間は一週間だ。一週間経つまでの間に、なんでもいい。自分は戦えるということを俺に証明してみろ。だが、伸びが悪いと感じたり、お前が途中で折れたり、奴の方が先に俺の前に現れたりしたら、その時点で俺はお前を置いて討伐対象を狩りに行く。さあ、どうする?」
「やる! やるよ! あいつを倒すためなら、私はどんな特訓でも耐えて見せる!」
反射的にそう答えていた。
この時のアイラは、全く想像もしていなかったのだ。この後彼女を待つ訓練が、一体どのようなものであるかを。
後に彼女は、過去の自分に向かってこう吠え散らかすだろう。
──"いい加減後先考えてからモノを言え!"と。
「アイラ!! 悪いコトは言わないワ。命が惜しかったラ敵討ちは諦めテ──」
「待てよウル。コイツがやるって言ったんだぞ? それにあの目を見ただろ。あの目をする奴には何人か会ったが、ソイツらは揃って自分の意思を曲げなかった。食い下がるだけ無駄なんだよ……」
その言葉から漂う悲壮感に、こういった無茶を頼んでくる相手は彼女以外にも結構な数がいたようだ。
ジークは本日もう何度目かも分からないため息をついた。悩みの種を増やしてしまったようで、若干の罪悪感がアイラを襲う。
だが、これでアイラはあいつに一矢報いてやることが出来る可能性を得たのだ。
しかし浮き足立つ心と一緒に、先のウルの言を理性は反芻する。 彼女は先ほど、命が惜しかったら諦めろと言わなかっただろうか。
「よし、そうと決まったら今日はもう寝ようか。出来るだけアイラの体力を回復させなきゃいけないだろうしな」
「そ、そこまで疲れては……」
「ほれ」
疲れてはいないとジークに歩み寄ろうとした瞬間。ジークの人差し指がアイラの肩を小さく小突いた。
「え……? あれ……」
普段であれば痛くもなんともない、攻撃ですらない行動だったはずだ。
しかし彼女は今、ストンと尻もちをついている。急いで立ち上がろうとするも、膝が笑って上手く力が入らない。
「な? 気張ってて気付かなかったんだろうが、今のお前は疲れ切ってて、立っているだけでもやっとだったんだよ」
驚いたままの姿勢のアイラに、ジークの言葉は淡々と語られていく。
「さっきは野ざらしにして悪かったな。片付けも済んだし、あのテントを貸してやる。だから今日はもう寝ろ」
ニヤリと、ジークが微笑んだ。
今思えば、ジークがアイラに向けて笑顔を見せたのはこれが初めてのことだったかもしれない。
歯を見せて笑う様子は、やはり年相応の少年らしい快活とした笑みだったのだ。
だが──
「明日は早いぞ?」
再びジークの笑顔を受けて、ゾクりとアイラの背筋に嫌な寒気が一筋走った。
アイラが誰かと卓を囲んで喋りながらご飯を食べるのは、そんなに久しぶりなことでもない。彼女の村が燃えてから、経ったのはまだ数時間な筈だ。
それでもアイラには、ジークたちと出会うまでの時間は途方もなく長く感じられた。
まだ数時間なのだ。
アイラと母。
二人きりだけど、暖かかったあの食卓に、二度と着けなくなってから。
アイラは気が付くと涙を流して嗚咽を漏らしていた。
そう考えてしまったらもう止まらなかった。止めることなど、出来なかったのだ。
「アイラ? すまない、料理が口に合わなかったか?」
「ううん……違うの。料理は凄く美味しい。今までこんなに美味しい料理は食べたことがないよ。ただ、こうやって皆で卓を囲むと……村のことを思い出しちゃって」
ジークが申し訳なさそうに目を伏せるが、アイラはそれを首を横に振って否定する。
「ちょっと前にね、私の村が魔物に襲われたの。本当に、ほんのちょっと前まで皆笑ってたのに……。あれは……今まで見たことも無い、炎を吐く大きな魔物だった……突然私の村に現れて……」
その炎の鮮やかさを、アイラは鮮明に覚えている。
たった数分で家族を、友人を、村の全て焼き払ったのだ。
忘れたくても、忘れられる筈がなかった。
アイラは母の機転があって辛うじて逃げ延びたが……他の物は全て、燃え盛る炎に飲み込まれてしまった。
「そうか……その、なんと伝えたらいいのか……」
ジークの優しい声が、耳を通じて全身に浸透していく。
誰かに気をかけて貰えるということが、ただただ嬉しかった。恐らく無自覚だったのだろうが、きっとアイラは不安だったのだ。
アイラは今まで一人きりになったことと言えば、精々家で留守番をするときくらいだった。命の危険に遭うことも、あんな大きな魔物に追いかけられることもなかった。
今アイラを襲うこの目の熱さは、悲しみだけじゃなく、安堵でも出来ているのだろう。
「ううん、大丈夫。ちゃんと分かってるよ」
彼の言葉を遮って、私は言葉を続けた。
「ありがとう。今まで誰かに話すことも出来なかったから、ちょっとすっきりした」
「……そうか。それならよかった」
同情ではないのだろうが、人に始めて話して共感をしてもらえる。
これだけで胸に燻ぶるシコリが取れたような気がしたから。
「それにしても炎を吐く魔物か……。アイラ、その魔物について詳しく教えてくれないか? さっき、俺達はとある魔物を退治するためにここに来たって言ったよな」
これ以上触れるのはよくないと思ったのだろう。ジークは思いついたように話題を変えた。
ここでアイラが冷静であれば、また一つ彼女にとって有益な情報が得られたのだが、感極まっている彼女はそれに全く気が付けないでいた。
「え? うん、それが仕事だって……」
「もしかしたら、そいつが俺達が探していた相手かもしれない。よかったら特徴を教えて欲しいんだ」
「あ、あいつを倒す!? む、無理だよ! あいつは私の村を一瞬で焼き払ったんだよ? 村の戦士も誰も歯が立たなかった……そんな相手に……勝てるわけないよ!」
気付けば涙も止まり、アイラは必死に彼らを止めていた。
アイラ自身でも、何故こんなにも声を荒げているのか分からない。
しかし止めないわけにはいかなかった。
命の恩人を、むざむざ死地に行かせると思った途端、アイラの喉は擦れるような痛みを伴って声を張り上げていたのだ。
「アイラ。ワタシの事ヲ忘れてナイ? ナンのタメに、ワタシが常にコイツの中で休んでナいで、顕現してると思ウ?」
考える。
時間にして数秒、けれど持ち得る知識の全てを以って、アイラは思考した。
「も、もしかして。あの魔物を倒すため……?」
けれど、幾ら考えてもそれ以外にアイラは考えが至らなかった。
そしてそれが正解なのだと、ウルは小さく頷いた。
ウルは水の妖精ウンディーネだ。水属性は火属性への絶対的な耐性であり、同時に火属性への絶対的な弱点でもある。
故に、あれを倒すことが出来るのだ、と。
「その通りだ。俺達は依頼を受け、ソイツを倒しに来た。だから倒せるだけの準備はしっかりしているし、俺とウルならまず間違いなくその魔物を倒せる。だから頼む。これ以上被害が広がる前に、ソイツの特徴を教えてくれ」
ジークの深紅と紫紺の瞳と目が合う。
その瞳は強く輝き、魔物を倒す絶対の自信と、アイラを安心させる優し気な光を帯びていた。
それを見てしまったアイラには、彼を止めることは不可能だった。アイラは黙秘を諦め、彼らに魔物の特徴を話すべく、口を開いた。
「……う、うん。分かった。分かったけど……条件が一つあるの」
「ん、なんだ?」
「私も、一緒に連れて行って欲しい」
(って……え? 私は今、なんて言ったの……?)
彼女の発言が意外だったのだろう。
ジークとウルは目を点にしてアイラを見つめていた。
そしてそれはアイラも同じなのだ。
反射的に飛び出したその言葉を自身で吟味するが、考えれば考えるほど余計に分からなくなり、アイラの思考は瞬く間にその機能を放棄した。
しかし思考が止まっても、堰を切った言葉だけは動くことをやめなかった。
「お母さんの……村のみんなの敵を取りたいの!」
アイラ自身でも驚くほどの大声でその言葉は発せられた。
きっとこれがアイラの本心で、村が焼けてからずっと無意識に思い続けてきた感情なのだろう。
気が付けばまた、涙が零れ出していた。
とめどなく流れる涙を拭うこともせず、アイラは二人を願う様に見据えた。
しかしアイラの申し出に、青年が首を縦に振ることはなかった。
「それは出来ない。俺は自殺志願者を戦場へ連れて行くつもりはない」
自殺志願者。
確かに、実力が伴っていないのに大敵の前に行くのは自殺行為以外のなにでもない。
そう言われてしまうのも仕方がないと、片隅に追いやられた理性は理解していた。
しかし現在思考の大部分を占めている感情の部分は、だったら……だったらと、縋り付くように次の言葉を吐き出した。
「そう……だったら、私を鍛えて!」
彼女はもう、半ばヤケになっていたのだろう。
いったい自分はどれだけこの人に迷惑をかければいいのだと、アイラの中の賢い部分がもう謝って素直に情報を話せとべそをかいて訴える。
しかし心が、それを許さなかった。
大切な人たちの仇が倒されるのを黙って見ているなんて真似は、彼女にはどうしても出来なかったのだ。
「……」
とうとうジークは黙り込んでしまった。考え込むように腕を組み、低く唸り声を上げる。
そして、次にアイラの方を見た。その視線は今までとは違い、彼女の全身を隅々まで這うような視線だった。
「な、なに?」
「うーん……難しいな……」
どうやら、彼に私の声は届いていないようだ。
自身の身体にどこかおかしなところでもあるのだろうかと、少し不安げに小首を傾げた直後、再びジークから声が上がった。
「……一週間」
「え?」
ようやく視線をアイラの目に合わせ、呟くように言ったジークはさらに続けた。
「お前を戦えるよう鍛えてやる。ただし期間は一週間だ。一週間経つまでの間に、なんでもいい。自分は戦えるということを俺に証明してみろ。だが、伸びが悪いと感じたり、お前が途中で折れたり、奴の方が先に俺の前に現れたりしたら、その時点で俺はお前を置いて討伐対象を狩りに行く。さあ、どうする?」
「やる! やるよ! あいつを倒すためなら、私はどんな特訓でも耐えて見せる!」
反射的にそう答えていた。
この時のアイラは、全く想像もしていなかったのだ。この後彼女を待つ訓練が、一体どのようなものであるかを。
後に彼女は、過去の自分に向かってこう吠え散らかすだろう。
──"いい加減後先考えてからモノを言え!"と。
「アイラ!! 悪いコトは言わないワ。命が惜しかったラ敵討ちは諦めテ──」
「待てよウル。コイツがやるって言ったんだぞ? それにあの目を見ただろ。あの目をする奴には何人か会ったが、ソイツらは揃って自分の意思を曲げなかった。食い下がるだけ無駄なんだよ……」
その言葉から漂う悲壮感に、こういった無茶を頼んでくる相手は彼女以外にも結構な数がいたようだ。
ジークは本日もう何度目かも分からないため息をついた。悩みの種を増やしてしまったようで、若干の罪悪感がアイラを襲う。
だが、これでアイラはあいつに一矢報いてやることが出来る可能性を得たのだ。
しかし浮き足立つ心と一緒に、先のウルの言を理性は反芻する。 彼女は先ほど、命が惜しかったら諦めろと言わなかっただろうか。
「よし、そうと決まったら今日はもう寝ようか。出来るだけアイラの体力を回復させなきゃいけないだろうしな」
「そ、そこまで疲れては……」
「ほれ」
疲れてはいないとジークに歩み寄ろうとした瞬間。ジークの人差し指がアイラの肩を小さく小突いた。
「え……? あれ……」
普段であれば痛くもなんともない、攻撃ですらない行動だったはずだ。
しかし彼女は今、ストンと尻もちをついている。急いで立ち上がろうとするも、膝が笑って上手く力が入らない。
「な? 気張ってて気付かなかったんだろうが、今のお前は疲れ切ってて、立っているだけでもやっとだったんだよ」
驚いたままの姿勢のアイラに、ジークの言葉は淡々と語られていく。
「さっきは野ざらしにして悪かったな。片付けも済んだし、あのテントを貸してやる。だから今日はもう寝ろ」
ニヤリと、ジークが微笑んだ。
今思えば、ジークがアイラに向けて笑顔を見せたのはこれが初めてのことだったかもしれない。
歯を見せて笑う様子は、やはり年相応の少年らしい快活とした笑みだったのだ。
だが──
「明日は早いぞ?」
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