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第三十八話「婚約の儀」③
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それからレキは異様にニコニコした侍従達に赤面したままの顔を拭かれ、綺麗に口紅を落としてもらった。そして髪も少し整えられ、もう一度控え室に戻る。
どうやら儀式は間もなくのようだった。
しばらくそこで待っていると、化粧を直したリオーネも戻ってきた。
リオーネは少し頬を染め、にこっとレキに向かって微笑むと「ちょっと仲良くし過ぎちゃったわね」というようにペロっと舌を出した。
レキは力なく微笑むしかなかった。
リオーネは嬉しくて仕方がないという様子が見るからに溢れ出ている。レキの隣に立ち、控えている姿はとても生き生きとしていた。
レキを婚約者として手に入れ、これからはキスも自由、既にさっきもたっぷりとキスし合ったし、全ての望みが叶って満足なのだろう。
そうこうしているうちに、これから入場する儀式の間の準備が全て整ったようだった。レキはリオーネをエスコートして入場しなければならない。
レキが手を差し出すとリオーネはその上にそっと自分の手を乗せた。
「いよいよね。これで私達は正式な婚約者になるんだわ……。私達本当に結婚するのね」
リオーネはレキのほうを見つめながらキラキラと潤んだ瞳で嬉しそうに呟いた。
「……そうだね」
レキは力なく肯定するしかなかった。
リオーネのように感慨深くは喜べない。
しかしエレメキアの皇子だった幼い頃から、いつかは誰かとこんな風に政略結婚をすることはわかっていたためそれほどの抵抗感はなかった。
レキは大きく息をついたあと覚悟を決めると、キュッとリオーネの手を握り前方を見据えた。
まもなく扉が開かれ、レキはリオーネをエスコートしながら儀式の間へと入場して行った。
儀式の間には国王はじめ国の重要ポストについていると思われる大臣が数名、それに事情を知るフォンとさらに一部の騎士達、儀式を執り行う司祭、そしてクローレンが見守っていた。本来の婚約の儀よりもかなり大幅に少ない人数での参席となっている。
それはもちろん、まだ今の時点ではグランドフォースであるレキのことを公には出来ないためだ。
大勢の貴族を招いて行なってしまうと、王女の婚約相手は一体どこの誰だということを執拗に詮索されてしまう。
亡国エレメキアの皇子ということだけに留まらず、なぜ亡国の皇子と婚約する必要があるのかという疑問から、レキがグランドフォースであるということまで大々的にバレてしまうと非常にまずい。そのため最低限の信頼をおける者達のみの参列に留め、本来招くべき貴族たちは招いていないのだった。
こういう事情がなければ通常は盛大な婚約パーティーが催され、多くの人々を招き、豪華な食事やダンスパーティーなども準備された上で婚約の儀も執り行われることが多いのだが、そこまで盛大な宴ではないことにレキは内心ホッとしていた。
その代わり、世界が平和になった後にする予定である結婚式や結婚パーティーは国をあげてのかなり盛大なものにする予定らしい。
……とても気が重いがまだまだ先のことなので、レキは取り敢えずこのことは今はあまり考えないことにした。
レキとリオーネは儀式の間の中央にある丸いスペースへと進む。
そこには地面に不思議にぼんやりと光る魔法陣が描かれており、二人はその中央部分まで歩いたところで足を止める。
レキ達の正面には儀式を執り行う司祭が立っており、レキとリオーネが定位置についたのを確認すると深くお辞儀をし、祈りのことばを唱え始めた。司祭の祈りによって魔法時が淡い光を放って少しづつ強く輝き出す。
この祈りのことばは非常に長く、30分程唱え続けるはずだ。その長く複雑な祈りを唱え上げることによって、今この魔法陣の中にいるレキとリオーネの間に決して破ることが出来ない契りの効力が発生する……らしい。レキもはっきりとは知らないし興味ないがそう言い伝えられているはずだ。
しばらくひたすら司祭の祈りのことばが終わるのを待つ。
「……退屈そうねレキ。随分と落ち着いてるけど、この後もうすぐあなたからする誓いのキスよ? さっきも出来なかったけど、本当に出来そう?」
リオーネがすごく小声でクスクスと囁いてきた。
「わかってるよ……。儀式の一部だし、次こそは頑張るよ……」
レキも小声で、ちょっと自信なさげに答えた。
「うふふ、頑張ってね。レキがキスした瞬間、この祈りのことばの効力が発揮されて、正式に私達が婚約者の誓いをしたことになるんだからね」
リオーネはにこっと幸せそうに微笑んで言った。
「わかってるけど……でもほんとは手の甲にキスして誓いの言葉を言って終わりだったよね? リオーネが付け足したよね? 最後のキス……」
レキは小声でボソッと不満そうに呟いた。
「ふふ、だってキスして誓いが成立なんて素敵じゃない? 許してねレキ」
リオーネはテヘッと悪戯っぽく微笑んだ。とても可愛い笑顔だったが、レキはあまり興味を引かれなかった。小さくため息をつくと、またぼんやりと司祭の祈りが終わるのをただ無心で待つことにした。
それからピッタリ30分待ってようやく司祭の祈りは終わった。レキとリオーネを包む魔法陣は今やキラキラと明るく輝いていた。
これで、あとはもう魔法陣に組み込まれた一連の決められた行動をすることによって、レキとリオーネは正式に婚約者同士として定められる。
二人は向かい合い、レキは片膝をついてリオーネの前に跪いた。
そしてリオーネの右手を取ると、その瞳をジッとと見つめ、レキは真剣な表情をした。
「リオーネ・アルティア・セルフォード王女殿下、私、レクシス・シルヴァンス・エレメキアは、天の見守る元、ここに貴方と正式に婚約することを誓い申し上げます。私の生涯は全て貴方と共に。一生の伴侶となる誓いを結ぶことをここに宣言致します」
レキは決められた文言をしっかりと宣言すると、そのままリオーネの手の甲にキスを落とす。
チュ、と唇が触れたところで、次はリオーネが宣言する番だったがしばらくその場はしーんとなった。
「?」
レキは不思議に思ってもう一度リオーネに視線を移す。するとリオーネは感極まって泣いてしまっていた。
「リオーネ……、セリフ……」
レキはコソッと呟きながら心配そうにリオーネを見る。
なんだか周りが少しざわついているような気配を感じた。
リオーネはレキに促されると、つっかえながら一生懸命に宣言をする。
「私……リオーネ・アルティア・セルフォードは……、レクシス・シルヴァンス・エレメキア皇子殿下の申し出を受け入れ……、天の見守る元……ここに貴方と正式に婚約することを誓い……申し上げます……。……私の生涯は全て貴方と共に。一生の……伴侶となる誓いを……結ぶことを……ここに、宣言致します……」
リオーネは嗚咽を漏らしながら全てを言い切った。レキはホッとしてにこっと微笑む。
婚約はもちろん嫌ではあったのだが、リオーネが泣いて一生懸命宣言をしているのを見るとつい心の中で応援してしまった。リオーネが無事宣言出来たことにレキは安心する。
本来の儀式であればこうしてリオーネが宣言した瞬間、魔法陣の結界が発動し二人の体に見えない誓いを刻んで婚約成立のはずだった。
しかし、この儀式では違う。リオーネご要望の下、付け加えた最後の一動作が残っている。
最後はレキが頑張らなければならない番だ。覚悟を決めて立ち上がる。
あとはレキからリオーネにキスするだけで正式に婚約は成立する。魔法陣が誓いを結ぶ瞬間を待ち構えるかのように最大限に光り輝いた。
「レキ……」
リオーネが泣き顔のままレキを見る。
レキはもう一度にこっと微笑むとリオーネに顔を近づけた。今ならなんとか頑張ってキス出来そうだ……。この婚約の儀という非日常の空間が、レキを奮い立たせた。
リオーネがそっと目を閉じる。それに合わせてレキも目を閉じた。
なんだか相変わらず少し遠くがざわざわしているような気配を感じたが、しかし今は正直そんなこと気にしている余裕はない。
レキは任務を遂行することだけを考えた。
そしてレキとリオーネの唇の距離がなくなり、もう触れる寸前になった。
その瞬間———
ドゴォォォオオオンン!!! というもの凄い爆音が儀式の間に轟いた。
「!!?」
レキとリオーネは驚いて目を開ける。
まだ唇は触れ合っていなかった。明らかに様子がおかしい事を感じ取ったレキは、瞬時に緊張を走らせる。
轟音がしたのはレキ達が最初に入って来た扉のほうだった。リオーネを自分の後ろへと庇いながらそちらを見ると扉は粉々に吹き飛んでいた。
「何者だ! 儀式中だぞ!」
儀式の間に控えていたセルフォードの騎士達やフォンがすぐさま剣を構え、叫びながら国王を守るように前に立つ。
どうやらさっきから周りがざわざわすると思っていたのは儀式の間の部屋の中ではなく、部屋の外だったようだ。中にいた者たちは全員、今何が起こっているのか分からず一瞬戸惑いを見せる。
しかし扉が開かれたことによって外の騒音や悲鳴がこちらまで届いて来ていた。おそらくこの部屋は厳かに儀式を行うため、儀式中は外の音が通りにくいよう遮断する結界でも張られていたようだった。
そして次の瞬間、扉があったところからたくさんのモンスターの群れが飛び出して来た。
レキは驚愕で目を見開くと共に、咄嗟に腰にさしていた宝剣を抜く。普段実戦で使っている剣ではないようなので切れ味は謎だが、それでもないよりは断然いい。
「……待てお前達。まだ殺すな。セルフォード国王を確認してからだぞ」
その時、ヒヤリと地の底から響くような冷徹で落ち着いた声が扉があった向こう側から聞こえた。そしてその声が聞こえると同時に、部屋に入ったモンスター達は全員一旦ピタリと動きを止める。
まもなく、ドシン、ドシンと足音を響かせながらその冷たい声の主と思われる者が儀式の間に入って来た。
それは頭に角が四本生えた獅子のような顔を持つ巨大な悪魔のモンスターだった。
「フム、お前だな……探したぞセルフォード国王。まさかこんな部屋にいたとはな」
その悪魔は部屋の中を一目見渡した瞬間、奥の玉座に座る国王の存在にすぐに気付いたようだ。
国王は動揺しつつも魔物の群れが城内まで攻め入って来た事を瞬時に理解した。凛とした威厳のある声で突然の来訪者に問いかける。
「……なんだキサマは。なぜ私を探す? 魔物共の次の標的はこの……セルフォードということか?」
悪魔はその問いにニヤリと邪悪な笑みを浮かべると、紅に光る目を妖しく輝かせた。そしてその異形の姿からは不釣り合いなまでに礼儀に則った紳士の礼でお辞儀した。
「オレ様は“世界を破滅へと誘う者”直属の臣下の一人、悪魔王・ゾディアック。随分と面白い話を聞いたぞセルフォード王。この国が……お前がフォースの書というものを所持しているとな」
「!!!」
どうやらこの魔物達はセルフォードが流した噂を聞きつけ、攻めて来てしまったようだった。国王は戦慄し表情が固まる。
悪魔はさらに妖しい笑みを浮かべ、低く呟いた。
「……今すぐそれを渡せ。でなければ殺す。……まぁ、渡したとしても殺すがな」
瞬間、悪魔はこちらへ爆発的な殺気を放った。
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