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1 堕天の残響
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――翼が、焼け落ちた。
背中を裂く痛みとともに、空から叩き落とされる感覚。
神に見放された音が、耳の奥に鈍く響いていた。
空は灰色で、雨が降っていた。
冷たい雨だった。だが、それよりも冷たいのは――。
「……俺自身じゃないか……」
大神佑輝(おおかみゆうき)は、血に濡れた剣を握りしめたまま、廃墟に膝をついていた。
かつて天使と呼ばれた体は泥まみれ、剣先はもはや支え棒のように地面に突き刺さっているだけだった。
背中にあった翼は使い物にならない。力も制御されてしまった。
そこに残るのは、ちぎれた羽根と、焼けただれた傷跡――堕天の跡。
雨がその傷を、容赦なく叩き続ける。
まるで罰のように。
「……それでも、俺はまだ…………」
佑輝は立ち上がった。
よろめきながらも、濡れた瓦礫の上に足を踏み出した。
その先には、黒く蠢く魔物たち。
絶望と、咆哮と、血と、雨。
この地上すべてが、堕ちた天使に牙を剥いていた。
――そしてその戦場に。
「……うわ。こりゃまた、派手にやってるねぇ」
とんでもなく場違いな声が、雨音を割って降ってきた。
瓦礫の上に立っていたのは、黒髪の男だった。
黒いフードをかぶり、八重歯をのぞかせた薄ら笑い。
肩の力が抜けすぎていて、まるで通りすがりの観光客のような軽さだった。
「こんにちは~、……って言っても戦闘中か。邪魔だった?」
佑輝は即座に剣を構える。
魔物……じゃないけど――明らかに、ただ者ではない。
「悪魔か。……何の用だ」
「何って、いや~、たまたま通りかかっただけだよ? そしたら、ずぶ濡れの綺麗な人が死にかけてるから、つい」
冗談のように言うが、目だけは笑っていない。
悪魔の中でも、上位だろうと思わせる気迫。
「俺の名前は、百鬼颯真(なきりそうま)……君は?」
「……」
教える気はない……と。
本当は知っていた。
堕天した元天使がいるという噂も。
そして、その噂が「大神佑輝」という名に繋がることも。
ただ偶然を装って――。
「……助けられる気はない。どっか行ってくれ」
「いや、もう助けちゃったよ。あの背後のヤツ、俺が倒したし」
「っ……!」
悔しさが喉の奥を突き上げる。
確かに颯真が放った黒い剣が、一瞬佑輝の背後に迫った魔物を貫いていた。
だけど――認めたくなかった。
誰かに救われたと思うことが、何よりも苦しかった。
「……俺はもう、誰にも必要とされない堕天使だ。価値なんて……ない」
その言葉に、颯真はふと、足を止めた。
そして、雨に濡れながら、ぽつりと呟いた。
「……だったらさ」
「……?」
「必要としてくれる奴が、ひとりでもいれば――君の価値って、取り戻せるのかな?」
佑輝は、心臓が一瞬だけ跳ねるのを感じた。
雨の音が遠のいた気がした。
だけど彼はすぐに首を振る。
「……うるさい…………今更……慰めなんか――」
「いや、慰めじゃなくて。本当に思っただけ。あれは見過ごせないでしょ……」
颯真はあっさりと言い、笑う。
また軽口か、と佑輝は唇を噛む。
だが、その言葉のどれかが……。
ずっと奥底で死んだふりをしていた何かを、確かに揺らしていた。
その現状に耐え切れなくて、逃げるようにその場を去った――。
背中を裂く痛みとともに、空から叩き落とされる感覚。
神に見放された音が、耳の奥に鈍く響いていた。
空は灰色で、雨が降っていた。
冷たい雨だった。だが、それよりも冷たいのは――。
「……俺自身じゃないか……」
大神佑輝(おおかみゆうき)は、血に濡れた剣を握りしめたまま、廃墟に膝をついていた。
かつて天使と呼ばれた体は泥まみれ、剣先はもはや支え棒のように地面に突き刺さっているだけだった。
背中にあった翼は使い物にならない。力も制御されてしまった。
そこに残るのは、ちぎれた羽根と、焼けただれた傷跡――堕天の跡。
雨がその傷を、容赦なく叩き続ける。
まるで罰のように。
「……それでも、俺はまだ…………」
佑輝は立ち上がった。
よろめきながらも、濡れた瓦礫の上に足を踏み出した。
その先には、黒く蠢く魔物たち。
絶望と、咆哮と、血と、雨。
この地上すべてが、堕ちた天使に牙を剥いていた。
――そしてその戦場に。
「……うわ。こりゃまた、派手にやってるねぇ」
とんでもなく場違いな声が、雨音を割って降ってきた。
瓦礫の上に立っていたのは、黒髪の男だった。
黒いフードをかぶり、八重歯をのぞかせた薄ら笑い。
肩の力が抜けすぎていて、まるで通りすがりの観光客のような軽さだった。
「こんにちは~、……って言っても戦闘中か。邪魔だった?」
佑輝は即座に剣を構える。
魔物……じゃないけど――明らかに、ただ者ではない。
「悪魔か。……何の用だ」
「何って、いや~、たまたま通りかかっただけだよ? そしたら、ずぶ濡れの綺麗な人が死にかけてるから、つい」
冗談のように言うが、目だけは笑っていない。
悪魔の中でも、上位だろうと思わせる気迫。
「俺の名前は、百鬼颯真(なきりそうま)……君は?」
「……」
教える気はない……と。
本当は知っていた。
堕天した元天使がいるという噂も。
そして、その噂が「大神佑輝」という名に繋がることも。
ただ偶然を装って――。
「……助けられる気はない。どっか行ってくれ」
「いや、もう助けちゃったよ。あの背後のヤツ、俺が倒したし」
「っ……!」
悔しさが喉の奥を突き上げる。
確かに颯真が放った黒い剣が、一瞬佑輝の背後に迫った魔物を貫いていた。
だけど――認めたくなかった。
誰かに救われたと思うことが、何よりも苦しかった。
「……俺はもう、誰にも必要とされない堕天使だ。価値なんて……ない」
その言葉に、颯真はふと、足を止めた。
そして、雨に濡れながら、ぽつりと呟いた。
「……だったらさ」
「……?」
「必要としてくれる奴が、ひとりでもいれば――君の価値って、取り戻せるのかな?」
佑輝は、心臓が一瞬だけ跳ねるのを感じた。
雨の音が遠のいた気がした。
だけど彼はすぐに首を振る。
「……うるさい…………今更……慰めなんか――」
「いや、慰めじゃなくて。本当に思っただけ。あれは見過ごせないでしょ……」
颯真はあっさりと言い、笑う。
また軽口か、と佑輝は唇を噛む。
だが、その言葉のどれかが……。
ずっと奥底で死んだふりをしていた何かを、確かに揺らしていた。
その現状に耐え切れなくて、逃げるようにその場を去った――。
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