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第2話 タンデムの棺桶
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俺が後ろでお前が前で
持ちつ持たれつ綱渡り
生きて帰るか帰らぬか
腕と度胸と時の運
人に言えない仲になってしまった二人。コンビネーションには磨きがかかったが、戦局は芳しくなく、二人は爛れた快楽で気を紛らわしてどんどん深みにはまっていくのだった
センチピートは酷い二日酔いと沖縄の朝の暑さにうめきながら、あの夜の事は酔った勢いの過ちだったと後悔した。
パイロットがレーダー手と寝たなどと知れたら、ボーイスカウトとて提督どころではない。なにしろ人が月に行くこの時代に至っても、田舎ではゲイと知れたらそれだけで殺される恐れがある。
しかし、センチピートの隣に横たわっているボーイスカウトは違った。すっかり吹っ切れた表情で、昨日までの神経質で近寄り難いボーイスカウトとは別人のようだった。
「センチピート、最高だったよ」
うっとりとした表情でボーイスカウトは満足そうに言った。
「他言無用だぞ」
センチピートは焦燥を隠しきれない様子でそう言った。この件が知れて不名誉除隊(注1)になるのはこの際構わないとしても、世間体というものがある。
「勿論。今夜の事は二人だけの秘密だ」
ボーイスカウトは昨夜の秘め事を二人で共有するのさえ嬉しそうだった。センチピートは頭を抱えた。
二人が一週間沖縄で休暇を過ごし、ベトナムへと戻ったその日の朝、航空隊に未帰還機が出た。二人と一緒に配属されたジョッキーとワイオミングというコンビが対空砲火で撃墜されたのだ。
直ちに地上部隊が救援に向かったものの撃墜された機体は丸焦げで、脱出の間に合わなかった二人は半ば炭化した遺骨になって母艦に戻ってきた。センチピートとボーイスカウトにとって、初めて直面する同僚の死であった。
艦の一角に星条旗を掛けられた棺と祭壇が安置され、不寝番が立った。そうして艦で追悼のセレモニーが行われてから二人の遺骨は故郷に帰っていく。
いつもの調子の良さがすっかり鳴りを潜めたセンチピートは、二人の前で黙祷すると無言で自室に引き上げた。手にはジョッキーの遺品の葉巻が一本携えられていた。俺が死んだら煙草喫みの連中に一本ずつと、ジョッキーはいつも冗談めかして言っていた。
葉巻の尻尾をナイフで切り取り、マッチで火をつけると部屋の中に濃厚な煙と煙草の香りが充満した。センチピートは煙の中でジョッキーやワイオミングとの思い出をたどっていた。
「センチピート、俺にもくれないか?」
どれくらいの時間が経ったろうか。長さ6インチもある葉巻がほとんど灰になった頃、煙の向こうからコーヒーカップを手にしたボーイスカウトが現れた。
「お前、煙草は吸わないんだろ?」
「今日は特別だ」
ボーイスカウトはそう言ってセンチピートから葉巻をひったくると、目一杯吸って激しく咳き込んだ。
「自転車にも乗れない子供がファントムを操縦するようなもんだぞ」
センチピートは呆れ顔で葉巻を取り返し、灰皿に灰を落とした。
「二人共、良い奴だったのにな…」
ようやく一息ついたボーイスカウトは、寂しそうにつぶやいた。
「腕も良かった」
「そうだったな」
ニューヨークの競馬場で騎手や調教師を代々生業としてきた一族に生まれたジョッキーと、ワイオミング州の辺境の牧場で生まれたワイオミングは、馬から戦闘機に出世をしたと二人でよく自慢をしていた。そして二人は艦でも指折りの腕利きであった。
「パイロットなんてのは因果なものだな。骨も満足に残らない」
煙を口からもうもうと吐き出しながら、センチピートは悲しい顔をした。自分たちは殺し合いを生業にする軍人だということをこの一件は痛感させた。
「苦しまずに死んだだけいいさ。俺の叔父さんは太平洋で艦を沈められて、サメに食われたんだ」
ボーイスカウトはそう言ってコーヒーカップを口に運んだ。だが、その手は震えていた。
「強がるなよ。怖いんだろ?けどそれが当たり前だ」
センチピートは指が熱く感じるほど短くなった葉巻を灰皿に捨てた。センチピートもその実怖かった。
「センチピート、俺、死にたくないよ」
ボーイスカウトの顔は真っ青になっていた。
「死なせやしないよ。俺とお前の仲じゃないか」
センチピートはボーイスカウトの肩に手を置いた。
「センチピート!」
ボーイスカウトは泣きそうになりながらセンチピートに抱きついた。センチピートは冗談のつもりだったのだが、ボーイスカウトにとってはそうではなかった。
「また抱いてくれ。俺、怖くて死にそうだ」
「落ち着けよ。今までだって散々修羅場を潜ってきたじゃないか。今更怖気付くなんて変だぜ」
「そんなことはどうでもいい。頼むよ!」
ボーイスカウトはそう言い始めるより早くセンチピートのズボンのファスナーを開け、葉巻よりいくらか小さいセンチピートの砲身を口に含んだ。
「おい、やめろよ」
センチピートは抵抗したが、ボーイスカウトは負けじと砲身に口撃を加えた。センチピートが知っているどの女よりボーイスカウトの口撃は巧みであった。
「うっ…こんな事どこで覚えたんだよ…」
センチピートは段々と背徳的な興奮を覚え始め、知らず知らずの間に抵抗を止めていた。
「ボーイスカウトさ。俺だけが特別に教わったんだ」
ボーイスカウトは口撃を止め、楽しそうに微笑んだ。ボーイスカウトはセンチピートと交わるときだけこんな笑顔を見せた。
「俺は絶対息子をボーイスカウトに入れないぞ」
「楽しいのに」
「うるさい、この変態」
センチピートは変態と罵られたのさえどこか嬉しそうだった。事実、そう罵られた途端更に口撃は激しさを増した。
センチピートは沖縄の夜を激しく後悔しながら、ボーイスカウトがもたらす快感の波状攻撃に酔いしれた。どんどん後戻りの出来ない道を進んでいる気がしてならなかった。
「待て、出る!」
もう少しで陥落というところでようやくセンチピートは慌ててボーイスカウトを砲身から引き剥がした。センチピートの砲身はボーイスカウトの唾液で怪しく濡れ、びくびくと脈打っている。
「さすがセンチピート。最後は俺の中で、な」
口撃をしながらいつの間にかズボンを脱いでいたボーイスカウトは、立ち上がって尻をセンチピートに突き出した。
「バレたら提督どころか不名誉除隊だぞ」
「いいよ。一緒にサンフランシスコ(注2)で暮らそう」
「そうなったとしてもそれは御免だ」
センチピートはボーイスカウトの口を左手で塞ぐと、右手で腰を掴んで一気に突撃した。ボーイスカウトは声にならない愉悦の叫び声を上げた。
外の廊下は人通りが多い。そうこうしている間にも人が通る足音が聞こえる。その足音が部屋の前に来るたび、ボーイスカウトは背徳的な興奮にかられてセンチピートを締め付けた。
「この変態野郎。そんなことで提督になれるか」
センチピートは呆れながらも自分も興奮を煽られ、その度腰の動きが早まった。実はセンチピートも女とのセックスでこんなに興奮したことがなかった。
何人が部屋の前を通っただろうか、もはやセンチピートも限界が近付き、正常な判断力を失ってしまったところで一つの足音がドアの前で止まった。その次の瞬間、誰かがドアをノックした。
「フェルナンデス中尉、おられますか?」
ドアの向こうで使い走りの水兵がそう呼びかけた瞬間、フェルナンデスはベッドのシーツめがけて射精しながらセンチピートの砲身が千切れるかと思うほど強く締め付け、センチピートはたまらずボーイスカウトの中に射精した。
「す、すまん、ちょっと待っててくれ」
射精しながらセンチピートは答えると、弾を残らずボーイスカウトに食らわせたのを見計らって慌てて離れ、二人してズボンを履いてその場を取り繕い、センチピートはすばやく外に出て水兵に応対した。
「あ、グッデン中尉も一緒でしたか」
「うん、それで用件は?」
匂いでバレやしないかとセンチピートは気が気ではなかったが、ジョッキーの葉巻の匂いが二人の精液のそれをかき消してくれた。
「明日のセレモニーの打ち合わせがあるので、パイロットは全員将校クラブに集まるようにとのことです」
「わかった、すぐ行く」
センチピートはジョッキーに心の中で感謝しながら水兵に敬礼を返した。
翌朝、セレモニーが終わってすぐに二人は出撃した。装備を含めて20トンもあるファントムが次々と甲板のカタパルトにセットされ、蒸気の力でたちまち時速数百キロまで加速され、空母から撃ち出されるようにして飛び立っていく。今日は帰りに人数が減っていないことを祈らないパイロットはいなかった。
センチピートとボーイスカウトは爆弾を満載した4機で編隊を組み、爆撃目標の基地目指して飛んだ。
この爆撃が成功すれば地上で地獄を見ている同胞が助かるが、敵の対空砲火を喰らえば骨も残らない。そしてどちらにしても多くの命が失われる。センチピートは因果な稼業を選んだと嫌な気持ちになった。
「センチピート、抜かるなよ。今日はインターセプト(注3)が来るかも知れないぞ」
ボーイスカウトは他の人間の前では今まで通り平静を装っていたが、今日は声が心無しか震えていた。アナポリスの教官は、誰にでも平等に弾が当たるという現実を教えてくれなかったのだろう。
「警戒してろ。死にたくないだろ」
そうこうしているうちに目標が目視できる所まで来た。4機は編隊を解いてそれぞれの支持された目標めがけて突進し、爆弾の雨を基地に降らせた。
「10時の方向にフィッシュベッド(注4)が4機。最悪だ!」
対空砲火と爆弾の炸裂する光を背後に受けながら、ボーイスカウトが恐怖とも興奮ともつかない上ずった声でレーダーを見ながら叫んだ。地平線の向こうから4機のMig-21が仲間の敵討ちに駆けつけてきたのが見える。
「今日はミサイル無しだ。上手いことまいて逃げちまおうぜ」
「神様!」
「お祈りよりレーダーと後ろを見てろ!」
そう言いながら8機は真正面から相対し、機銃弾とミサイルを撒き散らしながら敵味方入り混じったドッグファイトに突入した。
爆弾を満載してミサイルを積み込む余裕のなかった4機のファントムは、ふんだんにミサイルを積み込み、互角の性能を持つMig-21には分が悪かった。
「ケツにつかれる!もっと小さく旋回しろ!」
「畜生!相手が悪いんだよ」
無線はたちまちのうちに蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。センチピートもボーイスカウトの誘導で何とか退路を見出そうとしたのだが、敵機はどこまでもしつこく、執念深く追いすがってくる。
「この!どうにでもなれ!」
センチピートは一か八か、大きく右旋回してその先に居る1機に狙いを定めた。この1機を仕留めれば数的有利を発揮して逃げることができるだろう。
しかし、そうするともう1機同じ方向を向いた敵機に機体の横腹を晒す形になる。こいつにやられれば立場は逆転。ジョッキーとワイオミングは沢山の仲間を引き連れてあの世に行くことになる。
だが、燃料も考えている余裕ももはやなかった。ドッグファイトはそれ程短く、激しい。
果たしてセンチピートとボーイスカウトは賭けに勝った。ファントムの放った数百発の20ミリ弾がMig-21の機体を引き裂き、無念そうに火を吹いてジャングルへと吸い込まれていった。
センチピートはボーイスカウトの指示のもと、抜群のコンビネーションを見せて素早く機首を下げ、残る1機の機銃から逃れようとしたが、この生き残りは相当な腕利きで、一矢報いんと機銃を唸らせた。
1発の機銃弾がファントムのキャノピーの左側に飛び込み、ボーイスカウトの鼻先をかすめるようにして反対側から飛び出した。
「ひい!」
弾痕から猛烈な風が吹き込む中、ボーイスカウトは恐怖に悲鳴を上げた。
「ボーイスカウト!無事か!?」
「生きてる…」
「逃げるぞ。帰ったらパーティだ!」
ボーイスカウトとは逆に敵機撃墜の戦果を上げて興奮気味のセンチピートは、キャノピーの損傷も厭わず体勢を立て直して一目散に逃げ出した。幸い僚機は全て無事であった。
空母に帰投すると、敵機撃墜の報を聞いた乗員達が名誉の負傷をした機体に群がった。
「俺達にかかればこんなもんだ。皆も見習え」
ボーイスカウトは得意満面に見得を切った。さっきまでの怯えぶりはすっかり鳴りを潜め、アナポリスを優秀な成績で卒業したエリートのボーイスカウトに戻っていた。
その晩、将校クラブでささやかな祝宴が行われた。第二次世界大戦の頃ならまだしも、ジェット機同士の戦いが当然になった昨今では敵機撃墜というのは滅多にないニュースであった。(注5)
パーティーが終わり、センチピートは自室のベッドで横になった。興奮で目は冴えきっていた。明日も出撃というのに、とても眠ることはできそうになかった。
どれほどの時間が経ったろうか。ボーイスカウトが静かに部屋に入ってきた。大威張りで新聞記者のインタビューを受け、自分一人で敵機撃墜の偉業を成し遂げたと言わんばかりだったはずなのに、センチピートの前では顔面蒼白であった。
「ボーイスカウト、元気がないな」
「…死ぬかと思った」
「弾は俺にもお前にも当たらず、俺達の間を通ったんだぜ。神様が俺達に生きろと言ってるんだよ」
「センチピート、お前は元気そうだな」
「新聞に俺達の記事が乗るんだぜ。昇進もきっと早まる。退職金や恩給が増えるし、お前だって提督になれる確率がぐんと高まる」
「こっちも元気だな」
ボーイスカウトは布団の上からセンチピートの股間を握った。場所がわかったのは、そこだけ不自然に盛り上がっていたからだ。
「まどろっこしいぞ。それならそうと最初から言え」
センチピートは布団から跳ね起きてボーイスカウトを四つん這いにしてズボンを脱がせ、自分も脱いでそのまま一気にボーイスカウトめがけて突入した。
「あうっ…センチピート!今日は凄い…ああっ!」
「ここがいいのか。ここか!」
生きている実感、生き抜いた安堵、敵機撃墜という強烈な興奮、色々な感情がないまぜになって二人は燃えた。
センチピートは後戻りの出来なくなっていくのを薄々と感じながらも一層と硬く、激しく、ボーイスカウトを攻め立てた。ボーイスカウトはエリートの仮面を脱ぎ捨て、何もかもをさらけ出してセンチピートを迎え入れ、乱れた。
「俺達は最高のコンビだ。俺とお前の名前の付いた施設が今にアナポリスに出来るんだ」
興奮で半ば正気を失いながらセンチピートはボーイスカウトを貪った。夜は長くなりそうだった。
注1:不名誉除隊 何かしらの不品行や犯罪行為で軍隊を追われること。アメリカ軍の場合、普通除隊で得られる退職金や年金を受給出来なくなる
注2:サンフランシスコ 世界有数のゲイタウンであるカストロがある。当地はアメリカで初めてオープンなゲイの議員を輩出した。
注3:インターセプト 敵機の襲撃に対する戦闘機による迎撃
注4:フィッシュベッド MIg-21の通称名。当時の最新鋭機で、多くの米軍機を撃墜している
注5:敵機撃墜 通算5機の撃墜でいわゆる撃墜王と認定されるが、ジェット戦闘機の時代になって以後は急激に認定例が減り、アメリカ軍において撃墜王はベトナム戦争で1例出たのが最後である墜王はベトナム戦争で1例出たのが最後である
持ちつ持たれつ綱渡り
生きて帰るか帰らぬか
腕と度胸と時の運
人に言えない仲になってしまった二人。コンビネーションには磨きがかかったが、戦局は芳しくなく、二人は爛れた快楽で気を紛らわしてどんどん深みにはまっていくのだった
センチピートは酷い二日酔いと沖縄の朝の暑さにうめきながら、あの夜の事は酔った勢いの過ちだったと後悔した。
パイロットがレーダー手と寝たなどと知れたら、ボーイスカウトとて提督どころではない。なにしろ人が月に行くこの時代に至っても、田舎ではゲイと知れたらそれだけで殺される恐れがある。
しかし、センチピートの隣に横たわっているボーイスカウトは違った。すっかり吹っ切れた表情で、昨日までの神経質で近寄り難いボーイスカウトとは別人のようだった。
「センチピート、最高だったよ」
うっとりとした表情でボーイスカウトは満足そうに言った。
「他言無用だぞ」
センチピートは焦燥を隠しきれない様子でそう言った。この件が知れて不名誉除隊(注1)になるのはこの際構わないとしても、世間体というものがある。
「勿論。今夜の事は二人だけの秘密だ」
ボーイスカウトは昨夜の秘め事を二人で共有するのさえ嬉しそうだった。センチピートは頭を抱えた。
二人が一週間沖縄で休暇を過ごし、ベトナムへと戻ったその日の朝、航空隊に未帰還機が出た。二人と一緒に配属されたジョッキーとワイオミングというコンビが対空砲火で撃墜されたのだ。
直ちに地上部隊が救援に向かったものの撃墜された機体は丸焦げで、脱出の間に合わなかった二人は半ば炭化した遺骨になって母艦に戻ってきた。センチピートとボーイスカウトにとって、初めて直面する同僚の死であった。
艦の一角に星条旗を掛けられた棺と祭壇が安置され、不寝番が立った。そうして艦で追悼のセレモニーが行われてから二人の遺骨は故郷に帰っていく。
いつもの調子の良さがすっかり鳴りを潜めたセンチピートは、二人の前で黙祷すると無言で自室に引き上げた。手にはジョッキーの遺品の葉巻が一本携えられていた。俺が死んだら煙草喫みの連中に一本ずつと、ジョッキーはいつも冗談めかして言っていた。
葉巻の尻尾をナイフで切り取り、マッチで火をつけると部屋の中に濃厚な煙と煙草の香りが充満した。センチピートは煙の中でジョッキーやワイオミングとの思い出をたどっていた。
「センチピート、俺にもくれないか?」
どれくらいの時間が経ったろうか。長さ6インチもある葉巻がほとんど灰になった頃、煙の向こうからコーヒーカップを手にしたボーイスカウトが現れた。
「お前、煙草は吸わないんだろ?」
「今日は特別だ」
ボーイスカウトはそう言ってセンチピートから葉巻をひったくると、目一杯吸って激しく咳き込んだ。
「自転車にも乗れない子供がファントムを操縦するようなもんだぞ」
センチピートは呆れ顔で葉巻を取り返し、灰皿に灰を落とした。
「二人共、良い奴だったのにな…」
ようやく一息ついたボーイスカウトは、寂しそうにつぶやいた。
「腕も良かった」
「そうだったな」
ニューヨークの競馬場で騎手や調教師を代々生業としてきた一族に生まれたジョッキーと、ワイオミング州の辺境の牧場で生まれたワイオミングは、馬から戦闘機に出世をしたと二人でよく自慢をしていた。そして二人は艦でも指折りの腕利きであった。
「パイロットなんてのは因果なものだな。骨も満足に残らない」
煙を口からもうもうと吐き出しながら、センチピートは悲しい顔をした。自分たちは殺し合いを生業にする軍人だということをこの一件は痛感させた。
「苦しまずに死んだだけいいさ。俺の叔父さんは太平洋で艦を沈められて、サメに食われたんだ」
ボーイスカウトはそう言ってコーヒーカップを口に運んだ。だが、その手は震えていた。
「強がるなよ。怖いんだろ?けどそれが当たり前だ」
センチピートは指が熱く感じるほど短くなった葉巻を灰皿に捨てた。センチピートもその実怖かった。
「センチピート、俺、死にたくないよ」
ボーイスカウトの顔は真っ青になっていた。
「死なせやしないよ。俺とお前の仲じゃないか」
センチピートはボーイスカウトの肩に手を置いた。
「センチピート!」
ボーイスカウトは泣きそうになりながらセンチピートに抱きついた。センチピートは冗談のつもりだったのだが、ボーイスカウトにとってはそうではなかった。
「また抱いてくれ。俺、怖くて死にそうだ」
「落ち着けよ。今までだって散々修羅場を潜ってきたじゃないか。今更怖気付くなんて変だぜ」
「そんなことはどうでもいい。頼むよ!」
ボーイスカウトはそう言い始めるより早くセンチピートのズボンのファスナーを開け、葉巻よりいくらか小さいセンチピートの砲身を口に含んだ。
「おい、やめろよ」
センチピートは抵抗したが、ボーイスカウトは負けじと砲身に口撃を加えた。センチピートが知っているどの女よりボーイスカウトの口撃は巧みであった。
「うっ…こんな事どこで覚えたんだよ…」
センチピートは段々と背徳的な興奮を覚え始め、知らず知らずの間に抵抗を止めていた。
「ボーイスカウトさ。俺だけが特別に教わったんだ」
ボーイスカウトは口撃を止め、楽しそうに微笑んだ。ボーイスカウトはセンチピートと交わるときだけこんな笑顔を見せた。
「俺は絶対息子をボーイスカウトに入れないぞ」
「楽しいのに」
「うるさい、この変態」
センチピートは変態と罵られたのさえどこか嬉しそうだった。事実、そう罵られた途端更に口撃は激しさを増した。
センチピートは沖縄の夜を激しく後悔しながら、ボーイスカウトがもたらす快感の波状攻撃に酔いしれた。どんどん後戻りの出来ない道を進んでいる気がしてならなかった。
「待て、出る!」
もう少しで陥落というところでようやくセンチピートは慌ててボーイスカウトを砲身から引き剥がした。センチピートの砲身はボーイスカウトの唾液で怪しく濡れ、びくびくと脈打っている。
「さすがセンチピート。最後は俺の中で、な」
口撃をしながらいつの間にかズボンを脱いでいたボーイスカウトは、立ち上がって尻をセンチピートに突き出した。
「バレたら提督どころか不名誉除隊だぞ」
「いいよ。一緒にサンフランシスコ(注2)で暮らそう」
「そうなったとしてもそれは御免だ」
センチピートはボーイスカウトの口を左手で塞ぐと、右手で腰を掴んで一気に突撃した。ボーイスカウトは声にならない愉悦の叫び声を上げた。
外の廊下は人通りが多い。そうこうしている間にも人が通る足音が聞こえる。その足音が部屋の前に来るたび、ボーイスカウトは背徳的な興奮にかられてセンチピートを締め付けた。
「この変態野郎。そんなことで提督になれるか」
センチピートは呆れながらも自分も興奮を煽られ、その度腰の動きが早まった。実はセンチピートも女とのセックスでこんなに興奮したことがなかった。
何人が部屋の前を通っただろうか、もはやセンチピートも限界が近付き、正常な判断力を失ってしまったところで一つの足音がドアの前で止まった。その次の瞬間、誰かがドアをノックした。
「フェルナンデス中尉、おられますか?」
ドアの向こうで使い走りの水兵がそう呼びかけた瞬間、フェルナンデスはベッドのシーツめがけて射精しながらセンチピートの砲身が千切れるかと思うほど強く締め付け、センチピートはたまらずボーイスカウトの中に射精した。
「す、すまん、ちょっと待っててくれ」
射精しながらセンチピートは答えると、弾を残らずボーイスカウトに食らわせたのを見計らって慌てて離れ、二人してズボンを履いてその場を取り繕い、センチピートはすばやく外に出て水兵に応対した。
「あ、グッデン中尉も一緒でしたか」
「うん、それで用件は?」
匂いでバレやしないかとセンチピートは気が気ではなかったが、ジョッキーの葉巻の匂いが二人の精液のそれをかき消してくれた。
「明日のセレモニーの打ち合わせがあるので、パイロットは全員将校クラブに集まるようにとのことです」
「わかった、すぐ行く」
センチピートはジョッキーに心の中で感謝しながら水兵に敬礼を返した。
翌朝、セレモニーが終わってすぐに二人は出撃した。装備を含めて20トンもあるファントムが次々と甲板のカタパルトにセットされ、蒸気の力でたちまち時速数百キロまで加速され、空母から撃ち出されるようにして飛び立っていく。今日は帰りに人数が減っていないことを祈らないパイロットはいなかった。
センチピートとボーイスカウトは爆弾を満載した4機で編隊を組み、爆撃目標の基地目指して飛んだ。
この爆撃が成功すれば地上で地獄を見ている同胞が助かるが、敵の対空砲火を喰らえば骨も残らない。そしてどちらにしても多くの命が失われる。センチピートは因果な稼業を選んだと嫌な気持ちになった。
「センチピート、抜かるなよ。今日はインターセプト(注3)が来るかも知れないぞ」
ボーイスカウトは他の人間の前では今まで通り平静を装っていたが、今日は声が心無しか震えていた。アナポリスの教官は、誰にでも平等に弾が当たるという現実を教えてくれなかったのだろう。
「警戒してろ。死にたくないだろ」
そうこうしているうちに目標が目視できる所まで来た。4機は編隊を解いてそれぞれの支持された目標めがけて突進し、爆弾の雨を基地に降らせた。
「10時の方向にフィッシュベッド(注4)が4機。最悪だ!」
対空砲火と爆弾の炸裂する光を背後に受けながら、ボーイスカウトが恐怖とも興奮ともつかない上ずった声でレーダーを見ながら叫んだ。地平線の向こうから4機のMig-21が仲間の敵討ちに駆けつけてきたのが見える。
「今日はミサイル無しだ。上手いことまいて逃げちまおうぜ」
「神様!」
「お祈りよりレーダーと後ろを見てろ!」
そう言いながら8機は真正面から相対し、機銃弾とミサイルを撒き散らしながら敵味方入り混じったドッグファイトに突入した。
爆弾を満載してミサイルを積み込む余裕のなかった4機のファントムは、ふんだんにミサイルを積み込み、互角の性能を持つMig-21には分が悪かった。
「ケツにつかれる!もっと小さく旋回しろ!」
「畜生!相手が悪いんだよ」
無線はたちまちのうちに蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。センチピートもボーイスカウトの誘導で何とか退路を見出そうとしたのだが、敵機はどこまでもしつこく、執念深く追いすがってくる。
「この!どうにでもなれ!」
センチピートは一か八か、大きく右旋回してその先に居る1機に狙いを定めた。この1機を仕留めれば数的有利を発揮して逃げることができるだろう。
しかし、そうするともう1機同じ方向を向いた敵機に機体の横腹を晒す形になる。こいつにやられれば立場は逆転。ジョッキーとワイオミングは沢山の仲間を引き連れてあの世に行くことになる。
だが、燃料も考えている余裕ももはやなかった。ドッグファイトはそれ程短く、激しい。
果たしてセンチピートとボーイスカウトは賭けに勝った。ファントムの放った数百発の20ミリ弾がMig-21の機体を引き裂き、無念そうに火を吹いてジャングルへと吸い込まれていった。
センチピートはボーイスカウトの指示のもと、抜群のコンビネーションを見せて素早く機首を下げ、残る1機の機銃から逃れようとしたが、この生き残りは相当な腕利きで、一矢報いんと機銃を唸らせた。
1発の機銃弾がファントムのキャノピーの左側に飛び込み、ボーイスカウトの鼻先をかすめるようにして反対側から飛び出した。
「ひい!」
弾痕から猛烈な風が吹き込む中、ボーイスカウトは恐怖に悲鳴を上げた。
「ボーイスカウト!無事か!?」
「生きてる…」
「逃げるぞ。帰ったらパーティだ!」
ボーイスカウトとは逆に敵機撃墜の戦果を上げて興奮気味のセンチピートは、キャノピーの損傷も厭わず体勢を立て直して一目散に逃げ出した。幸い僚機は全て無事であった。
空母に帰投すると、敵機撃墜の報を聞いた乗員達が名誉の負傷をした機体に群がった。
「俺達にかかればこんなもんだ。皆も見習え」
ボーイスカウトは得意満面に見得を切った。さっきまでの怯えぶりはすっかり鳴りを潜め、アナポリスを優秀な成績で卒業したエリートのボーイスカウトに戻っていた。
その晩、将校クラブでささやかな祝宴が行われた。第二次世界大戦の頃ならまだしも、ジェット機同士の戦いが当然になった昨今では敵機撃墜というのは滅多にないニュースであった。(注5)
パーティーが終わり、センチピートは自室のベッドで横になった。興奮で目は冴えきっていた。明日も出撃というのに、とても眠ることはできそうになかった。
どれほどの時間が経ったろうか。ボーイスカウトが静かに部屋に入ってきた。大威張りで新聞記者のインタビューを受け、自分一人で敵機撃墜の偉業を成し遂げたと言わんばかりだったはずなのに、センチピートの前では顔面蒼白であった。
「ボーイスカウト、元気がないな」
「…死ぬかと思った」
「弾は俺にもお前にも当たらず、俺達の間を通ったんだぜ。神様が俺達に生きろと言ってるんだよ」
「センチピート、お前は元気そうだな」
「新聞に俺達の記事が乗るんだぜ。昇進もきっと早まる。退職金や恩給が増えるし、お前だって提督になれる確率がぐんと高まる」
「こっちも元気だな」
ボーイスカウトは布団の上からセンチピートの股間を握った。場所がわかったのは、そこだけ不自然に盛り上がっていたからだ。
「まどろっこしいぞ。それならそうと最初から言え」
センチピートは布団から跳ね起きてボーイスカウトを四つん這いにしてズボンを脱がせ、自分も脱いでそのまま一気にボーイスカウトめがけて突入した。
「あうっ…センチピート!今日は凄い…ああっ!」
「ここがいいのか。ここか!」
生きている実感、生き抜いた安堵、敵機撃墜という強烈な興奮、色々な感情がないまぜになって二人は燃えた。
センチピートは後戻りの出来なくなっていくのを薄々と感じながらも一層と硬く、激しく、ボーイスカウトを攻め立てた。ボーイスカウトはエリートの仮面を脱ぎ捨て、何もかもをさらけ出してセンチピートを迎え入れ、乱れた。
「俺達は最高のコンビだ。俺とお前の名前の付いた施設が今にアナポリスに出来るんだ」
興奮で半ば正気を失いながらセンチピートはボーイスカウトを貪った。夜は長くなりそうだった。
注1:不名誉除隊 何かしらの不品行や犯罪行為で軍隊を追われること。アメリカ軍の場合、普通除隊で得られる退職金や年金を受給出来なくなる
注2:サンフランシスコ 世界有数のゲイタウンであるカストロがある。当地はアメリカで初めてオープンなゲイの議員を輩出した。
注3:インターセプト 敵機の襲撃に対する戦闘機による迎撃
注4:フィッシュベッド MIg-21の通称名。当時の最新鋭機で、多くの米軍機を撃墜している
注5:敵機撃墜 通算5機の撃墜でいわゆる撃墜王と認定されるが、ジェット戦闘機の時代になって以後は急激に認定例が減り、アメリカ軍において撃墜王はベトナム戦争で1例出たのが最後である墜王はベトナム戦争で1例出たのが最後である
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完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
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