子爵令嬢は高貴な大型犬に護られる

颯巳遊

文字の大きさ
7 / 32

7.行動開始

しおりを挟む
「………これは?」
驚きを通り越して冷静になれた。
こんな物が存在するという事は父が承諾したという事。
紙切れに穴が空くほど凝視するが、内容は変わらない。
「今父様が抗議の為に教会へと向かっているが…多分無駄足だな」
「お父様は知らなかったのですか?」
「ああ、こんな強硬手段に出るとはな。ルーファス王子も背に腹は変えられぬって言うことか」
「ここの教会は王家の懇意にしている教会ですね」
少し離れた場所に立っていたカインが近付いてきて私の手元を覗き込みながら口許に手を当てて考え込むような雰囲気を出す。
慕っている相手に自分の婚約が締結してしまった証を見られるのも複雑な気分だ。
「カイン、お前居たんだな」
「お兄様より先にこの部屋に居ましたよ」
「また逢い引きか」
兄がニヤニヤしながら肘でカインを突く。
カインを弟のように扱う兄の表情は悪戯っ子のように輝いていた。
「マイオン様、この手紙は今日届いたものですか?」
カインは兄の態度に慣れているからか、思いっきり流して話を進める。
その顔はふざけている兄とは対照的に困惑のような少し怒っているような不思議な表情だった。
「先刻。教会の使いという男が届けに来た。ダンが対応したみたいだが、相手は名乗らずに手紙を届けてすぐに帰ったらしい」
「怪しさ満点ね」
どこの使いでも名乗らずに物だけを置いていくなんて有り得ない。
素性を知られたくない人に違いないと誰もが確信していた。
「だが、うちの秘書は優秀なもんでな、その男の顔を覚えていた」
「誰だったのですか?」
「聞いて驚け。うちの仕事に携わってるラムーダ商団、団長補佐のミュルヘという男だ」
ここで出てきた名前にカインと目を合わせて驚く。
まさかここで名前が出てくると思わなかった人物は、今回の私の婚約問題にも何かしら関わりがあるようだ。
これで何となくだがルーファス様との繋がりが見えてきた気がする。
私達にとって吉兆なのではないかと勝手に心が踊り始めた。
「ここでその名前を聞くとは思わなかったわ」
「ん?ミュルヘを知っているのか?」
「はい、カインが見つけてきたの」
先程私が見ていたカインが集めた資料を兄に差し出す。
一枚一枚丁寧に確認していく兄は、普段大雑把な性格だが仕事は丁寧かつ正確と評判のある男だ。
「これは驚いた。お前をシルヴィアに付けているのは勿体ない。すぐに俺の補佐にしたいくらいだ」
「それはお断り致します」
「即答かよっ!まっ知ってたけどな!」
丁寧に頭を下げるカインの頭を兄が笑いながらぐしゃぐしゃにするように撫でる。
「それにしても俺も父様でさえここまでたどり着けなかったのに、この短期間でよくここまで揃えたな」
「偶々。運が良かったのです」
「…………」
「…………」
にこやかなカインと訝しげな兄の間に奇妙な空気が流れる。
手をパンッと鳴らして二人の意識を自分に向け、立ち上がって腰に手を当てて笑いかけた。
「もう残された時間が少ないようだから、カインが″偶々″見付けてくれたこの資料を使って証拠の発見を急がないと!」
資料の入った紙袋を抱えようと手を伸ばすと、それよりも先にカインが持ち上げてくれた。
「急ぎましょう」
心休まるような笑顔を向けられて、少し力が湧いた気がした。
父が教会へ出掛けている為、ダンが兄を呼びにやって来た。
「俺に仕事が回ってきたか…シルヴィア、荷物の整理は早めにしておけ。身軽に動けるようにな」
兄の言いたいことが理解出来た事が嫌だった。
夜逃げへのカウントダウンが始まったみたいだ。
「カインも一緒にどうだ?」
「やめてください。カインを巻き込まないで下さい」
家族が巻き込まれるのも嫌なのに好きな人まで巻き込みたくない。
そんな思いが声音に乗って、少しきつめな言い方になってしまった。
「後悔だけはするなよ」
兄は怒るでもなく少しだけ悲しそうな表情をしながら部屋を後にした。
アンルーシーの事を思っているのかなと勝手に想像する。
「マイオン様はシルヴィア様が心配なんですよ」
「それくらいは分かっているわ」
静かに閉まった扉を見つめて自然と溜め息が出る。
「…何とかしないと。ミュルヘは何か知っているのかしら」
資料にはミュルヘの事が事細かに明記されていた。
住所に家族構成、行きつけの店や好みのタイプ。
明らかにこの情報はおかしいのが分かる。
カイン曰く最下層の人間にも情報網や人との繋がりがあると言っていた。
私はそれをそのまま飲み込み、追求するのを止めた。
「ミュルヘに直接接触する方がいいかもしれないわね」
「では、私がやります」
「駄目よ。時間も無いし、私が直接行くわ」
カインが言うであろう言葉は分かっていた。
だから顔を真っ直ぐ見つめながら食い気味に反対する。
「シルヴィア様がですか!?それは賛成出来ません」
「お父様とお兄様、ダン達は論外。カインとアンルーシーは面が割れているし、他を雇っている時間もお金もない。家の者はこの危険に巻き込む訳にはいかない。必然的に私自身が最適な人物だと思うの」
「シルヴィア様だって面が割れてます」
「カインは見慣れてるだろうけど、この素顔は家の者以外には馴染みがないのよ?そこに少し大人っぽい化粧をすれば大丈夫よ」
手近な棚にあった手鏡を覗きながら髪をサラリと揺らして見せる。
それを少し頬を染めたカインが俯きながらも見ていた。
「しかし相手は商団なんです。働き手は男が圧倒的に多いのは分かっていますか?」
「それは……分かっているわ」
自分の精神面を気にしてくれている。
それが分かっていてももう待てないし止まれない。
「では私を共に連れて行って下さい。それが最低条件です」
「でも…」
「ここで押し問答している場合じゃないですよね?私と一緒にミュルヘに会ってルーファス様の事を聞き出し、速やかに帰宅する。よろしいですね」
いつもの柔らかい表情ではなく、真面目で冷たさまで感じるカインの顔を見て反射的に頷いてしまった。
今のカインは犬のような可愛さが感じられない。
誰でも頷いてしまうような威圧感と王者のような風格が漂っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

不器用な大富豪社長は、闇オクで買った花嫁を寵愛する

獅月@体調不良
恋愛
「 御前を幸せにする為に、俺は買ったんだ 」 〜 闇オク花嫁 〜 毒親である母親の為だけに生きてきた彼女は、 借金を得た母の言葉を聞き、 闇オークションへ売られる事になった。 どんな形にしろ借金は返済出来るし、 母の今後の生活面も確保出来る。 そう、彼女自身が生きていなくとも…。  生きる希望を無くし、 闇オークションに出品された彼女は 100億で落札された。 人食を好む大富豪か、 それとも肉体を求めてか…。 どちらにしろ、借金返済に、 安堵した彼女だが…。 いざ、落札した大富豪に引き渡されると、 その容姿端麗の美しい男は、 タワマンの最上階から5階部分、全てが自宅であり、 毎日30万のお小遣いですら渡し、 一流シェフによる三食デザート付きの食事、 なにより、彼のいない時間は好きにしていいという自由時間を言い渡した。 何一つ手を出して来ない男に疑問と不満を抱く日々……だが……? 表紙 ニジジャーニーから作成 エブリスタ同時公開

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

処理中です...