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11.居なくなった宝物
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夕闇に染まる空を今日は穏やかに眺めている。
大切な、ずっと何よりも大切だった人を助けることが出来るかも知れない。
そんな気持ちの高揚で自分に酔っていた。
今まで何も望まず、拒否も否定も希望さえ口にしてこなかった自分が初めて心の底から渇望したもの。
ハニーブラウンの柔らかな髪。
新緑のような柔らかな色の瞳。
小さい鼻、柔らかそうな唇。
白く透き通るような肌。
しなやかな体躯。
意外と活発な性格だけど少し頼りない。
強く感じる正義感。
身分なんてものともしない優しさ。
何もかもが自分の胸を突く。
「シルヴィア」
ここに居ない彼女の名前が口から零れ落ちる。
意図しなくても胸の真ん中に居て記憶には笑顔が飛び交う。
彼女に恋をしたのは出会った瞬間。
長くてもっさりとした前髪に大きな眼鏡、そんな障害物に邪魔されながらもキラキラ輝いているような瞳が自分を見た。
それだけで背筋が震えたのを覚えている。
化粧や格好で隠していても彼女の魅力は溢れ出ていた。
そこからは坂道を転がるように彼女に落ちていった。
自分でも驚く位に。
姿を偽る彼女と、素性を偽る自分と。
果たしてどっちが辛いのだろうか。
そんな意味の無い疑問も何度か考えた。
その度に自分の方が彼女を騙している、そう結論が出る。
彼女はいつの頃からか、自分の前で偽るのを止めていったからだ。
素の彼女に触れる度に苦しくなる。
自分が最愛の彼女に嘘を吐き続けているということが。
それでも自分の意思では何も出来ない、その事実が自分の上に重くのし掛かっている。
★★★
母親は結婚して月日が経つのに懐妊の兆しが見られない事を焦っていた。
年齢もあって色々な薬等を試したらしい母は愛人に遅れをとったが、無事男児を出産。
自分の地位が磐石なものと確信していたと思う。
それが乳母の裏切りで赤子にして生死をさ迷い、助かったと思ったら次は身辺で事故が多発する。
そんな境遇で危機感を募らせない人は居ない。
大事な跡継ぎを失っては自分の居場所までなくなってしまう。
それは本当に恐怖だったのだろう。
母の信頼置ける知人に自分を預け、誰にも見つからないように隠すしかなかった。
そこは国の中心から少し離れた港町。
領主が短期間で変わる特殊な地域で、港だからか異国人もいる。
人が増えても減っても気にされない土地柄。
小高い丘の上にある教会も綺麗だ。
乳飲み子はその教会に預けられ、少数精鋭の護衛と母の親友だった新しい乳母とその子供だけが残された。
自分が何者なのかも知らされないまま月日は過ぎ去り、しなければならないという帝王学の勉強も牧師見習いに知らず知らず完璧に教わっていた。
今はその牧師見習いが家庭教師として送られてきた城の者だったと分かっている。
何のための護衛か、何のための勉強か、何のための隠れ家か。
それは自分の心を重く押し潰していった。
極力人との接触を避けられて過ごしてきた生活が11歳の誕生日に変わった。
盛大に祝えない誕生日を毎年、教会の者達が密かに祝ってくれている。
その日もささやかな誕生日を祝ってくれていたが、そこに領主として慈善事業していたカインレード様が来た。
優しげな色男、そして雰囲気とは違うガッチリと鍛えられている体、自信に満ち溢れた雰囲気は自分がなりたい人そのものだった。
名前が同じという他愛ない事で気に入られて、引き合わされた彼の子供がマイオンとシルヴィア。
その時には自分が王太子であり、命の危機にあり、自分の感情等の自由が許されていない事を理解していた。
でも諦めきれなった。
今まで無気力だった自分の中で何かが弾けて満たしていく。
何の為に王太子になるのか、何の為に王になるのか。
自分には不要なのに、ただその位置に居るから命が狙われる。
馬鹿げている。
でも彼女の為なら出来る。
いや、したいと思う。
王太子になって彼女を守り、王となって彼女の愛する人達を守る。
それが自分には出来る。
優しく愛に溢れた彼女は見ず知らずでも手を差し伸べるだろう。
自分も彼女に恥じない自分で居たい。
だからこそこの年齢まで生きられたし、これからも努力をしていこうと鼓舞できる。
★★★
コンコン
久しぶりに思い出した昔の出来事に口許が緩んでいるのが分かる。
教会の一角にある質素な部屋の片隅で口許に手をやりながら扉の方へ足を進めた。
「はい、どうぞ」
「邪魔するな」
「失礼します」
近付いて声を掛けると急ぐように扉が開かれる。
赤かった筈の髪を金髪にして靡かせながらマティオンが入ってきた。
いつも笑いながら入ってくる彼が真面目な表情をしていて気持ちが悪い。
そしてその後ろには黒い髪をひっつめにして結び、少しつり上がり気味の目が印象的なシルヴィアの侍女が青い顔をしながら入ってきた。
「何かありましたか?」
二人の表情も雰囲気も明らかにおかしい。
何か嫌な予感がしながらアンルーシーに問いかける。
「あの、シルヴィア様をご存じありませんか?」
「シルヴィア様?居ないのですか?」
「はい。お屋敷にも旦那様の職場にもいらっしゃらなくて…この間お二人で出掛けた際にお召しになっていたドレスが見当たらないのでこちらに来ているのかと」
「で、探してる途中で俺に会って一緒に来たわけ。カインとは会ってないと思うよって伝えたら青い顔をしたから放っておけなくてさ」
「シルヴィア様は仕事以外の外出を嫌います。私にも言わないで出掛ける事なんて今まで無かったのです」
簡素なベージュのワンピースのスカート部分を握り締めながら泣きそうな顔をする。
自分の背にも冷たい汗が伝う。
「あの赤いドレスが無いのは確かですか?」
「はい」
ミュルヘとの取引内容を報告に行った時のシルヴィアを思い出す。
何か焦ったような、それでいて申し訳なさそうな彼女の様子が思い浮かぶ。
しくじった。
自分の話で彼女に火を付けてしまったようだと今さら気付いても遅い。
恐らくミュルヘの元に向かったのだろう。
でも、自分には話が来なかった。
仲介であるマティオンも知らない様子。
これからしなくてはいけない事を頭で整理しながら彼女の無事を祈った。
大切な、ずっと何よりも大切だった人を助けることが出来るかも知れない。
そんな気持ちの高揚で自分に酔っていた。
今まで何も望まず、拒否も否定も希望さえ口にしてこなかった自分が初めて心の底から渇望したもの。
ハニーブラウンの柔らかな髪。
新緑のような柔らかな色の瞳。
小さい鼻、柔らかそうな唇。
白く透き通るような肌。
しなやかな体躯。
意外と活発な性格だけど少し頼りない。
強く感じる正義感。
身分なんてものともしない優しさ。
何もかもが自分の胸を突く。
「シルヴィア」
ここに居ない彼女の名前が口から零れ落ちる。
意図しなくても胸の真ん中に居て記憶には笑顔が飛び交う。
彼女に恋をしたのは出会った瞬間。
長くてもっさりとした前髪に大きな眼鏡、そんな障害物に邪魔されながらもキラキラ輝いているような瞳が自分を見た。
それだけで背筋が震えたのを覚えている。
化粧や格好で隠していても彼女の魅力は溢れ出ていた。
そこからは坂道を転がるように彼女に落ちていった。
自分でも驚く位に。
姿を偽る彼女と、素性を偽る自分と。
果たしてどっちが辛いのだろうか。
そんな意味の無い疑問も何度か考えた。
その度に自分の方が彼女を騙している、そう結論が出る。
彼女はいつの頃からか、自分の前で偽るのを止めていったからだ。
素の彼女に触れる度に苦しくなる。
自分が最愛の彼女に嘘を吐き続けているということが。
それでも自分の意思では何も出来ない、その事実が自分の上に重くのし掛かっている。
★★★
母親は結婚して月日が経つのに懐妊の兆しが見られない事を焦っていた。
年齢もあって色々な薬等を試したらしい母は愛人に遅れをとったが、無事男児を出産。
自分の地位が磐石なものと確信していたと思う。
それが乳母の裏切りで赤子にして生死をさ迷い、助かったと思ったら次は身辺で事故が多発する。
そんな境遇で危機感を募らせない人は居ない。
大事な跡継ぎを失っては自分の居場所までなくなってしまう。
それは本当に恐怖だったのだろう。
母の信頼置ける知人に自分を預け、誰にも見つからないように隠すしかなかった。
そこは国の中心から少し離れた港町。
領主が短期間で変わる特殊な地域で、港だからか異国人もいる。
人が増えても減っても気にされない土地柄。
小高い丘の上にある教会も綺麗だ。
乳飲み子はその教会に預けられ、少数精鋭の護衛と母の親友だった新しい乳母とその子供だけが残された。
自分が何者なのかも知らされないまま月日は過ぎ去り、しなければならないという帝王学の勉強も牧師見習いに知らず知らず完璧に教わっていた。
今はその牧師見習いが家庭教師として送られてきた城の者だったと分かっている。
何のための護衛か、何のための勉強か、何のための隠れ家か。
それは自分の心を重く押し潰していった。
極力人との接触を避けられて過ごしてきた生活が11歳の誕生日に変わった。
盛大に祝えない誕生日を毎年、教会の者達が密かに祝ってくれている。
その日もささやかな誕生日を祝ってくれていたが、そこに領主として慈善事業していたカインレード様が来た。
優しげな色男、そして雰囲気とは違うガッチリと鍛えられている体、自信に満ち溢れた雰囲気は自分がなりたい人そのものだった。
名前が同じという他愛ない事で気に入られて、引き合わされた彼の子供がマイオンとシルヴィア。
その時には自分が王太子であり、命の危機にあり、自分の感情等の自由が許されていない事を理解していた。
でも諦めきれなった。
今まで無気力だった自分の中で何かが弾けて満たしていく。
何の為に王太子になるのか、何の為に王になるのか。
自分には不要なのに、ただその位置に居るから命が狙われる。
馬鹿げている。
でも彼女の為なら出来る。
いや、したいと思う。
王太子になって彼女を守り、王となって彼女の愛する人達を守る。
それが自分には出来る。
優しく愛に溢れた彼女は見ず知らずでも手を差し伸べるだろう。
自分も彼女に恥じない自分で居たい。
だからこそこの年齢まで生きられたし、これからも努力をしていこうと鼓舞できる。
★★★
コンコン
久しぶりに思い出した昔の出来事に口許が緩んでいるのが分かる。
教会の一角にある質素な部屋の片隅で口許に手をやりながら扉の方へ足を進めた。
「はい、どうぞ」
「邪魔するな」
「失礼します」
近付いて声を掛けると急ぐように扉が開かれる。
赤かった筈の髪を金髪にして靡かせながらマティオンが入ってきた。
いつも笑いながら入ってくる彼が真面目な表情をしていて気持ちが悪い。
そしてその後ろには黒い髪をひっつめにして結び、少しつり上がり気味の目が印象的なシルヴィアの侍女が青い顔をしながら入ってきた。
「何かありましたか?」
二人の表情も雰囲気も明らかにおかしい。
何か嫌な予感がしながらアンルーシーに問いかける。
「あの、シルヴィア様をご存じありませんか?」
「シルヴィア様?居ないのですか?」
「はい。お屋敷にも旦那様の職場にもいらっしゃらなくて…この間お二人で出掛けた際にお召しになっていたドレスが見当たらないのでこちらに来ているのかと」
「で、探してる途中で俺に会って一緒に来たわけ。カインとは会ってないと思うよって伝えたら青い顔をしたから放っておけなくてさ」
「シルヴィア様は仕事以外の外出を嫌います。私にも言わないで出掛ける事なんて今まで無かったのです」
簡素なベージュのワンピースのスカート部分を握り締めながら泣きそうな顔をする。
自分の背にも冷たい汗が伝う。
「あの赤いドレスが無いのは確かですか?」
「はい」
ミュルヘとの取引内容を報告に行った時のシルヴィアを思い出す。
何か焦ったような、それでいて申し訳なさそうな彼女の様子が思い浮かぶ。
しくじった。
自分の話で彼女に火を付けてしまったようだと今さら気付いても遅い。
恐らくミュルヘの元に向かったのだろう。
でも、自分には話が来なかった。
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