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14.奪還
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彼女が誘拐された事実を掴むのは簡単だった。
付けていた護衛が報告に来たが護りきれなかった事については後日改めてだ。
そして資料の中から抜いていたミュルヘの危険な交遊関係の資料とマティオンが調べた今日のミュルヘの行動。
それを繋ぎ合わせると一番彼女に会わせたくない人物が浮かび上がった。
「金を持っているせいで身勝手な振る舞いをする奴が多いのは何とかしないとな」
「ルーファス様以外に居るのか?」
手元の資料に目を通し、時間が惜しいと扉に向かいながらマティオンの方を振り返る。
「爵位というのは税金を好き勝手して良い役職ではない」
「爵位…ああ、ミランディン男爵のことか?」
「名前すら口にしたくない。あいつのせいで彼女はトラウマと戦わなくてはいけなくなったし、綺麗な顔も隠して生活しなくてはいけなくなった」
「そのお陰で変な男が寄り付かなかったじゃないか」
「う……それとこれとは話が違う」
足早に協会を後にしながら難なく付いてくるマティオンを睨み付ける。
近くに放牧してある馬を指笛で呼んで駆けてきた鹿毛の馬に飛び乗り、すぐに目的の場所へと急ぐ。
後ろには青毛の馬に乗るマティオン。
自分の行動に遅れを取らずに付いてこれるのはマティオンくらいだろうと思う。
「飛ばすぞ!」
前だけを見て道無き道を走る。
廃れてしまっているはずの洋館に向かって。
父がとある罪で爵位を剥奪して国から放り出したはずだった男。
幼子を愛してしまった上に誘拐監禁と色々な罪状の元、殺すまではいかないと追放処分を受けたミランディン男爵。
元々領地等は持っておらず、男の父親が商人で金を積んで手にした爵位だった。
マティオンが調べた所によると、その男は追放された筈がこの国に住んでいて剥奪はされたが貴族となんら変わらない生活を送っていた。
後見人はルーファス。
怒りを通り越して呆れた。
「あそこだ」
主を失って十四年。
朽果てているはずの洋館が今も綺麗に佇んでいる。
少し離れた所で馬を止め、懐にある短剣を確かめてから気配を消して洋館へ近付いていく。
「無駄だと思うけど、証拠を掴まないといけないからぶちギレても殺すなよ」
「……善処する」
マティオンが冷たい眼差しを向けてくるが気にしない。
もしまたシルヴィアに危害を加えていたら自分でもどうなるか分からない。
それでなくても報告によるともう既に危害を加えられて連れ去られたらしいからだ。
今、シルヴィアの置かれている状況による、としか言いようがない。
「ここ、この窓開いてるぞ」
マティオンがいち早く見付けた屋敷の廊下に面した窓が微かに開いている。
ゆっくり音が立たないように開けていき、人1人が入れるくらいにしてから滑り込んでいく。
普段のこいつを知っている人はこの隠密行動に驚く事だろう。
物音1つ立てずに侵入し、周りの状況を素早く収集する。
そんな優秀なマティオンの合図で、窓から屋敷の中へ足を踏み入れた。
周りは薄気味悪い位薄暗く、湿ったような空気が皮膚に張り付く。
不快に思いながら注意深く周りを観察する。
そうしていると背後に居たマティオンが肩を叩いてきた。
顔を向けると眉間に皺を寄せた表情をしながら一点を見つめている。
その視線の先を辿っていくと、少し離れた扉から2人の男が出てくる所だった。
マティオンと曲がり角まで迅速に移動して様子を伺う。
「ミュルヘ…うわ、あれはヤバイな」
小声で呟くのが耳に入るがそんなのどうでもいい。
ミュルヘともう1人居た大柄な男が抱えているものにしか目がいかない。
周りの音が無音になったかのように聞こえなくなって、鈍い音が鳴りそうな程奥歯を噛み締める。
「落ち着いて助けないと怪我させちゃうからな」
遠目で見ても間違うことがない。
男の腕に抱かれているのは探していたシルヴィアだ。
そして彼女の両手両足に見える枷に目の前が真っ赤に染まる。
懐の短剣を二つ取り出して柄を握りしめるとマティオンに肩を引かれた。
「シルヴィア様を救うのが役目だ。あいつ等の事は俺に任せろ」
マティオンの目から見ても自分は正気を失う寸前だったみたいだ。
信用できるからこそ肩の力が自然と抜けていった。
そうしている間にも近付いてきたミュルヘ達は自分達に気付くこともなく通り過ぎていく。
「俺が風呂に入れても良いがこの女の身の保証は約束出来ないな。綺麗な顔をしているしな」
そんな言葉が自分の胸に殺意を湧かせる。
マティオンが背後に回れるタイミングでミュルヘの背中に剣を突き付けた。
「それは聞き捨てならないなミュルヘ」
「っ!!?」
声にならないミュルヘの脚をマティオンが払い転ばせる。
自分はシルヴィアの確保だと大柄な男の背中と首筋に短剣を添えた。
「お前も彼女を静かに降ろせ」
殺意を必死で押さえ込みながら男の後頭部を見つめる。
剣に気付いたのか、ゆっくりシルヴィアを床に降ろした。
それを確認してから肘で男の項辺りを手加減無しで殴り付ける。
「グハッ!」
シルヴィアの上に倒れ込まないかを見届けてから短剣を仕舞い、彼女を抱き起こす。
「シルヴィア様、ご無事ですか?」
そう声を掛けると一瞬目が合い、そして焦点が定まらなくなったかと思ったら涙を流し始めた。
「カイン、私は貴方の幸せを願っています」
掠れた声で呟かれたが自分の耳は彼女のどんな声も拾える自信がある。
でも内容の理解が追い付かなかった。
困惑している自分を置いて彼女は目を閉じて気を失ってしまった。
「どういう意味ですか…」
自分の問いかけは彼女には届かないと分かっていながら声に出してしまう。
「ミュルヘ、彼女に何をした?」
「……何も」
「……」
「うぐぁっ!!」
「嘘は好きじゃないんだよな」
彼女からマティオンの方へ視線を向けると倒れているミュルヘの太股に短剣を刺していた。
そして笑いながら軽く捻っている。
「ぐっ…ぅぐあ」
「ちゃんと分かる様に説明しろよ」
自分よりも猟奇的ではないかと冷静になってくる。
笑顔でいたぶるマティオンを見て、こいつだけは本当に敵に回してはいけないということを心に刻んだ。
付けていた護衛が報告に来たが護りきれなかった事については後日改めてだ。
そして資料の中から抜いていたミュルヘの危険な交遊関係の資料とマティオンが調べた今日のミュルヘの行動。
それを繋ぎ合わせると一番彼女に会わせたくない人物が浮かび上がった。
「金を持っているせいで身勝手な振る舞いをする奴が多いのは何とかしないとな」
「ルーファス様以外に居るのか?」
手元の資料に目を通し、時間が惜しいと扉に向かいながらマティオンの方を振り返る。
「爵位というのは税金を好き勝手して良い役職ではない」
「爵位…ああ、ミランディン男爵のことか?」
「名前すら口にしたくない。あいつのせいで彼女はトラウマと戦わなくてはいけなくなったし、綺麗な顔も隠して生活しなくてはいけなくなった」
「そのお陰で変な男が寄り付かなかったじゃないか」
「う……それとこれとは話が違う」
足早に協会を後にしながら難なく付いてくるマティオンを睨み付ける。
近くに放牧してある馬を指笛で呼んで駆けてきた鹿毛の馬に飛び乗り、すぐに目的の場所へと急ぐ。
後ろには青毛の馬に乗るマティオン。
自分の行動に遅れを取らずに付いてこれるのはマティオンくらいだろうと思う。
「飛ばすぞ!」
前だけを見て道無き道を走る。
廃れてしまっているはずの洋館に向かって。
父がとある罪で爵位を剥奪して国から放り出したはずだった男。
幼子を愛してしまった上に誘拐監禁と色々な罪状の元、殺すまではいかないと追放処分を受けたミランディン男爵。
元々領地等は持っておらず、男の父親が商人で金を積んで手にした爵位だった。
マティオンが調べた所によると、その男は追放された筈がこの国に住んでいて剥奪はされたが貴族となんら変わらない生活を送っていた。
後見人はルーファス。
怒りを通り越して呆れた。
「あそこだ」
主を失って十四年。
朽果てているはずの洋館が今も綺麗に佇んでいる。
少し離れた所で馬を止め、懐にある短剣を確かめてから気配を消して洋館へ近付いていく。
「無駄だと思うけど、証拠を掴まないといけないからぶちギレても殺すなよ」
「……善処する」
マティオンが冷たい眼差しを向けてくるが気にしない。
もしまたシルヴィアに危害を加えていたら自分でもどうなるか分からない。
それでなくても報告によるともう既に危害を加えられて連れ去られたらしいからだ。
今、シルヴィアの置かれている状況による、としか言いようがない。
「ここ、この窓開いてるぞ」
マティオンがいち早く見付けた屋敷の廊下に面した窓が微かに開いている。
ゆっくり音が立たないように開けていき、人1人が入れるくらいにしてから滑り込んでいく。
普段のこいつを知っている人はこの隠密行動に驚く事だろう。
物音1つ立てずに侵入し、周りの状況を素早く収集する。
そんな優秀なマティオンの合図で、窓から屋敷の中へ足を踏み入れた。
周りは薄気味悪い位薄暗く、湿ったような空気が皮膚に張り付く。
不快に思いながら注意深く周りを観察する。
そうしていると背後に居たマティオンが肩を叩いてきた。
顔を向けると眉間に皺を寄せた表情をしながら一点を見つめている。
その視線の先を辿っていくと、少し離れた扉から2人の男が出てくる所だった。
マティオンと曲がり角まで迅速に移動して様子を伺う。
「ミュルヘ…うわ、あれはヤバイな」
小声で呟くのが耳に入るがそんなのどうでもいい。
ミュルヘともう1人居た大柄な男が抱えているものにしか目がいかない。
周りの音が無音になったかのように聞こえなくなって、鈍い音が鳴りそうな程奥歯を噛み締める。
「落ち着いて助けないと怪我させちゃうからな」
遠目で見ても間違うことがない。
男の腕に抱かれているのは探していたシルヴィアだ。
そして彼女の両手両足に見える枷に目の前が真っ赤に染まる。
懐の短剣を二つ取り出して柄を握りしめるとマティオンに肩を引かれた。
「シルヴィア様を救うのが役目だ。あいつ等の事は俺に任せろ」
マティオンの目から見ても自分は正気を失う寸前だったみたいだ。
信用できるからこそ肩の力が自然と抜けていった。
そうしている間にも近付いてきたミュルヘ達は自分達に気付くこともなく通り過ぎていく。
「俺が風呂に入れても良いがこの女の身の保証は約束出来ないな。綺麗な顔をしているしな」
そんな言葉が自分の胸に殺意を湧かせる。
マティオンが背後に回れるタイミングでミュルヘの背中に剣を突き付けた。
「それは聞き捨てならないなミュルヘ」
「っ!!?」
声にならないミュルヘの脚をマティオンが払い転ばせる。
自分はシルヴィアの確保だと大柄な男の背中と首筋に短剣を添えた。
「お前も彼女を静かに降ろせ」
殺意を必死で押さえ込みながら男の後頭部を見つめる。
剣に気付いたのか、ゆっくりシルヴィアを床に降ろした。
それを確認してから肘で男の項辺りを手加減無しで殴り付ける。
「グハッ!」
シルヴィアの上に倒れ込まないかを見届けてから短剣を仕舞い、彼女を抱き起こす。
「シルヴィア様、ご無事ですか?」
そう声を掛けると一瞬目が合い、そして焦点が定まらなくなったかと思ったら涙を流し始めた。
「カイン、私は貴方の幸せを願っています」
掠れた声で呟かれたが自分の耳は彼女のどんな声も拾える自信がある。
でも内容の理解が追い付かなかった。
困惑している自分を置いて彼女は目を閉じて気を失ってしまった。
「どういう意味ですか…」
自分の問いかけは彼女には届かないと分かっていながら声に出してしまう。
「ミュルヘ、彼女に何をした?」
「……何も」
「……」
「うぐぁっ!!」
「嘘は好きじゃないんだよな」
彼女からマティオンの方へ視線を向けると倒れているミュルヘの太股に短剣を刺していた。
そして笑いながら軽く捻っている。
「ぐっ…ぅぐあ」
「ちゃんと分かる様に説明しろよ」
自分よりも猟奇的ではないかと冷静になってくる。
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