愛するということ

緒方宗谷

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31.新常識

1.消化   

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 私は何かに縛られている。
 有紀子はここ最近、加奈子との関係についてばかり考えている。
 普通に考えれば、男の人と結婚して子供を生む。“円満な家庭を築きたい”。漠然とそう考えていたけれど、なぜ加奈子ではいけないのだろう。
 確かに肉体的に一つに溶けあうことは叶わないかもしれない。でも加奈子が自分に向ける愛情と、異性同士の間に芽生える愛情に違いはあるのだろうか。
(加奈は本気で私を愛してくれている。そう信じられる)
 男女が一つになることによって子供が生まれて、人類は繁栄してきた。でも生命が誕生してからの歴史の中で、人類の歴史なんて瞬きする一瞬の間に過ぎない。
 今いる生命の中だけを見ても、オスメスの区別のない植物や、環境でオスになったりメスになったりするのだっている。普段はメスばかりしかいないのに、環境が悪くなるとオスが生まれるのもいる。男か女かの区別なんて、実はどうでも良いのではないか、と思う。
 前に歴史の先生が脱線話をしたことを、有紀子は思い出した。人類は頭脳だけで生存競争を勝ち残って生きたらしい。
 確かにそうだ。人間には、戦うための牙はないし、爪もない。力も弱ければ足も遅い。以前、もし豚が本気で人間を殺そうと思ったら、(1対1の場合)人間では勝てない、という話を聞いた。豚のあごの力なら、人間の骨を噛み砕けるらしい。
 よくよく考えたら、猟犬だってそうだ。中小型の犬だって熊と戦えるのだから、人間なんてひとたまりもないかもしれない。ニホンザルだって小さいのに大きな牙がある。あんなので噛まれたら、人の体なんて貫通してしまうかも。
 人間は色々なことを想像する力がある。想像できることは現実に出来るとも聞いた。黒曜石で刃物を作り、火を手に入れ、擬人化した獣を想像し、星々に想いをはせた。鳥のように空が飛べたら、月に行けたら、と夢を見て、正にそれを現実にしてきた。
 人類は、間違いなく想像力で今の繁栄を謳歌している。人類の親戚(他のホモ属やネアンデルタール人など)が滅びる中で、私達(サピエンス)だけが生き残ってきた。私達は目の前にある現実しか見られないわけではない。時間を超えて場所を超えて、ありとあらゆるものを想像してきた。
 そばにいない仲間を想う。形のない見たこともない神を信じる。私達が大切にしてきたものは、人と人の間にあるものだ。人を形作る血肉を見てきたのではない。ならば、私と加奈子が育んできた友情に、加奈子が私にいだいてくれる愛情に、同姓であるということがどれだけの意味を成すのだろう。
 前に見たハリウッド映画で、仮想現実の中で一生を過ごす人類とAIの映画があった。今の科学技術では、まだそれは無理だろうけれど、スマホの中では、性別を選択できるアバターが活躍している。
 もっと技術が進めば、直接脳に映像を映す技術が出来るかもしれない。電気信号を視力細胞に送ることによって、盲目の人でも脳に映像を映し出す技術がある、とテレビで見たこともある。なら、においや触覚も電気信号で体験させることだって可能なはずだ。
 この先確実に脱肉体の時代に突入する。有紀子は、ある話を思い出した。本当かどうかわからないが、男女が普通に交配を重ねていくと、遠い将来、遺伝子から男性を生む情報が無くなって、女性ばかりになるらしい。小学生の時にそれをテレビで見て、あほらしい、と思ったけれど。もし本当なら、男の人って必要ないのかもしれない。有紀子は女で良かった、と思った。
(子宮を移植すれば、男だって妊娠できる時代だもの。私達が女の子同士だなんて関係ないかも)
 有紀子は、加奈子との間に空いた(と思い込んでいた)距離をばかばかしく感じた。

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