Kaddish

緒方宗谷

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乳飲み子

2ー4

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 確かに日本は、並々ならぬ努力をした。だが、東アジア、東南アジアが努力しなかったわけでもないし、日本より文明が劣っていたわけでもない。
 地図でも地球儀でも見てみると良い。ユーラシア大陸は端から端まで陸続きだが、欧州帝国は西端にあり、日本は東端にある。しかも世界的に荒れる海として知られる日本海が横たわっているのだ。
 各帝国からの航路は、日本よりも中国の方が近く、東南アジアの方が近い。日本が植民地化の憂き目を免れたのは、地理的要因が決め手である。もし、日本列島の位置が少しでも南にずれていたのなら、歴史は変わっていたかもしれない。
 ただ、どちらにしても、華々しい祖国の近代史も凋落の一途を辿るだろう。この様な生き地獄を実現できるナチス第三帝国と著しく接近しようとした時点で、もはや誰も救いの手を差し伸べてはくれないだろう。私も日本にいたなら、その事にすら気が付けなかったかもしれない。
 だいぶ前から、日本は大丈夫なのか、と薄々と疑ってはいたが、ドイツに来るまで本当に危険な状況にあるとは思わなかった。軍部の暴走がはっきりと分かる。
 ある日の妻を思い出した。
 「幸助さん、今のドイツを本当のドイツを思わないでください。
  みんな気がどうかしているのです。
  本当はみんな良い人なのに、みんな、あのヒトラーに騙されているんです。
  どうか、わたしを嫌いにならないでください」
 以前、妻が嘆きながら僕に行った言葉だ。ヒトラーに導かれたドイツ人は、もはや後戻りできない崖の上まで連れて行かれて、彼と共に眼下の岩肌に向かって飛び降りてしまうのだ、と思えてならない。
 この地に命の尊厳は全くなかった。少なくとも私達には無いようだ。私は同盟国の日本人であったから連行はされなかったが、常に奇異の目で見られていた。だから、目立たないように帽子をかぶって歩いている。
 多くのドイツ民族以外の民は財産を奪われ、着の身着のままで連れて行かれた。私にはどこに連れて行かれているのかは分からないが、公共工事に駆り出されていると聞いたことがある。
 だが、それが完成したとしても、ドイツ人以外は利用できないはずだ。自分達が利用出来ない物を作らされている。
 中には、既に殺されていると言う者までいた。彼らは、日本がナチスと同盟を組めている事を喜ぶべきだと言う。もし同盟が無ければ、私も強制連行される人々の中の1人だと言うのだ。
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