Kaddish

緒方宗谷

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ドイツ人の渇望したもの

4ー1

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 彼らは、別に世界征服がしたかったわけではなかろう。自分達以外を全て滅ぼしたいなどとは思っていなかったはずだ。少なくとも、私の家族はそう思っていないし、気が狂った様な彼らを「本当は善良な市民で、今は熱にうなされているだけだ」と主張している。
 私もそう思う。ドイツにやってきた時、既に世界恐慌で深い傷を負っていたし、見る人見る人皆心が荒んでいるように見えはしたが、悪魔のような所業を行なえるようには見えなかった。
 もともと、私の実家は、欧州向けに日本製品を輸出する貿易商を営んでおり、私はそのために訪独したのだが、日本にいた時からドイツ人の知人は何人もいた。彼らは、他の欧米人と比べてとても真面目な気質でありながら、ビールを飲むととても気さくでとっつきやすい性格に変わる。
 我々黄色人種を差別する事もなく、ましてや母国に住む他民族を蔑むような発言をしたこともない。第一次欧州大戦で、日本とドイツは敵国同士であったが、親族に軍人がいる友人達も私をののしる事はしなかった。
 私がまだ8歳位の出来事であるが、当時の日本には多くのドイツ人捕虜が連れてこられた。彼らに対し日本は国際条約を真摯に守り、ドイツ兵捕虜は徹底して人道的に扱われた。収容されたドイツ兵からも称賛されるほどだったのだから、事実であろう。
 戦争が終わって、彼らが帰国する際には、ベートーベンの第九“歓喜”を演奏して、日本への感謝を表した。
 私がドイツに来て以来、今まで当時の事を罵られた事はただの1度もなく、疲れ切った様子ながらも、「日本人か? こんな不景気で何ももてなす事が出来ないんだ、本当に申し訳ないね」と言ってくれた。
 人々の心にだんだんと統制が浸透していくにつれて、彼らの優しさはなりを潜めていく。うって変わって頭をもたげたのは、鬼のような存在だった。
 そうなるまでに時間はかからなかったが、そうなる過程で疑問を持った者はいないように思える。反ナチスの義父達ですら、ナチス政権が独裁であるとか、彼らに政権を与えてしまった事、異民族を一区画に集めて生活させる事にあまり疑問を持たなかった、と言っていた。
 街中で平然と虐殺が始まるまでは、妻でさえ、住処から退去させられる人々を憐れみながらも、ベンチに貼られたドイツ人のみ使用可と書かれた文字を見て疑問に思わなかったらしい。
 私の家族は、ただただ、平穏な生活を望んでいた。家族だけではない。ほとんどのドイツ人は、1929年にニューヨーク株式市場の大暴落で始まった世界恐慌によって壊滅したドイツ経済の立て直しを望んでいただけだ。
 しかし、人は慣れる生き物で、少しずつ少しずつ、非人道的な所業にも慣れていき、良心の呵責を忘れて行った。


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