Kaddish

緒方宗谷

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田舎で静養させる息子

5ー1

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 以前から病弱な孫を心配していた義父は、地方にある自社の缶詰販売店へ転勤するよう私に話していた。
 私の家族は反ヒトラー一色であったが、我らの意に反してナチス政権は盤石となっていく。経済は持ち直し、国民も団結し出した。義父の缶詰会社の売り上げはうなぎのぼりだ。
 すぐにでも妻と息子を連れて、田舎に引っ越したがったが、生産能力を超える注文が止まず、その作業に一家は追われる日々。今考えれば、戦争準備のために大量の缶詰が入用だったのだろう。
 軍からの直接の注文もあったが、軍事物資を軍に卸している業者からも問い合わせが多かった。
 戦争が始まる前の私は、まさか再びドイツが戦争をするとは思わなかった。再軍備してフランスと対等になって、ベルサイユ条約を破棄する気なのだろう、と思っていた。
 それがどうだ。国家社会主義ドイツ労働者党を率いるヒトラーは、東ヨーロッパ諸国へ領土を拡張して、それらの国の住民から土地を奪ってドイツ人を入植させる、いわゆる東方計画を実行した。
 1939年9月、ナチス軍は、まずポーランドへ侵攻した。瞬く間にこの国を占領すると、数多くのゲットーを作ってその国の人々を投獄した。
 ゲットーの中がどうなっているのか私は知らない。みんな殺されている、とまことしやかに言う人もいた。首都ベルリンでしかも公衆の面前で平然と殺人が行われているのだから、あながち虚実とも言い切れないように思える。
 ニュース映画では、収容された人は音楽を聴いたりピクニックを楽しんでいる。私の周りの人たちはみんな信じているようだが、眉唾物だ。
 ここ数年、義父は缶詰工場を畳むか畳むまいか、ずっと悩んでいる。しかし、そんな事をすれば、ナチス親衛隊の魔の手によって、一家の運命はついえていただろう。もしかしたら、娘婿の私がアメリカと対立を深める日本人である事が考慮されたかもしれないが。
 それでも生活の糧を失った一家は生活できない。仮に日本に移住したとしても、同盟国人とはいえ妻のメラは金髪の白人であるから、生きづらくなるはずだ。
 日中戦争もいつまで経っても終わらないし、このままいけばイギリスやアメリカと戦争になるやもしれない。
 私は、アメリカやオーストラリアとの間を海が隔てていることに心底安堵した。これなら陸軍が押し寄せてくることもないし、爆撃の嵐に合う事は無いだろう。
 もし戦争になれば、日本は勝てやしない。アメリカ軍は帝国海軍を蹴散らして、本土に迫って来るだろう。日清、日露、日中のような外国での戦争ではなくなる。近い将来、私の実家もナチスに蹂躙された東欧の様になる運命を辿るかもしれない。
 聞くところによると、確か日本には帰化した白人の政治家もいて、たった1人で戦争に反対してるらしい。彼が、命を奪われずにいる事に一縷の望みをかける事が出来るだろうか。
 私は、ドイツが戦争を始める前から、ドイツは勝てないと思っていた。それは、ドイツに渡る際、まず船で日本からアメリカに行って大陸を横断して、それからまた船で欧州へと向かったからだ。
 アメリカは既に大恐慌で低所得者は生きるのもやっとであるという様子だった。かつての大富豪は一文無しとなって、首を吊ったり飛び降りたりして、無残な状況である。それでもなお、日本の100倍は力があるように思えた。ドイツとて日本と50歩100歩だ。





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