Kaddish

緒方宗谷

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別れと出会い

27ー4

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 夫は縦縞の囚人服を着せられていた。何かの罪を犯したわけではなかったが、収容所を支配するナチス人達から、囚人と呼ばれていた。連れてこられた多くの者達はすぐにガス室に送られ殺されたが、選別されて生き残った者達は、過酷な強制労働に駆り出された。
 ナチスの管理は巧みで、何万もの収容者をとても少ない人数で管理している。囚人を小分けにして模範的な囚人を頭にすえ監督係とし、作業の進捗状況を他のチームと競わせた。
 隔離された施設の中で、生き延びる術はナチスに従う他に無い。囚人頭は彼らに服従するほかなく、人々へ重労働を強いた。
 何故、ナチスの隊員は、このような恐ろしい施設で、気をおかしくせずに任務を務める事が出来たのだろうか。それには理由があった。
 普通の人間であれば、精神が耐えられないほどの暴虐を彼らは全く行っていなかったのだ。秘密裏に地下で行われた大虐殺も、死体の焼却も、全て収監された者達にやらせていた。
 建物の中で、何が行われていたか知らなかったわけではない。ただ、自らの手を汚さなかった事が、背徳への罪の意識を消し去り、思考停止に陥らせていた。平和の中であれば、ただの好青年であったであろう者まで、全くの疑問を抱かない。この様な環境で、人は良心をも失ってしまうのだ。
 父親は、ガス室で虐殺された人々の遺体の処理を担当させられていた。幾度も自ら命を絶とうと考えたが、妻や子供達に会いたい一心で、自殺を思いとどまって強制労働を続けた。
 みんなが生きている望みは薄い。だがそれでも、一縷の希望に縋って生き続けた。ベルリンで別れた長男は、無事逃げ果せただろうか。夜な夜な家族を案じ続けて、眠りにつく。
 アウスヴィッツに収監されてからというもの、大戦の戦況に関する情報は入ってこない。ベルリンで強制連行された時、ドイツは快進撃を続けていたから、よもや生きて出たれるとは思ってみなかった。この様な作業をさせられているのだから、必ず口封じに殺されると思っていたのだ。
 しかし、いつしか、スパイが紛れ込んでいることに気が付いた。ベルギーやオランダなどから送り込まれた人達がいて、外部の連絡が行われている。
 父親は希望を持つようになれた。既にナチスの侵攻は止まって守勢へと変わっていたのだ。
 管理側にいた者達は、表向きナチスに服従しながらも、心は売り渡していなかった。生きるために服従してはいたが、生きるために戦う事までを放棄しなかった。彼らと共に、父親は施設の惨状を連合国に知ってもらう事によって、虐殺を止めようとしたのだ。
 しかし、事態は一向に変わらなかった。ある日、父親を含む数百人が集められて、そのまま車に乗せられどこかに連れ去られていった。そして、2度と戻っては来なかった。
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