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2度目の接触
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仕事中だろうか。スーツ姿の早苗が目の前の吊り革に手をかけていた。みのるは早苗がいることを香水の香りで気が付いたが、声はかけなかった。
この日、早苗は不登校児童とどう接するかの講習に出席していた。真剣な眼差しで見ているのは、学校に行かなくても地域コミュニティなどに参加する事により、健やかに成長している話が紹介された小冊子だ。
コミュニティに参加したがらない子供のために、ご近所さん達で小さなグループを作って活動する人達の成功談が載っている。早苗は、これがみのるのためになるのではないかと考えていた。
(なんか、違う人みたいだな、いつものお姉ちゃんと違う)
自宅以外で彼女と会うのは初めてだ。スーツ姿なのはいつもと違わないが、友達的に振る舞うみのる目線の言動と違って、年相応の大人の女性だ。みのるは、急にドキドキしてしまった。
今日、早苗がみのるの家に来る予定はない。だが、香水はいつもと同じ香りだ。使い分けていない事を知れたのは拾い物だった。もし、あの甘ったるい香水を漂わせていたとしたら、真一と早苗の関係は、自分にとって絶望的であったからだ。
気が付かないうちに電車が停車して、何人かの人が入ってきた。鼻を擽って脳をとろけさせるあの香りに、みのるは我に戻った。右を見ると、高級なブティックに展示してありそうな肘丈のラッフルブラウスを着た長いスカートの女が、車両の中央を悠然と歩いている。
少し微笑んだように見える表情を浮かべて、みのるの前に立ち止まった。バレてる。そう思って固まったみのるであったが、この女の目にみのるは映っていない。視線は、右斜め前にいる女に向けられていた。
「本当、あの人私に溺れているのよ。
みのちゃんだって、お姉ちゃんお姉ちゃーんて私を慕ってきてくれるのよ。
聞いて、彼、毎日私の胸の中で言うの、いつか2人で暮らそうって。
悪い虫がいるから、殺虫剤を部屋中に撒いたらねって言ってあげたら、ずっと撒いてるんだけど、まだ死なないだって、ゴキブリよりしぶといんだから」
早苗の後ろに立ってスマホを手にした女は、注意を受けないであろう範囲の小声で、何やら話している。みのるの座る席にまで声は届かない。意を決したみのるは、持っていた携帯ゲーム機の撮影機能を使って、この女を録画してやる事にした。
ゲーム機能とカメラに映るリアルタイムの映像を組み合わせて遊ぶシューティングゲームを起動し、盗撮を疑われないように遊びながら立ち上がって、女に近づく。
「・・・・っていうの。
私、あんまりイジメないであげてって言ったんだけど、彼、雇った海坊主達に※※※させようかって言うのよ。
面白そうだから、撮影して私にも見せてって言ったら、良いよって言ってくれたの。
楽しみだわ」
みのるには、何をさせようと言ったのか聞き取れない。その部分だけ更に小声になったからだったが、早苗の耳には明確に聞こえていた。犯させようかと言ったのだ。
もし、そんな事をされたら、もう生きていけない。人としての一切の尊厳を踏みにじられる。しかも浮浪者の様なあの男達にだ。
急に頭の毛穴という毛穴から、脂汗がにじみ出るのが分かった。全身がガタガタと震え出す。
(みのちゃんって、みのる君の事?真一さんが、私に嫌がらせをしていたの?)
信じられなかった。だが、それであるなら合点がいく。自分を監視しているのは、親御さん達ではない。かといって、センター職員でもない。ここまでの仕打ちをする理由が無いからだ。
でも、真一だったのならどうだ。真一は、この女と一緒になりたいと思っている。そのためにはみのるが邪魔だ。みのるは東京に行きたがらないし、彼の両親も東京に行かせたくない。そして、早苗は専門家の立場で、あの子を東京にかせるべきではないと主張している。
早苗は、恒子と正雄の主張に科学的根拠を与えて、真一に論理的に反論させない環境を作り出しているのだ。
(そうか、私の言動を知っていたのは、真一さんから報告されていたからか・・)
信じていた人に、後ろから崖に突き落とされた気分だ。絶望と悲しみで涙が溢れる。
立っている事すらやっとの様子に、後ろの女は満足気にほくそ笑んでいた。
(こんな女に、真一さんを渡すもんですか。
色気もないし、センスもないし、スタイルだって私の方がずっと良い。
もう、私の事を忘れられないくらい感じさせてるんだから、負けたりしない)
ふと気が付くと、後ろに何か気配を感じる。振り向くと、1人の子供がゲームをしていた。
(何この子?)
周りの目も気にせずにゲーム機を構えて、あっちを向いたりこっちを向いたり、おかしな動きをしている。
一瞬画面の端に、冷たい目でみのるを見下ろしている女の姿が映った。ジッとこっちを睨んでいる。怖くなったみのるは、ゲームで遊ぶふりを続けながら彼女から離れて車両をうつり、次の駅で下車した。
「あの子、最近よくお泊りするらしいから、私嫌だったんだけど、でも最近都合よく思えるの。
だって、お風呂にだってトイレにだって入るでしょ?彼の自宅なんだから・・・・」
囁く言葉を録音されていたとは露とも思わない女は、更に一駅早苗をなじり続けていたが、最後に言いかけた言葉を言わずに下車した。
(盗撮されてる?カメラなんてある様には見えなかったけど。
でも最近のカメラはすごく小さいっていうし・・・)
今まで受けた精神攻撃の中で、今回が最も強力なものであった。
この日、早苗は不登校児童とどう接するかの講習に出席していた。真剣な眼差しで見ているのは、学校に行かなくても地域コミュニティなどに参加する事により、健やかに成長している話が紹介された小冊子だ。
コミュニティに参加したがらない子供のために、ご近所さん達で小さなグループを作って活動する人達の成功談が載っている。早苗は、これがみのるのためになるのではないかと考えていた。
(なんか、違う人みたいだな、いつものお姉ちゃんと違う)
自宅以外で彼女と会うのは初めてだ。スーツ姿なのはいつもと違わないが、友達的に振る舞うみのる目線の言動と違って、年相応の大人の女性だ。みのるは、急にドキドキしてしまった。
今日、早苗がみのるの家に来る予定はない。だが、香水はいつもと同じ香りだ。使い分けていない事を知れたのは拾い物だった。もし、あの甘ったるい香水を漂わせていたとしたら、真一と早苗の関係は、自分にとって絶望的であったからだ。
気が付かないうちに電車が停車して、何人かの人が入ってきた。鼻を擽って脳をとろけさせるあの香りに、みのるは我に戻った。右を見ると、高級なブティックに展示してありそうな肘丈のラッフルブラウスを着た長いスカートの女が、車両の中央を悠然と歩いている。
少し微笑んだように見える表情を浮かべて、みのるの前に立ち止まった。バレてる。そう思って固まったみのるであったが、この女の目にみのるは映っていない。視線は、右斜め前にいる女に向けられていた。
「本当、あの人私に溺れているのよ。
みのちゃんだって、お姉ちゃんお姉ちゃーんて私を慕ってきてくれるのよ。
聞いて、彼、毎日私の胸の中で言うの、いつか2人で暮らそうって。
悪い虫がいるから、殺虫剤を部屋中に撒いたらねって言ってあげたら、ずっと撒いてるんだけど、まだ死なないだって、ゴキブリよりしぶといんだから」
早苗の後ろに立ってスマホを手にした女は、注意を受けないであろう範囲の小声で、何やら話している。みのるの座る席にまで声は届かない。意を決したみのるは、持っていた携帯ゲーム機の撮影機能を使って、この女を録画してやる事にした。
ゲーム機能とカメラに映るリアルタイムの映像を組み合わせて遊ぶシューティングゲームを起動し、盗撮を疑われないように遊びながら立ち上がって、女に近づく。
「・・・・っていうの。
私、あんまりイジメないであげてって言ったんだけど、彼、雇った海坊主達に※※※させようかって言うのよ。
面白そうだから、撮影して私にも見せてって言ったら、良いよって言ってくれたの。
楽しみだわ」
みのるには、何をさせようと言ったのか聞き取れない。その部分だけ更に小声になったからだったが、早苗の耳には明確に聞こえていた。犯させようかと言ったのだ。
もし、そんな事をされたら、もう生きていけない。人としての一切の尊厳を踏みにじられる。しかも浮浪者の様なあの男達にだ。
急に頭の毛穴という毛穴から、脂汗がにじみ出るのが分かった。全身がガタガタと震え出す。
(みのちゃんって、みのる君の事?真一さんが、私に嫌がらせをしていたの?)
信じられなかった。だが、それであるなら合点がいく。自分を監視しているのは、親御さん達ではない。かといって、センター職員でもない。ここまでの仕打ちをする理由が無いからだ。
でも、真一だったのならどうだ。真一は、この女と一緒になりたいと思っている。そのためにはみのるが邪魔だ。みのるは東京に行きたがらないし、彼の両親も東京に行かせたくない。そして、早苗は専門家の立場で、あの子を東京にかせるべきではないと主張している。
早苗は、恒子と正雄の主張に科学的根拠を与えて、真一に論理的に反論させない環境を作り出しているのだ。
(そうか、私の言動を知っていたのは、真一さんから報告されていたからか・・)
信じていた人に、後ろから崖に突き落とされた気分だ。絶望と悲しみで涙が溢れる。
立っている事すらやっとの様子に、後ろの女は満足気にほくそ笑んでいた。
(こんな女に、真一さんを渡すもんですか。
色気もないし、センスもないし、スタイルだって私の方がずっと良い。
もう、私の事を忘れられないくらい感じさせてるんだから、負けたりしない)
ふと気が付くと、後ろに何か気配を感じる。振り向くと、1人の子供がゲームをしていた。
(何この子?)
周りの目も気にせずにゲーム機を構えて、あっちを向いたりこっちを向いたり、おかしな動きをしている。
一瞬画面の端に、冷たい目でみのるを見下ろしている女の姿が映った。ジッとこっちを睨んでいる。怖くなったみのるは、ゲームで遊ぶふりを続けながら彼女から離れて車両をうつり、次の駅で下車した。
「あの子、最近よくお泊りするらしいから、私嫌だったんだけど、でも最近都合よく思えるの。
だって、お風呂にだってトイレにだって入るでしょ?彼の自宅なんだから・・・・」
囁く言葉を録音されていたとは露とも思わない女は、更に一駅早苗をなじり続けていたが、最後に言いかけた言葉を言わずに下車した。
(盗撮されてる?カメラなんてある様には見えなかったけど。
でも最近のカメラはすごく小さいっていうし・・・)
今まで受けた精神攻撃の中で、今回が最も強力なものであった。
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