17 / 35
鬼胎
ガス銃
しおりを挟む
「知ってるか?」小坂が言った。
学校の帰り道、ランドセルを背負った僕は、興味津々で「なにが?」と訊いた。
「昔のガス銃って、フロンで撃つのがあったんだぜ」
聞いたことがある。僕はエアガンか電動エアガンしか見たことないけれど、昔はフロンガスの力で撃つ銃があったらしい。
嬉々として小坂が続ける。
「威力も半端なかったらしいんだよ。この間デモ見たけど、このくらいの木の板を貫通したんだぜ。」
そう言いながら、親指と人差し指で板の厚さを説明してみせた。目算一センチくらいある。「すげぇ」と僕は唸った。
「今のガス銃なんかオナラだぜ」
そう言って少し駆けた小坂が、興奮気味に僕のほうに向きなおって、後ろ向きに歩きはじめる。そして楽しそうに言った。
「駅の向こうにあるホビーショップが閉まるんだってさ。それで倉庫にあった物を閉店セールで売ってんだ。二万五千円のそのガス銃が、一万二千五百円だってさ。中古だけどプレミアだぜ」
僕はとっても欲しくなった。
小学六年に上がったばかりの頃から、僕と小坂が始めた『銃戦』は瞬く間に人気になった。『銃戦』とは、おもちゃの鉄砲を持って行うサバイバルゲームのこと。本当は、打たれたら退場とかいろいろなルールがあるんだろうけれど、僕たちの『銃戦』にはない。
ルールは簡単。二チームに分かれて攻め合う。自分より強い銃を持っていたり、玉切れになると逃げる。全員が捕虜になったら負け。途中で捕虜を助けることも出来る。
ほとんど鬼ごっこのようなものだけれど、強い銃を持っている者が強い。僕は強い銃に憧れていた。僕が持っているのは、ベレッタという小さなエアガンだ。エアガンと言っても空気の力でBB弾を発射しない。たぶんバネの力。全然威力がない。僕はいつも逃げるだけ。
宮本が持っているイングラムや、原田が持っているファーマスF1が最強。電動エアガンだ。小坂は、M16と言うガス銃を持っていた。ガス銃と言っても代替ガスは使わずに、空気を詰めて発射する。だからエアガン。お小遣いの節約らしい。それでもバネ式の僕の銃より強い。僕のは、銀玉鉄砲に毛が生えたくらいだと思う。
小坂は僕に提案した。
「柿崎の銃弱いから教えてあげるんだ。あとから来たやつらを見返してやろうぜ」
「うーん」と僕は俯いた。
銃戦は、初め五、六人程度で始めた遊びだったけれど、今は二十人を超える。クラスを越えて、学校を越えて人が集まった。幾つかある小学校の中心に僕の家があったから、集まるのはいつも僕の家。なのに、人が増えるたびに僕の地位は下がっていく。
僕は小坂が羨ましかった。小坂の両親は、お父さんが会社の社長をしていて、お母さんはレストランを経営している。マンション暮らしだったし、特別お金持ちには見えないし、頭も悪い。塾に行っているのに、行っていない僕より悪い。なのに欲しいものは何でも買ってもらっていて、M16も買ってもらった。前は、日本軍かドイツ軍が持っていそうな、丸い関節みたいな持ち手の撃鉄を引き上げる格好悪い拳銃を使っていたのに。
僕は、我慢できずに小坂に宣言した。
「僕が買う。場所教えて」
「おしっ、そうこなくっちゃ」小坂は陽気に笑った。「ランドセル置いたら、すぐ行くからな」そう言って、僕と十字路で別れて走っていった。
僕が家に帰ると、誰もいなかった。お父さんが会社に行っていていないのは当然。お母さんは買い物かもしれない。妹はたぶん学校。僕が戻ってきたんだから、すぐに戻ってくるかもしれない。
お母さんにお小遣いをねだろう、と思っていたけれど、小坂が来るまでには間に合わないかも。でも、なら他の手がある。そう思った。残念にも思わなかったし、よし、とも思わなかった。お母さんの寝室に行く。ドアを開けると、冷たい風の流れができた。だんだんと緊張してきた。
僕は知っている。お母さんのクローゼットの引き出しの一番下にへそくり用のおサイフがあって、何万円も入っていることを。
僕はドキドキしながら静かに部屋に入って、クローゼットを開けた。膝をついてしゃがむ。車の走る音が妙に大きく聞こえる、自転車の車輪が回る音すら聞こえた。タンスの引き出しを開けると、沢山の下着が詰まっていた。薄いベージュと濃いベージュの二種類だけ。それをかき分けると、子供でも名前を知っている有名ななんとかってブランドの財布がある。
・・・やっぱりあった。三つ折の財布で、英語の家紋みたいなのがたくさん描いてある。マグネットで閉じてあったけれど、ひらかなくてもお札が入っているのが見えた。十万円はあるかもしれない。鼻で息ができない。苦しくなって口で息をした。
僕が財布を開けようとした瞬間、玄関の扉が激しく開いた。「やばっ」と言って、外したマグネットをつけてようとする。焦ってうまくつかない。ずれた。脱いだ靴がタイルに落ちる音がした。駆けてくる。間に合わない。僕は焦った。
なんとかきれいにマグネットを閉じて、パンツに埋める。足音がこっちにくる。スリッパ履いてる。重い音。お母さんだ。
ばれる。僕は廊下に出ようとしたけれど、出れなかった。咄嗟にドアを閉めた。バタバタと駆ける足音が部屋の前を通り過ぎて、ダイニングキッチンのドアをひらいた。レジ袋から何かを取り出す音が、ガサガサ、となった。
僕は音を発てないよう慎重にドアを開けて、カニ歩きで二階に上がる。途中まで階段を上って、聞こえるように足音を立てて下りていって、ダイニングキッチンに入った。
僕が入ると同時に、お母さんが言った。
「海(かい)、帰ってたの?」
「うん、ただいま」
「お帰り・・・ってお母さんも帰ってきたからただいま」
「おかえりただいま」僕が笑うと、お母さんも「おかえりただいま」と言って、笑った。
僕の家は裕福ではないけれど、貧乏でもない。でもマイホームを買ったばかりで、色々と節約作戦がくりひろげられている。歯磨きの時蛇口は閉める。頭や体を洗っている時もシャワーは止める。妹の真奈がおしっこをする時は、水を流さないで僕もして、それから流す。逆もする。チャンスがあれば、家族全員がする。だから、僕はお小遣いをすぐにはせがめなかった。もともと月五千円もらっている。友達は千円とかしかもらっていないのに。
だから、ガス銃を買うためのお小遣いはくれないだろう。だって普段から、少年ホップステップも買ってもらっているし、ゲームも買ってもらっている。お小遣いでは、釣竿やBB弾やプラモを買う。「無駄遣いするな」って言われているけれど、毎月足りなくてダダをこねる。だけれどもくれないことの方が多い。だから今回もくれないと思う。
それでも僕は言った。
「お母さん、欲しいガス銃があるの。お金ちょうだい」
「いくら?」
「一万二千五百円。もしかしたら消費税も」「だめ」すぐに返事が返ってきた。
お母さんが続けて言った。
「いつも無駄遣いしちゃいけませんって言っているでしょう? それにローンがあと十九年もあるんですからね。節約して少しでも無駄遣いを減らさないと、家は破産ですよ。
家族がバラバラになっちゃったらどうするの? お母さんにもお父さんにも真奈にも会えなくなるのよ。お母さん、そんなの嫌ですからね」
長々と小言が続きそうだったので、僕は「分かった」と言って急いで部屋を出てドアを閉めた。
そのあとすぐにチャイムが鳴った。小坂が来たんだ。「かーきーざーきーくんー、あそぼー」大きな声が響いた。
僕はお金をもらえなかったことを打ち明けられずに、マウンテンバイクに乗って小坂のマウンテンバイクについてホビーショップまで行った。
つづく
学校の帰り道、ランドセルを背負った僕は、興味津々で「なにが?」と訊いた。
「昔のガス銃って、フロンで撃つのがあったんだぜ」
聞いたことがある。僕はエアガンか電動エアガンしか見たことないけれど、昔はフロンガスの力で撃つ銃があったらしい。
嬉々として小坂が続ける。
「威力も半端なかったらしいんだよ。この間デモ見たけど、このくらいの木の板を貫通したんだぜ。」
そう言いながら、親指と人差し指で板の厚さを説明してみせた。目算一センチくらいある。「すげぇ」と僕は唸った。
「今のガス銃なんかオナラだぜ」
そう言って少し駆けた小坂が、興奮気味に僕のほうに向きなおって、後ろ向きに歩きはじめる。そして楽しそうに言った。
「駅の向こうにあるホビーショップが閉まるんだってさ。それで倉庫にあった物を閉店セールで売ってんだ。二万五千円のそのガス銃が、一万二千五百円だってさ。中古だけどプレミアだぜ」
僕はとっても欲しくなった。
小学六年に上がったばかりの頃から、僕と小坂が始めた『銃戦』は瞬く間に人気になった。『銃戦』とは、おもちゃの鉄砲を持って行うサバイバルゲームのこと。本当は、打たれたら退場とかいろいろなルールがあるんだろうけれど、僕たちの『銃戦』にはない。
ルールは簡単。二チームに分かれて攻め合う。自分より強い銃を持っていたり、玉切れになると逃げる。全員が捕虜になったら負け。途中で捕虜を助けることも出来る。
ほとんど鬼ごっこのようなものだけれど、強い銃を持っている者が強い。僕は強い銃に憧れていた。僕が持っているのは、ベレッタという小さなエアガンだ。エアガンと言っても空気の力でBB弾を発射しない。たぶんバネの力。全然威力がない。僕はいつも逃げるだけ。
宮本が持っているイングラムや、原田が持っているファーマスF1が最強。電動エアガンだ。小坂は、M16と言うガス銃を持っていた。ガス銃と言っても代替ガスは使わずに、空気を詰めて発射する。だからエアガン。お小遣いの節約らしい。それでもバネ式の僕の銃より強い。僕のは、銀玉鉄砲に毛が生えたくらいだと思う。
小坂は僕に提案した。
「柿崎の銃弱いから教えてあげるんだ。あとから来たやつらを見返してやろうぜ」
「うーん」と僕は俯いた。
銃戦は、初め五、六人程度で始めた遊びだったけれど、今は二十人を超える。クラスを越えて、学校を越えて人が集まった。幾つかある小学校の中心に僕の家があったから、集まるのはいつも僕の家。なのに、人が増えるたびに僕の地位は下がっていく。
僕は小坂が羨ましかった。小坂の両親は、お父さんが会社の社長をしていて、お母さんはレストランを経営している。マンション暮らしだったし、特別お金持ちには見えないし、頭も悪い。塾に行っているのに、行っていない僕より悪い。なのに欲しいものは何でも買ってもらっていて、M16も買ってもらった。前は、日本軍かドイツ軍が持っていそうな、丸い関節みたいな持ち手の撃鉄を引き上げる格好悪い拳銃を使っていたのに。
僕は、我慢できずに小坂に宣言した。
「僕が買う。場所教えて」
「おしっ、そうこなくっちゃ」小坂は陽気に笑った。「ランドセル置いたら、すぐ行くからな」そう言って、僕と十字路で別れて走っていった。
僕が家に帰ると、誰もいなかった。お父さんが会社に行っていていないのは当然。お母さんは買い物かもしれない。妹はたぶん学校。僕が戻ってきたんだから、すぐに戻ってくるかもしれない。
お母さんにお小遣いをねだろう、と思っていたけれど、小坂が来るまでには間に合わないかも。でも、なら他の手がある。そう思った。残念にも思わなかったし、よし、とも思わなかった。お母さんの寝室に行く。ドアを開けると、冷たい風の流れができた。だんだんと緊張してきた。
僕は知っている。お母さんのクローゼットの引き出しの一番下にへそくり用のおサイフがあって、何万円も入っていることを。
僕はドキドキしながら静かに部屋に入って、クローゼットを開けた。膝をついてしゃがむ。車の走る音が妙に大きく聞こえる、自転車の車輪が回る音すら聞こえた。タンスの引き出しを開けると、沢山の下着が詰まっていた。薄いベージュと濃いベージュの二種類だけ。それをかき分けると、子供でも名前を知っている有名ななんとかってブランドの財布がある。
・・・やっぱりあった。三つ折の財布で、英語の家紋みたいなのがたくさん描いてある。マグネットで閉じてあったけれど、ひらかなくてもお札が入っているのが見えた。十万円はあるかもしれない。鼻で息ができない。苦しくなって口で息をした。
僕が財布を開けようとした瞬間、玄関の扉が激しく開いた。「やばっ」と言って、外したマグネットをつけてようとする。焦ってうまくつかない。ずれた。脱いだ靴がタイルに落ちる音がした。駆けてくる。間に合わない。僕は焦った。
なんとかきれいにマグネットを閉じて、パンツに埋める。足音がこっちにくる。スリッパ履いてる。重い音。お母さんだ。
ばれる。僕は廊下に出ようとしたけれど、出れなかった。咄嗟にドアを閉めた。バタバタと駆ける足音が部屋の前を通り過ぎて、ダイニングキッチンのドアをひらいた。レジ袋から何かを取り出す音が、ガサガサ、となった。
僕は音を発てないよう慎重にドアを開けて、カニ歩きで二階に上がる。途中まで階段を上って、聞こえるように足音を立てて下りていって、ダイニングキッチンに入った。
僕が入ると同時に、お母さんが言った。
「海(かい)、帰ってたの?」
「うん、ただいま」
「お帰り・・・ってお母さんも帰ってきたからただいま」
「おかえりただいま」僕が笑うと、お母さんも「おかえりただいま」と言って、笑った。
僕の家は裕福ではないけれど、貧乏でもない。でもマイホームを買ったばかりで、色々と節約作戦がくりひろげられている。歯磨きの時蛇口は閉める。頭や体を洗っている時もシャワーは止める。妹の真奈がおしっこをする時は、水を流さないで僕もして、それから流す。逆もする。チャンスがあれば、家族全員がする。だから、僕はお小遣いをすぐにはせがめなかった。もともと月五千円もらっている。友達は千円とかしかもらっていないのに。
だから、ガス銃を買うためのお小遣いはくれないだろう。だって普段から、少年ホップステップも買ってもらっているし、ゲームも買ってもらっている。お小遣いでは、釣竿やBB弾やプラモを買う。「無駄遣いするな」って言われているけれど、毎月足りなくてダダをこねる。だけれどもくれないことの方が多い。だから今回もくれないと思う。
それでも僕は言った。
「お母さん、欲しいガス銃があるの。お金ちょうだい」
「いくら?」
「一万二千五百円。もしかしたら消費税も」「だめ」すぐに返事が返ってきた。
お母さんが続けて言った。
「いつも無駄遣いしちゃいけませんって言っているでしょう? それにローンがあと十九年もあるんですからね。節約して少しでも無駄遣いを減らさないと、家は破産ですよ。
家族がバラバラになっちゃったらどうするの? お母さんにもお父さんにも真奈にも会えなくなるのよ。お母さん、そんなの嫌ですからね」
長々と小言が続きそうだったので、僕は「分かった」と言って急いで部屋を出てドアを閉めた。
そのあとすぐにチャイムが鳴った。小坂が来たんだ。「かーきーざーきーくんー、あそぼー」大きな声が響いた。
僕はお金をもらえなかったことを打ち明けられずに、マウンテンバイクに乗って小坂のマウンテンバイクについてホビーショップまで行った。
つづく
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
洒落にならない怖い話【短編集】
鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。
意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。
隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる