DEVIL FANGS

緒方宗谷

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第十六話 恐怖の教団

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 エルラダのそばの林を抜けると、緩やかな起伏のある牧歌的風景が広がる。雲も少なくていい天気。爽やかな風が二人の頬を撫でる。ピクニックにはうってつけだ。ごはんも食べてお腹いっぱいだし、運動するにもうってつけ。
 かっぽかっぽ、と歩く馬の上で、笑顔で背伸びするローゼに、エミリアが言った。
 「ローゼさん、さっきお昼食べたばかりなのに、もうお腹の準備ですか?」
 「ビールは無尽蔵に飲めるもの。まあ、腹ごしらえの前に腹ごなしね」
 「でも、似顔絵もらいましたけど、よく分かりませんね」
 クレナの絵、すっごい下手過ぎ。変な落書きにしか見えない。あえて言うなら、ゲジゲジの集まり。
 湖の畔に、赤い屋根で一階建と鐘楼のある三階建てからなる小ぶりの屋敷が見える。木造の新しい建物だ。
 「すいませーん、失礼しまーす」とローゼがノックもせずに扉を開けて中に入ると、ブリーフ姿の男が三人、座ってトランプをやっていた。嫌な予感が全身を過る。
 「あ、間違えました、失礼しまーす」
 パタン、と扉を閉めたローゼ、「帰りましょうか、エミリア」
 「えー? わたしまだブリーフ見ていません」
 見てんじゃねーか。やっぱりこれかよ、ソナタ式。
 駄々をこねるエミリアをなだめるのに手間取って、中の男が内側から扉を開く前にトンズラこくことが出来なかった。
 「入信希望者か?」
 こけた感じのくすんだ肌色の悪い男がローゼに言った。
 「いえ、違います。ただ、良い所だなぁって思いまして、あの、その……ここなんか釣れますか?」
 「おお、いろんなものが釣れるぞ、亀甲縛りでとか、逆さ吊りでとか、色々な」
 何吊ってんだよ。字が違げーよ。
 「いやぁ、可愛いお嬢さんたちが来たもんだ」と男B。名前知らないから、とりあえずA、B、Cで済ませてしまおう。最初の男をAとする。
 「ほんとほんと」とAとCが言う。
 「ま、ま、座って、怖くないからね」とA。
 十分こえーよ、ブリーフ姿。
 「いや、あんまり怖くありませんよ」とエミリア。「岩山で散々見ましたから」
 目ぇ肥えちゃってるよ。十四歳。変な大人にならなければいいが。
 Cが何やら注いで持ってくる。
 「ミントティーだよ、たんとお飲み」
 目の前に出されたそれを覗き込んだローゼ、
 「あ、ありがとうございます。――て何この紫がかった黄ばんだ青いドロドロしたクリーム色のお湯⁉」
 「ミントティーだって」と、思わせぶりにCが言う。
 ゼッテーちげーよ。すんごいブルーチーズ溶かしたみたいだもん。
 「わたし、ジュースたくさん飲んだから、これローゼさんどーぞ」とエミリア。ローゼの前にコップが二つ。
 「あら、わたしビール四杯も飲んだから、今ビール腹なの、あんたがどーぞ」とエミリアの前に押しやった。
 「なんだ――」とミントティー(?)を持ってきたCが言った。
 「ビールの方が良いのか?」と調理場に行って戻ってきたCの手には、ビールの泡をなみなみ湛えた木のジョッキがある。
 「おっ」と思ったローゼだったが、なんかにおいが違いますよね。
 「間違いなくビールだよ」とCがにやける。
 調理場へと続くドアの開閉の際に風が起こって漂って来たにおいを嗅いで、エミリアが口を開いた。
 「この匂い、厩ですよね」
 「いや、食堂だよ」
 「馬いましたよね」
 「……」
 男たちはみんな視線をそらす。
 「さぁ飲みなよ、冷めちゃうから」Cがローゼに促した。
 冷めちゃうからっておかしいよね。変に湯気たってんの何なんだ?
 「ほら、ビール初めて見た人って、大抵馬のションベンみたいって言うじゃん」ってAが言うと、
 「うん、そうだよね、だから気にすんな」ってBが言った。
 そう言われて、ローゼ「ああ、なるほど、確かにそうですね――て飲めるかこんなもん!」、とのりツッコミ。
 三人から「チッ」と舌打ちが聞こえた。
 のらりくらりと入信を断りつつ、話を切り上げる方法を模索する。しかし、入信希望と間違われたまま、手続きが進んでいく。
 ローゼが不意に立ち上がった。
 「ちょっとわたし、おトイレに行ってくるわ。エミリアあとお願いね」
 「ああ、トイレならあそこだ」とAが親指で指す。見ると、徐に横になって口を開くBがいる。「あ、この丸くて唇色の穴が便座ですか?」とローゼは駆け寄って、ブーツのかかとを駆使し、陥没するまで蹴り尽くす。
 一度部屋を出たCが戻って来て言った。
 「とりあえず脱げ」
 「なっなっ、何でよ」とローゼびっくり。
 なんか、革の拘束具をパンパンいわせて迫ってくるので、思わずレイピアを抜いたローゼは、間髪入れずに拘束具を叩き落として蹴り飛ばす。エミリアも同時に、そばにいたAの手首をとって投げ飛ばした。
 「こいつらっ」
 便器が――じゃない、Bが椅子に掛けた剣帯から銅の剣を抜いて、振り上げて迫ってくる。まあ、負ける相手ではないが、ローゼはワザと「助けてー」と叫びながら、館の中を走り回った。外に出ないのは、アンドリューを探すためだ。
 「あっ!」
 三階に上がろうとした時、急にエミリアが立ち止まった。ローゼが見ると、追いかけてくる三人とは明らかに毛色の違う青年がいる。――ブリーフ姿は変わりないが……。
 「似顔絵そっくりー」とエミリアが叫ぶが、全然似てない。どんな視力してんだよ。ピカソの絵見て、“どこそこの誰々さんだ”って言い当てるようなもんだよ。
 「もしかして……アンドリュー?」とローゼが話しかけた。
 「はい、……あなたは?」
 「わたし、クレナさんからあなたを探してって依頼を受けてここに来たの」
 「僕を?」
 渋るアンドリュー。
 その様子を理解できないローゼが言う。
 「渋る理由なんてないでしょ? 宗教は一度入信させられたら脱会するのは大変だって言うけれど、こんな格好までさせられているのに、もし脱会しなかったとしたら、とても悲惨な人生よ」
 「僕は、彼女のもとには帰れません」
 「へ? なぜ?」
 訊くと、ケンカ中らしい。そんな時にさらわれて、そのままここで生活している、とアンドリューは言った。だからエルラダに戻るのをためらっている。自暴自棄というやつだろう。平常心なら、ブリーフ姿にさせられる教団になんか入るはずない。でも傷ついているから、逃げ出す気にもなれないのだろう。
 とりあえずここには用は無い。ローゼとエミリアは、一瞬の内に三人の男を叩きのめして、アンドリューに服を着せた後すぐに外に出た。


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