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第二十一話 闇夜を統べる不死の王
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夜のとばりが降りた満月の町。空には満天の星々。一日の仕事を終えた男たちを迎えたエルラダの繁華街は、大いに盛り上がっていた。
依頼主であるクレナから貰った金貨五枚を使ってごはんを食べようと、ローゼは一枚もエミリアに渡さないことに微塵の後ろめたさも感じずにレストランへと向かう。四つある自治都市はどれも海に面した海鮮料理の美味い観光地でもあるが、その中でもエルラダの町の海の幸はピカイチらしい。
それもそのはずで、四つの町の中で唯一大きな漁港を有しており、森から流れ込む川が山から運ぶ栄養豊富な水によって、ここの湾は大変豊かな漁場となっていた。
天井から吊られたたくさんのランプに煌々と照らされる店内は、どの店もすでに超満員。ローゼたち二人は、運よく満員手前の料理屋を見つけて中に入った。
「とりあえずビールね」と大ジョッキを頼んだローゼは、エミリアと交互に食べたいものを注文していく。
タコと玉ねぎのマリネ、白身魚とムール貝のグリル、スズキの香草焼、カサゴのアクアパッツァ、と魚ばっかりの海鮮料理が中心だ。
ローゼの出身国であるミッドエル王国は東の亜大陸の中央部西の端に位置していたが、川を挟んで中央亜大陸と北の亜大陸と接していたから、領地にはほとんど海がない(北部に少しあるが、ほぼ大河の河口)。領土の西側を流れる大河には、幾つもの港町が点在してるから、海産物が全く手に入らないわけではないものの、ローゼの家は内陸の首都ヘイメルシュロスにあったから、地元料理は主に肉料理が中心だ。エミリアにしても母国ウェールネス公国は小さな内陸国家。海と公国の間には、北をペトラキオアス王国、南をロッツォレーチェ王国が横たわっている。両国とも海鮮料理が有名な王国であるのに対して、ウェールネス公国は肉料理が中心だった。だから、ここぞとばかりに二人とも海鮮料理を頼みまくる。
ローゼ出されたビールを一気飲み。
「ぷはぁ~! 一仕事の後のビールは堪んないわね。ミッドエルのと比べて少し軽いけれど、なかなかイケるわ」
黒ビールがないのが少し不満気味なローゼであったが、どんなビールでもビールはビール。ホップの苦みと炭酸の泡が喉を通ると、おかわりせずにはいられない。二人はたらふく食べて、料理屋を後にした。
まだまだこれからはじご酒、という時間帯であったが、十四歳のエミリアを連れて酒屋に行くわけにもいかない。ローゼは、クレナに予約してもらっておいた宿屋に向かった。
大通りから一つ入った道を歩いている時だった。突如として響く女性の甲高い悲鳴に、二人は顔を見合わせる。間違いなく若い女の声だ。悲鳴の聞こえた方に急いで駆けていくその上に、向こうからやって来た黒い大きな何かが影を落とす。ローゼはそれに気がついて見やったが、その影は闇夜に消えていった。
「ローゼさん、あそこ」
エミリアの指さす方には、黒い格子模様のドレスを着た女性が倒れている。抱き上げて声をかけるローゼは、首筋に噛まれた跡があることに気がついた。両手にも複数の歯あとが散見された。間違いない吸血鬼だ。
「確か、悪魔牙団にデミヒューマンがいたわよね」とローゼが言う。エミリアが息をのんだ。違うかもしれない。だが調べてみる価値はあるだろう。もし違っていても退治すれば都市を支配するギルド(商工会的なもの)を構成する富豪から報酬が支払われるかもしれないからだ。
ローゼが叫んだ。
「この人、このままではバンパイアになってしまうわ。急いで噛んだやつを倒して血清を作んないと! 行くわよエミリア‼」
「はい‼」
悲鳴を聞きつけて出てきた人からランプをもらい、厩に預けられている旅人の馬を二頭拝借したローゼは、お金目当てだとはエミリアに教えず、さっきの影が消えていった方向に馬を駆る。
エルザ率いる変態教団の館があった森とは都市を挟んだ反対側、フクロウだかミミズクだかの鳴き声と虫の音しか聞こえない森の中。隣の自治都市カルデへと続く街道から外れたけもの道を、ローゼたちは辺りを窺いながらだく足で進んでいた。
遠くに感じていた空を舞う影の気配を見失ってからしばらく経つ。方向は間違っていない。もしかしたら隠れ家に身をひそめてしまったのだろうか。
「ローゼさん、もう帰りませんか?」エミリアが空を見上げて、震える声で言った。「今日満月ですよ。わざわざ満月の夜なんかに吸血鬼退治になんか来なくても……。どうせなら、昼間眠っているところを純銀の杭で襲いましょうよ」
「怖いの?」
「当り前じゃないですか。ローゼさんは怖くないんですか?」
「全然。もちろん暗闇は怖いけれど、吸血鬼なんか大したことないわよ。どうせ二番煎じ(吸血鬼に嚙まれて吸血鬼になったオリジナルではないやつ)でしょ。強力な魔力をもつバンパイアがいたら噂になっているだろうし、わたしたちで戦って勝てない敵じゃないと思うわ」
怯えるエミリアに、自信たっぷりのローゼが続ける。
「それに、満月だから良いのよ。向こうは今が一番強いはずよ」
「襲ってくるじゃないですか」
「良いじゃない、隠れられるより手間が省けるわ。ほら、ちょうどこんな風に――出迎えてくれる場合もあるんだし――」
ニンマリとするローゼの視線の先は開けた空き地になっていて、小さな池があった。そのほとりにガタイの良い男が一人立っている。
ローゼが声をかけた。
「あなたね、さっき町でおいたをした悪い子ちゃんは」
「これはこれは、先ほど真っ先に駆けつけられた方か。明日の晩、こちらからお伺いしようと思っていたんだ」
振り向いた男は身長二メートルを超えるだろうか。百六十三センチのローゼと百六十センチのエミリアから見れば、随分と大柄な男だ。月明かりを背にしているので、その表情は暗くてよく見えないが、青白い肌をしてる。大きなシャボをつけ、胸から腹にかけてヒダ飾りのある釦衣(ワイシャツ)を着ていて、黒い下体衣を穿いていた。貴族のような服装は、あからさまにTHEバンパイア、といったいでたちだ。
バンパイアらしき男から視線を逸らさないで馬を下りたローゼが、口を開く。
「ズバリ訊いちゃうけれど、あなた悪魔牙団の関係者かしら?」
「あの秘密結社をご存じで?」
「秘密結社? めっちゃ有名だったけれど? 盗賊団として」
まあ、盗賊団だって秘密結社の一つかもしれない。隠れているんだから。とりあえず、女にひどいことする奴と問答するのは願い下げ。早く倒さないとあの女性が吸血鬼になってしまうから、とローゼはレイピアを抜いた。
なんか真面目な一話になってしまった。緒方一生の不覚。
「不覚じゃねーヨ。その調子で次いってみよー」とローゼがモノマネをした。
依頼主であるクレナから貰った金貨五枚を使ってごはんを食べようと、ローゼは一枚もエミリアに渡さないことに微塵の後ろめたさも感じずにレストランへと向かう。四つある自治都市はどれも海に面した海鮮料理の美味い観光地でもあるが、その中でもエルラダの町の海の幸はピカイチらしい。
それもそのはずで、四つの町の中で唯一大きな漁港を有しており、森から流れ込む川が山から運ぶ栄養豊富な水によって、ここの湾は大変豊かな漁場となっていた。
天井から吊られたたくさんのランプに煌々と照らされる店内は、どの店もすでに超満員。ローゼたち二人は、運よく満員手前の料理屋を見つけて中に入った。
「とりあえずビールね」と大ジョッキを頼んだローゼは、エミリアと交互に食べたいものを注文していく。
タコと玉ねぎのマリネ、白身魚とムール貝のグリル、スズキの香草焼、カサゴのアクアパッツァ、と魚ばっかりの海鮮料理が中心だ。
ローゼの出身国であるミッドエル王国は東の亜大陸の中央部西の端に位置していたが、川を挟んで中央亜大陸と北の亜大陸と接していたから、領地にはほとんど海がない(北部に少しあるが、ほぼ大河の河口)。領土の西側を流れる大河には、幾つもの港町が点在してるから、海産物が全く手に入らないわけではないものの、ローゼの家は内陸の首都ヘイメルシュロスにあったから、地元料理は主に肉料理が中心だ。エミリアにしても母国ウェールネス公国は小さな内陸国家。海と公国の間には、北をペトラキオアス王国、南をロッツォレーチェ王国が横たわっている。両国とも海鮮料理が有名な王国であるのに対して、ウェールネス公国は肉料理が中心だった。だから、ここぞとばかりに二人とも海鮮料理を頼みまくる。
ローゼ出されたビールを一気飲み。
「ぷはぁ~! 一仕事の後のビールは堪んないわね。ミッドエルのと比べて少し軽いけれど、なかなかイケるわ」
黒ビールがないのが少し不満気味なローゼであったが、どんなビールでもビールはビール。ホップの苦みと炭酸の泡が喉を通ると、おかわりせずにはいられない。二人はたらふく食べて、料理屋を後にした。
まだまだこれからはじご酒、という時間帯であったが、十四歳のエミリアを連れて酒屋に行くわけにもいかない。ローゼは、クレナに予約してもらっておいた宿屋に向かった。
大通りから一つ入った道を歩いている時だった。突如として響く女性の甲高い悲鳴に、二人は顔を見合わせる。間違いなく若い女の声だ。悲鳴の聞こえた方に急いで駆けていくその上に、向こうからやって来た黒い大きな何かが影を落とす。ローゼはそれに気がついて見やったが、その影は闇夜に消えていった。
「ローゼさん、あそこ」
エミリアの指さす方には、黒い格子模様のドレスを着た女性が倒れている。抱き上げて声をかけるローゼは、首筋に噛まれた跡があることに気がついた。両手にも複数の歯あとが散見された。間違いない吸血鬼だ。
「確か、悪魔牙団にデミヒューマンがいたわよね」とローゼが言う。エミリアが息をのんだ。違うかもしれない。だが調べてみる価値はあるだろう。もし違っていても退治すれば都市を支配するギルド(商工会的なもの)を構成する富豪から報酬が支払われるかもしれないからだ。
ローゼが叫んだ。
「この人、このままではバンパイアになってしまうわ。急いで噛んだやつを倒して血清を作んないと! 行くわよエミリア‼」
「はい‼」
悲鳴を聞きつけて出てきた人からランプをもらい、厩に預けられている旅人の馬を二頭拝借したローゼは、お金目当てだとはエミリアに教えず、さっきの影が消えていった方向に馬を駆る。
エルザ率いる変態教団の館があった森とは都市を挟んだ反対側、フクロウだかミミズクだかの鳴き声と虫の音しか聞こえない森の中。隣の自治都市カルデへと続く街道から外れたけもの道を、ローゼたちは辺りを窺いながらだく足で進んでいた。
遠くに感じていた空を舞う影の気配を見失ってからしばらく経つ。方向は間違っていない。もしかしたら隠れ家に身をひそめてしまったのだろうか。
「ローゼさん、もう帰りませんか?」エミリアが空を見上げて、震える声で言った。「今日満月ですよ。わざわざ満月の夜なんかに吸血鬼退治になんか来なくても……。どうせなら、昼間眠っているところを純銀の杭で襲いましょうよ」
「怖いの?」
「当り前じゃないですか。ローゼさんは怖くないんですか?」
「全然。もちろん暗闇は怖いけれど、吸血鬼なんか大したことないわよ。どうせ二番煎じ(吸血鬼に嚙まれて吸血鬼になったオリジナルではないやつ)でしょ。強力な魔力をもつバンパイアがいたら噂になっているだろうし、わたしたちで戦って勝てない敵じゃないと思うわ」
怯えるエミリアに、自信たっぷりのローゼが続ける。
「それに、満月だから良いのよ。向こうは今が一番強いはずよ」
「襲ってくるじゃないですか」
「良いじゃない、隠れられるより手間が省けるわ。ほら、ちょうどこんな風に――出迎えてくれる場合もあるんだし――」
ニンマリとするローゼの視線の先は開けた空き地になっていて、小さな池があった。そのほとりにガタイの良い男が一人立っている。
ローゼが声をかけた。
「あなたね、さっき町でおいたをした悪い子ちゃんは」
「これはこれは、先ほど真っ先に駆けつけられた方か。明日の晩、こちらからお伺いしようと思っていたんだ」
振り向いた男は身長二メートルを超えるだろうか。百六十三センチのローゼと百六十センチのエミリアから見れば、随分と大柄な男だ。月明かりを背にしているので、その表情は暗くてよく見えないが、青白い肌をしてる。大きなシャボをつけ、胸から腹にかけてヒダ飾りのある釦衣(ワイシャツ)を着ていて、黒い下体衣を穿いていた。貴族のような服装は、あからさまにTHEバンパイア、といったいでたちだ。
バンパイアらしき男から視線を逸らさないで馬を下りたローゼが、口を開く。
「ズバリ訊いちゃうけれど、あなた悪魔牙団の関係者かしら?」
「あの秘密結社をご存じで?」
「秘密結社? めっちゃ有名だったけれど? 盗賊団として」
まあ、盗賊団だって秘密結社の一つかもしれない。隠れているんだから。とりあえず、女にひどいことする奴と問答するのは願い下げ。早く倒さないとあの女性が吸血鬼になってしまうから、とローゼはレイピアを抜いた。
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