DEVIL FANGS

緒方宗谷

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第四十二話 開講? ローゼリッタのおつまみ教室

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 真夏の炎天下、昨日の大騒ぎが嘘のように町は平穏を取り戻していた。水着ショップに一泊させてもらったローゼたちは、太陽が真上に昇って一番気温が上がるお昼過ぎになるのをビーチの端にある林の中で待っていた。
 雑木林とはいえ枝葉は強い日差しを遮り、とても過ごしやすい涼しい快適空間をローゼたちに提供してくれて――いなかった。
 「痒い痒い痒い―、ローゼさんのバカー」エミリアが悶絶しながら叫ぶ。
 「わたしのせいじゃないでしょ?」
 「変な作戦思いつくからですよっ!」
 めっちゃ大きな蚊がわんさかいる。そればかりかゴマ粒みたいな虫がひざ下にくっついて血吸ってる。ムズ痒くて足をかくと、その虫が潰れて足が血だらけ。
 ローゼが言った。
 「エミリアはまだ良いわよ、長ズボンだもん」
 「蚊に亜麻生地なんて無いも同然ですよ」
 確かに。デニム穿いててもなぜか内もも刺されていることあるもんね。
 襲ってくる虫さえいなければ、梢から漏れ落ちる陽の暖かさをお布団にしてお昼寝したい雰囲気だったが、もー地獄。昼過ぎまで耐えられなかったローゼたちは、一度水着ショップまで戻って、虫よけのポーションを買って全身に塗った。エミリアのお金で。
 「そうだ」とローゼ。「ゴールデンクラッシュは?」
 「わたし持ってませんよ」
 「えー? オントワーンのところで使ってたでしょ?」
 「あんなのみんな生人間に浴びせちゃいましたよ。そのためのゴールデンクラッシュなんですから」
 かゆみ止めのためのゴールデンクラッシュだよ。
 あの薬は高級品で簡単には手に入らない。今塗ったポーションにもかゆみ止めの薬草が使われているので少しはかゆみも薄れるが、我慢できるほどには薄まらない。朝早くからおむつのセッティングで林にいたから、全身刺されて痒くて痒くてたまらない。二人してポリポリ体中をかきむしりながら、お昼ご飯を食べた。
 だいぶ気温が上がってきた。外に出るとチリチリと肌を焼く音が聞こえるようだ。まさにクラゲ野郎退治日和。
 ポールドロンを留めるためにポロシャツの下に装着していた革製のショルダーとダガーを包めたマントを持ったビギニ姿のローゼは、同じく水着姿でレイピアを持ったエミリアを連れて、林へと入っていく。
 「ローゼ隊長、敵肉眼で確認ならず」エミリアがハキハキと言った。
 「よし、前進開始」
 「アイアイサー」
 林と砂浜の境から匍匐前進で進んで出ていって海を見渡すが、クラゲ野郎は見当たらない。エミリアからそう報告を受けた隣のエア双眼鏡のローゼは、「よし、作戦開始」と命令。エミリアが「ラジャー」と返す。
 少し小走りで砂浜中央に駆けていって、ローゼが大きめの声で言った。
 「あんらあー? わたしの大好きなクラゲさんはいずこかしらあー?」
 「わたしいー、クラゲさんのぉー、ツルツルお肌が大好きよおー」
 二人は胸の前で手を合わせたり、額に手のひらをあてたりして、大げさにキョロキョロしながらクラゲを探す。
 ローゼが素っ頓狂な声で言った。
 「わたしー、クラゲさんにぃー、フォーりん、Laveりん、失楽ちゅーゆー(to you)みたーい」
 「ローゼさんずるいわあー、最初に胸キュンきゅるるったのはー、わたしですうー――あっ、ワ~タ~シ~デ~ス~ゥ~」喉元トントン。
 しばらくの間大根演技が続いた後に、エミリアが発したヘリウムボイスが功を奏したのか、海から上がってきたクラゲ野郎。その姿を見つけたローゼが叫ぶ。
 「あ~、ク~ラ~ゲ~サ~マ~」
 「ワ~タ~シ~ノ~ク~ラ~ゲ~サ~マ~ヨ~」
 「そぉうだぁー」閃いた演技のローゼ「追いかけっこして捕まった方がクラゲさんを一番愛しているってことにしましょーう?」。
 「そうねえ、そうしましょー」と、ぱちんと手を叩くエミリア。
 二人はせーので林へ向かって走り出した。追いかけやすいようにスローモーション。
 「クラゲさーん、わたしを追いかけてー」とアイドルポーズで微笑むローゼ。
 負けじと「わたしを食べてー」とクラゲを誘惑するエミリア、ラブリーポーズ。
 頬を朱に染めたクラゲ野郎は、猛然と二人に向かって飛んでくる。めっさ速い。びっくりした二人は猛ダッシュ。アスリート並のスピードで逃げ出した。
 すっごい勢いで迫りくるクラゲ野郎、プレッシャー半端なさ過ぎ。「ぎゃー!」と悲鳴を上げて大慌てで走る二人は、林の中に入ると二手に分かれてクラゲを呼ぶ。まんまと呼び込まれたクラゲ野郎は、エミリアに狙いを定めて追いかける。
 自分を追いかけてくる、と思っていたローゼは肩透かし。エミリアは広げたおむつをぴょん、と飛び越えて振り返った。
 「クラゲ様~」と両手を広げて、胸に飛び込んでくるように促す。大興奮のクラゲ野郎。後ろからローゼが迫って来ることに気がつかない。
 「あっ‼」突如クラゲ野郎が叫んだ。足(触手)が何かに触れてくっついた。見るとおむつ? 見上げると、レイピアの鞘をくわえてマントをはためかせるローゼが、二枚のおむつを投げつけてくる。
 「ぎゃっ、何だ? 水分が吸われる」クラゲ野郎が悲鳴をあげた。
 慌てておむつを剥がして投げ捨てるクラゲ野郎は、体勢を立て直そうと二人から離れる。だが、離れた先にもオムツ・トラップが仕掛けてあって、触手から水分を吸い取っていく。
 「観念しなさい!」とローゼがレイピアとおむつを構えて迫った。
 「だましたなー、この野郎」
 「野郎じゃないでしょ? あまぁーでしょ?」と得意げのローゼ。
 「でも格好良くないぞ。バックラーみたいにおむつ持っていても、おむつだからな」
 「うっさいわね」
 ぺっぺっぺっ~、と唾を浴びせかけてくるクラゲ野郎だったが、マントとおむつラー(おむつ+バックラー)に阻まれてローゼ本人に浴びせられない。おむラーにしたかったけど、オムレツ好きに怒られそうなので、おむつラー。
 そこにエミリアが叫んで飛び上がる。
 「秘儀! おむつ縛りの術」
 あんなの秘儀でもなんでもないよ。ただ投げてるだけじゃんよ。
 「そんなことありません。投げつけて、巻いて、ホックを引っ掛けて留めるなんて芸当誰ができますか⁉」
 「マジっすか?」考えたこともなかったよ。確かにすごい――てエミリアできてんジャン。足(触手)にからんだおむつ全部が、一本一本に装着状態。
 「とうっ」負けじと真似るローゼだったが、当てるばかりで巻きつけられない。いや無理だろそんなの。エミリア変態の素質あり。分かっていたけど、才能凄過ぎ。
 見る見るうちにクラゲ野郎が萎れていく。終いには縮みきってシワシワのゴム触感ガラス細工のようになって死んでしまった。
 「念には念を入れましょう」とローゼは胴体と触手をバラバラにして、ビーチで天日干しすることにした。
 「浮いてる……。クラゲ野郎の体どうなってんのかしら?」とローゼ疑問。生命反応は感じられない。触手は地面に落ちるが、胴体だけは浮いたままだ。「まあいいや」と陽射しの下に連れて行く。
 太陽がいっぱい。雲一つない炎天下。灼熱地獄の砂浜に晒されては、もう浜焼き状態は否めない。しばらく海で遊んでいた二人が戻ってくると、なんか磯野の美味しそうな香りがする。それに気がついたローゼが「おろ?」と呟いて、触手を一本手に取った。それを徐にくわえてみる。
 「美味しい! めっちゃうま味が凝縮してるー」
 「本当ですか?」
 「うん、エミリアも食べてみる? 弾力食感が素敵だよ」
 「えー? クラゲって食べられるんですか? わたしはいいです」
 「じゃあ、全部わたしのね」そう言ったローゼは、器状になったクラゲ野郎の胴体に触手を全部入れて持ち帰った。
 海中にあるクラゲハウス(沈没した小型商船)には、お宝はありませんでした。もちろん通商手形もです。


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