DEVIL FANGS

緒方宗谷

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第四十七話 箱庭の謀(はかりごと)

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 ローゼたちは、大広間の隣にある小食堂に通された。
 驚いたことに裏庭に向かって一面がガラス張り。ガラス自体高価なのに、作るのに技術を要する大きな一枚ガラスを使った縦長の窓で覆われている。その向こうのテラスの下はバラ園になっていて、今正に見頃。赤や白色のバラが、自らの美しさを見せつけるように咲き誇っている。テラスは階段になっていて、直接庭に下りられるようになっていた。
 バラ園と言ったらフィーリアンが有名だが、まさかこの国で見られるとは思わなかった。ローゼたちは思わず唸る。
 「うわぁ」とエミリア。「ここにもシャンデリアがありますよ」
 大広間にあったのもそうだけれど、鎖以外はほとんどの部分がガラス製。ガラス以外鎖含めて純金製。
 カトワーズが小さな声で「フィーリアン製の高級品」と投げやりに呟く。
 壁は上中下三層構造になっていて、下はピンクに塗ったチーク材、中央は白いストゥッコ(化粧漆喰)、上段である壁と天井の境目は斜めになっていて、その漆喰に花と枝葉の彫刻が施されている。天上は果物のフレスコ画で埋め尽くされていた。
 「すごい、こんな建物初めて見た」とローゼが言うと、カトワーズがセバスチャンを見やる。
 セバスチャンは「光栄でございます」と答えて「お坊ちゃまの母国サイコラークの様式でございます」と言った。
 サイコラークとは、超能力軍隊を擁する大陸大国家だ。千四百年を超える今の紀元においても度々起こってきた人対神・魔との戦争に活躍した国で、今も世界的な強国として名をはせている。サイコラークは乙女チックな建物が多い、と聞いていたが、正にそのようだ。女の子のローゼたちにとって、ロココ建築はとても憧れるデザインである。
 テーブルの前までやって来ると、カトワーズのためにセバスチャンが椅子を引く。升に立つカトワーズを見てエミリアがローゼに耳打ちした。「膝、どこですかね?」「ぷっ」と笑うローゼ。
 なんかすごい体型。三等身? いや二等身半。頭と胴体は同じ長さで、腕の長さも頭と同じ。あからさまな胴長短足。足が頭より短いのは明らかだ。頭の縦直径の四分の三くらいしかない。でもつっこみどころそこか? 頭デカすぎだろ。
 ズボンから伸びる足はピチピチで、今にもはち切れんばかり。普通膝に贅肉はつくのだろうか。パンパンすぎて膝の痕跡すら無い。モモとスネが一体化していて、足首も無くそのまま足。
 不思議生物を見ているかのような気持ちのローゼは、その体系とは裏腹にフワッとした身のこなしで椅子に舞い降りて着席するカトワーズに驚く。
 「フライヤーだよ」カトワーズが言った。「この程度の短い浮遊だったら、子供でもできるさ」
 さすがサイコラーク出身。
 お昼からとても豪華な宮廷料理。豪華に盛りつけられた大皿が次々と運ばれてくる。もう大行列。
 「三人しかいないのにこれ?」とローゼが言う間に、もう二つの列ができた。
 「いいえ、一列一人分です」とセバスチャンが言う。
 とても食い切れん、とローゼが思っていると、最初に出てきた前菜は一口食べただけでかたされて次の料理が出てきた。「あれれ?」と最初の料理を見送っている間に、二皿目もかたされる。エミリアも呆気にとられているばかり。カトワーズは器用に出された料理を一口一口食べていく。
 食事中、話を聞いていて(主にセバスチャンの)ローゼたちはビックリした。
 「凄い! 侯爵家のご長男?」 
 本当に上流貴族のようだ。でも三十五歳? おぼっちゃま(子供)じゃないの? 大がつく大人じゃんか。 レスリングやってる小学生かと思ったよ。学校対抗の子供大会に出ているような、体格の良い子供。
 そう言えば、とローゼは思い出した。「サイコラーク出身でしたっけ? また遠いところから来たものですね」と言うと、「帰国していなくて良かったですね」とエミリア。
 いや、今までの牙たちを鑑みると、帰国していてほしかった気もするが……。
 「でも何でこんな遠くに別荘があるんですか?」とローゼが訊く。
 「下民どもを奴隷にするためさ。サイコラークは奴隷制度がなくて作れないからね。温暖で奴隷制度のあるこの国に別荘を持ったってわけさ」
 何だよそれ。
 「農奴を集めて、五つ目の自治都市国家を作るんだ」
 おいおい、それ反逆じゃんかよ。大声でよく言えるな。そもそも農奴は奴隷じゃないぞ。
 「カトワーズ様でしたら何をしても許されます」とセバスチャン。
 爺やも爺やだな。
 カトワーズが続ける。
 「いつかはこのメイドたちにもセクシーな砂漠の衣装を着せて、ハーレムにするんだ。ムフムフフ」
 やな笑い方だな。
 豪華絢爛な宝飾品に埋もれた宮殿の中で、果物をあーん、としてもらっているカトワーズにみんながかしづかえる妄想に、ローゼたちの頭が押しやられる。沢山の女性たちが優雅に踊っていて、音楽がうるさい。
 「良いんですか?」とローゼがワインを注ぐメイドに訊いた。
 メイドは「お坊ちゃまでしたら、何をしても許されますから」と頬を赤らめて答えた。
 女の敵に味方すんなよ。お給料もらっているのは分かるけれど、ホントに反乱したら大変だぞ。
 「あの、まだ食べてないのがほとんどなんですけど」とメインディッシュを前にしたローゼが言うと、「申し訳ございません、もう前の料理はございません」とメイドが答え、それと同時にメインディッシュもかたされる。カトワーズが補足して言った。
 「一度出された料理はもう残飯だよ。豚のえさにもならないさ」
 「まさか捨てるんじゃ?」
 「捨てるなんてゴミ箱が汚れるだけさ。ほら見てごらん」とカトワーズが庭を見やる。
 バラ園の向こうでメイドたちが何やら作業している。なんと、今かたされたばかりの料理が穴に埋められていく。
 「あんなもの、庭の肥料がいいとこさ」
 カトワーズが、ワイングラスで陽を透かす。
 どんだけ美食なんだよ。暴飲暴食通り越して何も食べてないじゃんよ。それでなんでそんなに太ってんだ? とローゼは訝しげだ。
 「なんてもったいない。バラにとってはうれしい限りだろうけど」
 「はい」と答えるセバスチャン。「一回咲きのバラも四回咲きに、小さな原種のバラも大輪になります」
 どんだけ肥えてんだよ、この庭のバラ! 植物学的にも栄養学的にもありえんのか⁉ そんなこと‼
 続いて運ばれてきたアイスクリーム。さすがにこれは渡すまじ、とローゼはお皿を取って離さない。数人のメイドに押さえつけられて、無理やりアイスはかたされてしまった。まだ二口しか食べてないのに。
 「ふぎゃー、もっと食べるー!」とキレ美味ローゼ。
 そういえば、フルコースが終わっても何かしらの食べ物が運ばれてくる。お菓子ばかり。ティータイムで出てくるような一口サイズのヤツ。小さいくせに妙に豪勢。これか? これが原因か? ずっと食べているから、太っているんだ。
 「僕の家は三百年以上続く名家なんだけれど、父の代で貿易が成功して祖父の時代以上の大金持ちになったんだよ。
  もう天下盗ったもおんなじさ。天上人(サイコラークの伝説に出てくる古代人)とおんなじだよね。今まで生きてきて、金で出来なかったことなんてなんにも無しさ」
 金金金金。変な自慢話にへきへきするローゼ。それに気がつかないカトワーズ金談笑。
 「そうだ」と声を発したカトワーズは、示し合せていたようにメイドから目配せを受けてから、ローゼに言った。
 「装備も汚いし服も汚れているから、新しいのを用意したよ」
 「新しい服?」
 まあ汚れてはいるけれど、洗えば着られる。装備は悪い物じゃないし、特別困ってもいなかったが、ローゼは「おっ」と、とても喜んだ。
 ただでもらえる物なら、もらいますとも。何だろう? 金や銀の飾りのある鎧? 宝石をちりばめた剣? ローゼわくわく。
 着替えのお手伝いをする、と言うメイドと共に、別室へ通された。
 「自分で着替えられますよ」とローゼがメイドに言うと、
 「一人じゃ無理ですよ」と返ってきた。
 「一人じゃ無理? もしかしてプレートアーマー? エクストリアンアーマーかしら? もしかして純金製のチェインメイルだったりして? 旅で着ていくんだから、胸甲冑として貰っていこうかしら? もちろん他のパーツは保管しておいてよね」 
 不意の申し出にローゼはルンルン気分。財力を笠に着るカトワーズのことだから、高価な装備でないはずがない。
 でも着替えてびっくり。ウエディングドレス。ていうか、着替え終わるまで気がつかないって、どういうことよ?
 胸元から背中にかけて本物のバラがあしらわれたローブデコルテ。ローゼの後ろには、胸元のバラが萎れてきそうな雰囲気を醸し出した様子を見せた感じがしたら交換するために、大量の新鮮なバラを持ったメイドたちが、生きたトレーンの様にエレガントに並んでいる。白金の様に輝く極上のシルク。こんな光り輝くサテンの生地に身を包んだことなんて一度もない。部屋に入って来てローゼを褒め称えるカトワーズ。エミリアも一目ローゼを見ると両手を合わせて「うわぁ」と羨ましがる。
 突然膝をついたカトワーズは、手のひら大の箱を豪華なトレイに乗せて頭上に掲げて膝をついたメイドから箱を受け取った。そこに入っていたのはウズラの卵大のダイヤモンドの指輪。色とりどりの宝石から削り出したコサージュまみれで、もはやメリケンサック。それを恭しく掲げてローゼに言う。
 「愛しのローゼリッタさん、僕と結婚してください」
 結婚を申し込まれたー。なんでそうなるの⁉



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