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第百七話 コインの裏と表
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ローゼは、エストックの射程圏に入らないように前後にステップしながら、くるくるリェドル(刃で螺旋を描く)する、ポーズだけの軽い突き。
ルイスの大振り攻撃と、ローゼの小突きがせめぎ合う。お互い決定打に欠ける小競り合いだ。二人して遊んでいるわけではない。フェイントを入れ合ってお互いの隙を窺っているのだ。
先に隙を見出したのはローゼの方だった。
ルイスの突撃を感知したローゼは、一瞬早く駆け込んでレイピアを左に巻き上げ、アルバー(下段)のルイスのこめかみロックオン。防御をあげる動作を察知するや手首をまわす。
上段へのフェイントが綺麗に決まった。高速で飛ぶ蜂のように宙を斬る切先が、上がるエストックの剣身を避けて弧を描き、無防備に踏み出された膝目掛けて切先を振り下ろす。
ガキンッ、と言う鈍い音が鳴り響いた。
ガキン? 斬ったときはバッサリでは? はてなマークのローゼが見やると、上に上がっているはずのエストックで防御している。
「何故下に?」と驚いて崩れ気味のバックステップを踏むローゼ「絶対嘘。何かの間違いよ。わたしの会心の一撃がこうもあっさりと…」
戸惑うローゼにルイスが言った。
「勘違いしてもらっては困るな。べつに剣が長すぎて地面に刺さって持ち上がらなかったわけではないのだよ。実力さ」
ああなんだ、そういうことか。呆れる通り越しちゃって、もう賞讃するしかありませんよね、その悪運。
自分でも信じられない華麗なる防御に、嬉しさのあまり破顔するルイス。
「トドメだ!」
そう叫んだルイスが、ハーフソードで思いっきり突っ込んできて、更にパスステップして片手突き。不意に伸びてきた切っ先をツーリックステップで避けきれない、と判断したローゼは、咄嗟に右に飛ぶ。ちょうどそこに右から強風が吹いてきて、マントが左にはためいた。突き込まれるエストックの進路をふさぐ。
ズバッビリッ、と裂く音がしてマントを貫通。その直後になにもないところで躓いたルイスが前のめりに転んだ。受け身を取ろう、とエストックを地面に突き立てる。
「ああっ」と叫ぶローゼ。「どうしてこんなことに!」
エストックでマントが地面に繋ぎとめられて逃げられない。つんのめった拍子にレイピアを落とした。
「作戦通り!」とルイスが笑う。
「嘘つけー」
覆いかぶさって首を絞めようとするルイスがエストックを離した隙を突いて、ローゼがエストックの十字ポメルを抱え込んだ。そのまま引き抜く動作でポメルアッパー炸裂。
ローゼ、ほっと胸を撫で下ろす。
「良かった。凶悪運が悪い方に傾いてる――て、きゃっ」
アッパーで仰向けに倒れる時に掴まれたマントを引っ張られて、ローゼが半回転して倒れ込んだ。
ズガッ、と鈍い音が轟く。
意図せずローゼのひじ打ちが倒れたルイスの顔面にのめり込でいた。
「わっ、ごめん」と慌てて立ち上がるローゼ。「鼻潰れなかった?」
すっごい鼻血、滝のよう。
ふらふらのルイス、エストックを拾い上げて、ロンゲンオルト(腕をまっすぐに伸ばして、剣を地面と平行に掲げた構え)で、数歩後退り。
「……」
ルイス、ローゼの問いかけにも答えない。たぶん酸っぱいような滲み入る痛みで顔いっぱいなんだろうな。
それから間もなくして、すんげー涙目で大振りのオーバルハウ。
すかさず大きく右足を踏み下げてレイピアを拾ったローゼは、戻す右足の勢いで姿勢を第四の構えに持っていく。と同時にサイドステップカウンター。
「ぐあっ」
喉仏を貫く渾身の一撃。
「ああっ」と兵士たちが叫ぶ。「人並み外れた悪運の持ち主の少佐が敗れるだなんて」
口々に驚きの言葉を発する敵に、パークが言った。
「アイツの運はうん(糞)になりきれなかったってことさ」
パークを見やった兵士たちは言葉を発することもできず残念そうに視線を落とし、そしてルイスへ目を戻す。
「ごほごほ、ごほごほ、俺の咄嗟の機転がなかったら危なかったぜ」ルイスの口の端が上がった。
実はローゼが顔面エルボーする直前、倒れるルイスの懐に入っていたどこぞの村で接収(巻き上げた)したおサイフが飛び出して、中にあった銅貨がまき散らされていた。その銅貨を数枚拾って、ルイスがちょろまかした軍事物資を利用した出店でアイスを買おうとしたエミリアが、ポロリとお金を落としてしまった。落ちる前に拾おうとするが手が間に合わず、出した左足に当って銅貨が飛び上がって、それが試合をしていた兵士のファルシオンに当って更に飛ぶ。蹴りを繰り出す別の兵士のつま先に当ってルイスの前まで飛んだ。そこにちょうどローゼの刺突が一線を引く。切っ先が銅貨の縁に当って、反対側の縁がルイスの喉仏にめり込んだのだ。
ローゼびっくり、信じらんない。
「ええ~! 横ですか? 普通表とか裏とかじゃないんですか⁉」
狙って出来るわけない。さすがのローゼも泣きを入れる。
「もういい加減終わらせてー」
ローゼ、ルイスの急所ばかりを狙ってレイピアを振るう。
急所ってあの急所じゃないよ。
「分かっているさ」とパークが言った。「ちんちんのことだろ?」
ちげーよ、言うと思ったよ。何回間違えるんだよ、ワザとだろ? どんたけちんちん好きなんだよ。小学生かよ。
第四に構えたローゼ、レイピアを螺旋状に旋回させながら、じりじりと間を詰める。目、喉、心臓、に狙いを定めて繰り返される刺突の嵐。
それを振り払おうとルイスが左下から右上に向かって剣を振り上げた。取って返して縦一文字に振り下ろす気だ。――て剣すっぽ抜けてるよ。二人で見やる剣の行く先。スパッと音がして馬が「ひひーん」と鳴き叫ぶ。しっぽの先がら毛がばっさりと切り落とされた(しっぽそのものは無事)。
何があったの? このハプニング。飛んでいった先にいたのは一人の兵士。その頭にエストックが直撃かました。倒れる兵士が持っていたファルシオン、運が良いのか悪いのか両刃のやつ。しかも昨日研いだばかりで、刃ギラギラ。そりゃしっぽくらい切り落ちるわな。
怒った馬がルイスを睨みつけて、いきなり走って突っ込んでくる。
「わー」と逃げるローゼとルイスだったが、両方が真逆に逃げたもんだからオデコごっつんこ。二人してしりもちをつく。当然のように馬の動線の真上にお尻をついたルイスが轢き飛ばされた。そのまま手綱が足に絡まり、頭ばかりを後ろ足で蹴りまわされる。
「止まれ! おい! 馬っ! 死ぬっ、頭が、誰かっ、助け――っ」
馬は壊れた塀からアジトの敷地内に侵入して、パークの家に突っ込んだ。たちまち全壊。
「ああっ、俺の家がっ」蒼ざめてパーク大絶叫。
巻き上がる下着吹雪。もちろん女性物。当然全部使用済み(元持ち主及びパークによって)。
ルイスには似つかわしくないほどよく訓練されていて、みんな唖然あんぐり、戦場馬術に度肝を抜かれる。馬、これでもかと暴れ回り、戦場さながらのカラコール(半旋回)。そのまま騰躍を繰り返しながら階段の方に走っていって、岩山の麓へ向かって階段を駆け下りていく。蹴られては階段に頭を打ち、蹴られては階段に頭を打ち、を繰り返すルイスを伴って。
ルイスの大振り攻撃と、ローゼの小突きがせめぎ合う。お互い決定打に欠ける小競り合いだ。二人して遊んでいるわけではない。フェイントを入れ合ってお互いの隙を窺っているのだ。
先に隙を見出したのはローゼの方だった。
ルイスの突撃を感知したローゼは、一瞬早く駆け込んでレイピアを左に巻き上げ、アルバー(下段)のルイスのこめかみロックオン。防御をあげる動作を察知するや手首をまわす。
上段へのフェイントが綺麗に決まった。高速で飛ぶ蜂のように宙を斬る切先が、上がるエストックの剣身を避けて弧を描き、無防備に踏み出された膝目掛けて切先を振り下ろす。
ガキンッ、と言う鈍い音が鳴り響いた。
ガキン? 斬ったときはバッサリでは? はてなマークのローゼが見やると、上に上がっているはずのエストックで防御している。
「何故下に?」と驚いて崩れ気味のバックステップを踏むローゼ「絶対嘘。何かの間違いよ。わたしの会心の一撃がこうもあっさりと…」
戸惑うローゼにルイスが言った。
「勘違いしてもらっては困るな。べつに剣が長すぎて地面に刺さって持ち上がらなかったわけではないのだよ。実力さ」
ああなんだ、そういうことか。呆れる通り越しちゃって、もう賞讃するしかありませんよね、その悪運。
自分でも信じられない華麗なる防御に、嬉しさのあまり破顔するルイス。
「トドメだ!」
そう叫んだルイスが、ハーフソードで思いっきり突っ込んできて、更にパスステップして片手突き。不意に伸びてきた切っ先をツーリックステップで避けきれない、と判断したローゼは、咄嗟に右に飛ぶ。ちょうどそこに右から強風が吹いてきて、マントが左にはためいた。突き込まれるエストックの進路をふさぐ。
ズバッビリッ、と裂く音がしてマントを貫通。その直後になにもないところで躓いたルイスが前のめりに転んだ。受け身を取ろう、とエストックを地面に突き立てる。
「ああっ」と叫ぶローゼ。「どうしてこんなことに!」
エストックでマントが地面に繋ぎとめられて逃げられない。つんのめった拍子にレイピアを落とした。
「作戦通り!」とルイスが笑う。
「嘘つけー」
覆いかぶさって首を絞めようとするルイスがエストックを離した隙を突いて、ローゼがエストックの十字ポメルを抱え込んだ。そのまま引き抜く動作でポメルアッパー炸裂。
ローゼ、ほっと胸を撫で下ろす。
「良かった。凶悪運が悪い方に傾いてる――て、きゃっ」
アッパーで仰向けに倒れる時に掴まれたマントを引っ張られて、ローゼが半回転して倒れ込んだ。
ズガッ、と鈍い音が轟く。
意図せずローゼのひじ打ちが倒れたルイスの顔面にのめり込でいた。
「わっ、ごめん」と慌てて立ち上がるローゼ。「鼻潰れなかった?」
すっごい鼻血、滝のよう。
ふらふらのルイス、エストックを拾い上げて、ロンゲンオルト(腕をまっすぐに伸ばして、剣を地面と平行に掲げた構え)で、数歩後退り。
「……」
ルイス、ローゼの問いかけにも答えない。たぶん酸っぱいような滲み入る痛みで顔いっぱいなんだろうな。
それから間もなくして、すんげー涙目で大振りのオーバルハウ。
すかさず大きく右足を踏み下げてレイピアを拾ったローゼは、戻す右足の勢いで姿勢を第四の構えに持っていく。と同時にサイドステップカウンター。
「ぐあっ」
喉仏を貫く渾身の一撃。
「ああっ」と兵士たちが叫ぶ。「人並み外れた悪運の持ち主の少佐が敗れるだなんて」
口々に驚きの言葉を発する敵に、パークが言った。
「アイツの運はうん(糞)になりきれなかったってことさ」
パークを見やった兵士たちは言葉を発することもできず残念そうに視線を落とし、そしてルイスへ目を戻す。
「ごほごほ、ごほごほ、俺の咄嗟の機転がなかったら危なかったぜ」ルイスの口の端が上がった。
実はローゼが顔面エルボーする直前、倒れるルイスの懐に入っていたどこぞの村で接収(巻き上げた)したおサイフが飛び出して、中にあった銅貨がまき散らされていた。その銅貨を数枚拾って、ルイスがちょろまかした軍事物資を利用した出店でアイスを買おうとしたエミリアが、ポロリとお金を落としてしまった。落ちる前に拾おうとするが手が間に合わず、出した左足に当って銅貨が飛び上がって、それが試合をしていた兵士のファルシオンに当って更に飛ぶ。蹴りを繰り出す別の兵士のつま先に当ってルイスの前まで飛んだ。そこにちょうどローゼの刺突が一線を引く。切っ先が銅貨の縁に当って、反対側の縁がルイスの喉仏にめり込んだのだ。
ローゼびっくり、信じらんない。
「ええ~! 横ですか? 普通表とか裏とかじゃないんですか⁉」
狙って出来るわけない。さすがのローゼも泣きを入れる。
「もういい加減終わらせてー」
ローゼ、ルイスの急所ばかりを狙ってレイピアを振るう。
急所ってあの急所じゃないよ。
「分かっているさ」とパークが言った。「ちんちんのことだろ?」
ちげーよ、言うと思ったよ。何回間違えるんだよ、ワザとだろ? どんたけちんちん好きなんだよ。小学生かよ。
第四に構えたローゼ、レイピアを螺旋状に旋回させながら、じりじりと間を詰める。目、喉、心臓、に狙いを定めて繰り返される刺突の嵐。
それを振り払おうとルイスが左下から右上に向かって剣を振り上げた。取って返して縦一文字に振り下ろす気だ。――て剣すっぽ抜けてるよ。二人で見やる剣の行く先。スパッと音がして馬が「ひひーん」と鳴き叫ぶ。しっぽの先がら毛がばっさりと切り落とされた(しっぽそのものは無事)。
何があったの? このハプニング。飛んでいった先にいたのは一人の兵士。その頭にエストックが直撃かました。倒れる兵士が持っていたファルシオン、運が良いのか悪いのか両刃のやつ。しかも昨日研いだばかりで、刃ギラギラ。そりゃしっぽくらい切り落ちるわな。
怒った馬がルイスを睨みつけて、いきなり走って突っ込んでくる。
「わー」と逃げるローゼとルイスだったが、両方が真逆に逃げたもんだからオデコごっつんこ。二人してしりもちをつく。当然のように馬の動線の真上にお尻をついたルイスが轢き飛ばされた。そのまま手綱が足に絡まり、頭ばかりを後ろ足で蹴りまわされる。
「止まれ! おい! 馬っ! 死ぬっ、頭が、誰かっ、助け――っ」
馬は壊れた塀からアジトの敷地内に侵入して、パークの家に突っ込んだ。たちまち全壊。
「ああっ、俺の家がっ」蒼ざめてパーク大絶叫。
巻き上がる下着吹雪。もちろん女性物。当然全部使用済み(元持ち主及びパークによって)。
ルイスには似つかわしくないほどよく訓練されていて、みんな唖然あんぐり、戦場馬術に度肝を抜かれる。馬、これでもかと暴れ回り、戦場さながらのカラコール(半旋回)。そのまま騰躍を繰り返しながら階段の方に走っていって、岩山の麓へ向かって階段を駆け下りていく。蹴られては階段に頭を打ち、蹴られては階段に頭を打ち、を繰り返すルイスを伴って。
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