華奢な僕らの損得勘定

緒方宗谷

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夢のマイホーム

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 昼休み、会社の給湯室でほうじ茶を入れた紗南は、自分で作ったお弁当を冷蔵庫から持って来て、席に着いた。
 「ん? 金さん、マンション買うんですか?」
 この間、結婚10年目を迎えた男性社員が分譲マンションの広告を見てたのだが、値段の桁に驚いた紗南は、思わず話しかけた。
 「そうだね~、もう結婚してだいぶ経つし、子供も生まれたから、このまま日本に住んでしまおうかと思ってね。
  妻がマンションが欲しいって、何枚か広告を渡されたんだよ」
 金さんの奥さんは、以前この会社で働いていた先輩だったから、紗南も見知っていた。
 「ふーん、南さんて韓流が大好きだから、韓国に住むんだ~って言っていたのに、東京に住むんですね?今、西葛西でしたっけ」
 「うん、西葛西生まれの西葛西育ちの西葛西在住、息子を韓流イケメンに育てるべく、日夜韓流ドラマの研究をしているよ」
 紗南も韓流ファンだったから、好きが高じて韓国語をマスターした南が、少しもったいない気がした。
 「今、東京で良いと思っても、将来分からないんじゃないですか?
  もともと、お2人だって向こうの大学が一緒だったんですよね? 時期は違うけど。
  もしかしたら、息子さんをソウルの大学に留学させたいとか、そうなるかもしれませんよね」
 「そうだね、高校で短期の留学をさせて、大学は向こうにしようって、2人で話してるよ」
 「じゃあ、大枚はたいてマンション買うより、リートとか買って、その分配金で良い賃貸マンションに住んだらどうですか?」
 デスクのパソコンで検索サイトを開いた紗南は、リート銘柄の一覧を金に見せた。
 「国際結婚だから、東京に根付いて、この先ずっと東京から出ないわけではないでしょうし、流動性の良いリートが良いんじゃないですか?」
 パソコンの画面を見た金は興味津々で、自分のパソコンも開いて、リートの情報を見やる。2人はお昼ご飯を食べながら、あれが良いこれが良いと物色を始めた。
 「うわ、金さん、リートってたくさんあるんですね。
  ここまで沢山あるなんて、思いませんでしたよ」
 「住宅、商業施設、オフィス、ホテル、倉庫まであるんだ? 驚いた!
  幾つかのリートを組み合わせれば分散投資にもなるし、配当も高いから、悪くないね」
 「そうだ! 分散って大事ですね。
  災害や事故があった時、1つのマンションじゃ、大きく財産を毀損してしまうかもしれないし。
  ローンを組んでマイホームを建てたのに、翌月災害で家を失った方のニュースを見たことがありますよ。
  借金だけが残ったって言って、とても困っていました」
 紗南が金を見ると、リート関係のサイトを見ていない。
 「福岡に住むなんてのも良いなぁ、うちの支店があるし。
  家賃を見てよ、東京だと20万とかする部屋が、10万前半だよ」
 「本当ですね、あ、この部屋、わたし住みたい」
 指の先にある物件を金が見ると、1LDKで屋根裏付きのとても新鋭的でおしゃれなな部屋だ。
 家賃は4万5千円、管理費は5千円、東京では10万円は下らない家賃だろう。人気の都市なのに、賃借人にはとても優しい都市だ。
 「投資用マンションだね、1棟建てて階下をかすのも良いなぁ。
  でも、家賃を見ると、少し躊躇してしまうな」
 「どうしてですか?」
 「北海道でも沖縄でも、建築費用はそんなに変わらないでしょ? でも、物価は結構違うから、家賃も大分違うよ。
  荒木さんが気に入った部屋だって、同じブランド名の東京のマンションの家賃は10万超えてる。
  地方都市でマンションを建てると、元手の回収に時間がかかりそう」
 「やっぱ、リートですよ」
 ほうじ茶を啜りながら紗南が言うと、金は頷く。
 「中古もあるけど、結構高いですね,私じゃ買えません」
 急に夢が萎んだ紗南は、ガッカリだ。
 「投資用だから、普通の物件と違って収益性も考慮して値段が決まるから、値崩れしないんだよ。
  ほら、これなんか、値上がりしているくらいだよ、購入の検討者がコメントで嘆いてる」
 2人の会話を聞いていた男性社員の小向が、声を駆けて来た。
 「リート、リートって言うけど、株とかETFとかは検討しないのかい?」
 「うーん、そうだねー、個別銘柄は難しいから、考えるとしたらETFとかファンドとかかなぁ。
  でも、マンションを買う資金で買うわけだから、ある程度の配当と安定性が無いと、家賃が賄えないよ」
 不動産系に絞る金の考えが分からない様子の小向は、リートとはいえ不動産に資産を集中させる事に疑問を持ったようだ。
 そんな小向に、金は説明を続ける。
 「1銘柄でもリートは数十棟の建物を保有しているから、別に集中しているわけではないんだよ。
  さっき、荒木さんが言っていた様に、マイホームを建てたり分譲を買ったりすれば、何かあった時、全てを失うかもしれないけれど、リートは違う。
  仮に、10棟のマンションを運営するリートに1千万円投資すれば、1棟当たり100万円投資したことになるでしょ?
  何かあって1棟ダメになっても、損は100万で済むでしょう。
  まあ、取引価格の上下変動はあるけどね。
  それに、家賃は生活と直結しているし、不景気だから路上で生活しましょうとはならないから、分配金が減額される可能性は、高配当株より低いんじゃないかな?」
 確かにその要素はあると頷く小向の言葉に気をよくした金は、さっそく妻に相談してみる事にした。
 それからしばらくして、金が東京に引っ越したという話を聞いた紗南は、リートを買わなかったのかと訊ねてみた。
 「買ったよ、ほら、この銘柄」
 金の話によると、紗南の子供の留学に関する話が南にウケて、分譲マンションを買うのを取りやめになったらしい。
 半年に1度の分配金の入金があったので、さっそく東京にあるファミリータイプのマンションに引っ越したのだ。
 「あれ?」
 呟く小向に、2人は視線をあげる。
 「この銘柄、物件が関東に集中しているね、殆ど首都圏だよ」
 「それがどうしたんですか?」
 紗南は分からない様子だ。
 「地震があったら、みんな被災しちゃうんじゃないかな。
  これだけ物件が東京に集中していたら、分散しているようで、分散になっていないような気がするよ」
 「・・・確かにそうだな」
 少し間を置いた金が答える。
 「それなら、一部売って、同じくらいの分配金が出ている銘柄に変えたらどうですか?」
 「そうだね、ちょうど利益も出ているし、3月の権利ももらった後だから、ここで買い換えて6月の権利をいただこうかな」
 他人事なのに利益が出ていると聞いて楽しくなった紗南が言った。
 「市場に上場しているからこその流動性ですね、こうやってすぐに問題を補正できるなんて、素晴らしい!!」
 その言葉に、小向が付け加える。
 「何より、災害の話が普通に出来るのが良いんだよ。
  この間、親戚の集まりで金さんのリートの話をして、その流れで埼玉と東京にある大きな断層の話をしたら、離れた席にいたおばさんが、『良いね、東京で、私はその断層の上に住んでいるから、毎日怖い思いをして生活住しているのに、いい気なものね』って怒られた。
 災害に備えようって話だったのに、そこで空気が凍って、災害対策の話はおしまい」
 3人の周りにも、首都直下型地震があるかもしれないと分かっている者は多い。阪神大震災も、東日本大震災も知っている。そのような惨事が自分の身に起こりうると理解した上で、何の対策を取っていない者は多い。
 3人も、これだけ災害の話をしていて、避難バッグは用意していなかった。災害がどこか非現実的に思えてしまうのだ。想定しうる事態は分かっているが、脳が反応していなかった。

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