バージョン.A —高校生救世主の異世界革命譚—

アラヤマ田

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第1話  始まりは、祭囃子とともに

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 なんだか、辺りが騒がしい。
 それは、綺麗な笛の音色。小気味よい打楽器のリズミカルな音。人々の愉快な喧騒。
 まるでお祭り騒ぎ。思わず心が弾む。
 これは夢なのだろうか?……そうだ、俺はさっき眠ったばっかりだ。なら夢だ。それにしても、なんて愉快な夢なんだ。
 クンクン。
 鼻をくすぐる、香ばしい匂い。
 これは、肉…?元気のいい口上と共に、匂いは遠慮なく鼻をくすぐる。最近の夢は、嗅覚まで生々しく作用するのか…?
 全身が朗らかさに包まれる。なんだかよくわからないが、いい気持ちだ……。
 目を瞑ってこの陽気さに身を任せてるだけでとても良い心地だった。もう少し、この気持ち良い夢に浸っていよう……。




 
 「そこのあんちゃんッ!!祭りで居眠りはご法度だぜッ!!そりゃッ!!」
 「ぐげぇっ!?冷たッッッ!!」 
 突然、顔に冷たい感覚。思わず声が飛び出る。
 そしてそれは鼻に詰まり、息を荒げてもがくように上体を起こす。
 目の覚めるようないきなりの狼藉。サトルはカッとなり、非難めいた口調で叫ぶ。
 「な、何すんだよッ!!」
 舌に触れる液体。これは……まさか、酒か?
 目の前には、しゃがみ込んでこちらを覗く、顔を赤らめた男の顔があった。その呼気は酒臭い。
 「へへ、悪い悪い!だがよ、あんちゃん、楽しい楽しい祭りで眠るだなんて興醒めもいいとこだぜ?今日は四年に一度の大祭なんだからここはうんと盛り上がらなくちゃよッ!!」
 そう言うと、男は力強い手つきでタケルの肩を叩く。痛い。少しは加減しろよ。
 「祭り…?四年に一度…?あ、オリンピックか?」
 「…あ?」
 …オリンピック…?オリンピックって、こんなんだっけ?
 何かがおかしい。気の抜けた表情をしていたサトルは一瞬でハッとなり、思わず立ち上がる。
 そしで目にした光景に、思わず息を飲む込んだ。
 「……え?」
 道を埋め尽くすほどの、喧騒。行き交う人々の、服装や顔立ち。出店が立ち並ぶ道路の綺麗な石畳。広場の噴水。秩序立って立ち並ぶ石造の建物の外観。
 そのどれもが、サトルの知らない世界。
 「……なんだ、これは……」
 強い衝撃が走る。
 「……何が起こってるんだ…?」
 さっきまで俺は、部屋のベッドで寝ていたはずだ。それが、今や、お祭り騒ぎ…?それも、どこぞの国の、知らない祭りの……。
 サトルはショックで口をあんぐりと開け、しばらくその場に立ち尽くすことしかできなかった。
 「……?どうしたんだ、あんちゃん」
 隣にいた男も立ち上がり、心配そうにこちらを見ている。
 「……いや……」
 タケルは今起きている事態を理解しようとして、頭を掻いた。
 「(どうなってんだ!?今何が起きてるんだ!?俺はどうしてこんな場所にいる!?あ、これは夢か!夢なのか!でもこんな生々しい夢があるか!?)」
 「お、おい、アンちゃん?」
 頭を掻いて、掻いて、掻きむしる。あまりに非現実的な現象を前に、サトルは気が狂いそうだった.
 しかし、少しして頭を掻きむしる腕を下げる。
 「(……そうだ、ここで下手に取り乱すとかえって悪目立ちしてしまう…落ち着け…!)」
 混乱しつつある思考をどうにかしようと、頭を数回叩いて気を取り直す。
 隣の男に目をやる。ガッシリとした体格で、髪は薄緑のオールバック、おでこから鼻にかけて白いペイントのようなものをしている。
 服装は白シャツに上から茶色の丈夫なジャケットを羽織り、腰には短剣を指していた。まるで風変わりな見た目だった。
 「…アンタのそれは、コスプレか?」
 「コス…?なんだいそりゃ、食えるのかい?それとも、あんちゃんの国の言葉かい?」
 「え?」
 「あんちゃん、ここの人間じゃないだろう?その見た目に服装、ここらじゃ全く見ないぜ?」
 奇怪そうな顔で答える男に、サトルは戸惑いながら自分の服を見やる。なるほど、寝巻きだ。
 続けて人混みを見る。コートにジャケット、ドレスに甲冑…なんて色とりどりな、派手な身なりの数々。本当にコスプレのパレードのようだ。でもここではそれがオーソドックスなのは、一目見ただけでわかる。
 これじゃ自分の方がよっぽどコスプレじゃないか。
 「名前はなんてだい?」
 「…サトルだ」
 「あー、やっぱりそうだ!旅の人だったか!どういう名前か知らないが、きっといい名前なんだろうな!」
 豪快に上を向いて笑う男。
 「ま!祭りを楽しんで行けよ!それとさっきはいきなり悪かったな!この街を堪能してほしいからよ、ホラ、これやるぜ!じゃあなッ!」
 「え、ちょっと待っ…」
 男は無理やりタケルの手に何かを押し付けると、サトルの呼びかけに気付かないで笑いながら人混みの中に消えていった。
 その背中を黙って見送るサトル。押しつけられたものを見ると、それは数枚の硬貨だった。この街の通貨だろうか…?
 タケルは硬貨を握り締めると、自分が置かれな状況を今一度考える。
 「やっぱり夢……ではないよな」
 感覚はリアルに機能している。こんなリアルな夢はない。
 「じゃあ、なんだってんだ…。俺は違う世界にでも来てしまったってか?」
  ……まるで《バージョン.A》みたいじゃないか。サトルの顔は、つい寝る前まで読んでいた本のことを思い出す。
 「…そういえば、あれも異世界に突然飛ばされたんだっけか…?最初は確か…そうだ、サトルが野原の上で眠りこけていたら、気づけば異界にいて…」
 そこまで口にして、サトルの心は妙にざわつく。
 まるで状況が似ていたからだ。
 「…………馬鹿馬鹿しい」
 余計な考えを振りほどこうと、頭を大きく振る。
 「…なんなら、もう一度寝てしまおうか」
 けれど今はそんな気分ではなかった。
 まず、大通りに目をくれる。喧騒は相変わらず、雑踏と歓声と、そして楽器の音とが忙しなく入り混じり、祭りの騒がしさを遺憾なく演出していた。
 そして立ち並ぶ街並みの華やかさ。異国情緒溢れる建物達。自然な景観をしている。とても美しい。
 行き交う人々は人の他に、獣人や耳を生やした人間、ずんぐりとした小柄の一行、全身緑の怪人まで、それらは服を着て、平然と人混みに馴染んでいる。
 「……あれは亜人ってやつで…あれは、ゴブリン?……んで、あれは…ドワーフ?あちゃー…」
 まるで、お伽話の世界だった。
 「……すげーな、本当にこんなのがありえるのか……作り物…では全くなさそうだな」
 サトルは、ひたすら感動していた。
 そのまま放心状態が続いたが、ふと何度か瞬きを繰り返した後、一つ深呼吸をした。
 「すー…はぁー…」
 とんでもないことになった。どうやらこれは、夢ではないようだ。だとしたら、やはり…。
 「…ここは、異世界……」
 噛み締めるようにその言葉を口に出す。
 異世界。
 そう口にして、サトルの脳裏にすぐさま浮かんだのは、やはり《バージョン.A》シリーズのことだった。 
 「………俺が、異世界に……」
 まさか自分が小説の主人公と同じ目に遭うなんて、サトルは予想だにしなかった。当たり前だ。あっちは創作で、こっちは現実なのだから。いや、もしかしてこれは幻かもしれない。異世界転移なんて、ありえない。ありえないが、今自分の目の前のこの光景はそれ以外説明のしようがなかった。
 「…………そうか、ハハ、ここはやっぱり、異世界だ」
 言い聞かせるようにそう呟くと、少しして、覚悟を決めたように硬貨を握る手の力を、グッと強めた。
 「……いいさ、だったらこの世界を生きてやる。堪能してやる。夢ならどうせそのうち醒めるさ。それまで、元の世界に戻るまで…異世界ライフを満喫してやる…!」
 サトルは陽が差す天を仰ぎ見、そして強く叫んだ。
 「……よっしゃーッ!俺の異世界ライフ、始まり始まりィーッ!」
 その声は、喧騒に掻き消える。
 サトルの長い長い冒険の旅が、今始まろうとしていた。
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