上 下
5 / 28
side坂下耀亮

side坂下耀亮:新人教育担当

しおりを挟む
 緊張しながら、顔合わせの日を迎えた。俺が受け持ったメンバーが、真面目そうな「野田 崇のだ  たかし」、ノリの良さそうな「香取 謙一かとり  けんいち」と、新人の中でとびきり男女の目を集めた超大型美形新人「新見 詩音にいみ  しおん」だった。

「皆さん初めまして。坂しちゃ……坂下です。よろしくお願いします。」

 初っぱなから盛大に噛んだ。もう帰りたい……。堪えきれないで吹き出した野田と香取の二人とは対照的に、新見だけは俺を軽く見て意味深にクスリと笑った。何故だか無性に腹が立った。

 新見自身は『既に理解できている』仕事を確認し、質問に来る。時折意味深に微笑み、俺を嘲笑うような態度をとる。能力がないと言われているようで辛い悪夢のような三ヶ月を、胃を痛くしながら切り抜けて新人たちの一人立ちの日を迎えた。

 会社から新人担当手当てと言う名の飲み会だ代と飲み屋の割引券を貰った。新人たちが拒否らなければ、それ使って飲みに誘うのが一般的だと部長に言われる。

「だって部長……俺の手当てなのに。」

 思わず溢れた愚痴に、部長が背中を強めにバシバシ叩きながら豪快に笑う。

「お前も俺と飲んだろう?『部長の言葉に感動して!俺!田村さんと一緒に仕事したくて!ここにきたんです!』なんて延々と語って、坂下きゅん可愛かったなぁ。」

 にやにやと思い出し笑いをしながらくまみたいな癒し系の部長は、からかう時に必ず「坂下きゅん」と呼ぶ……へたれっぽいあだ名なのに妙にしっくりきてションボリする事も。

「分かりましたよっ。誘っても来なかったら俺のものってことで。」

「それでいいんじゃないか?苦手を克服できたか?頑張った坂下には、今度俺が良いもの奢ってやるからそうムクれるな。可愛いだけだぞ坂下きゅん。……あいつらが来ないとか有り得ないだろうからな。」

「二人はともかく、新見は来ないでしょ……俺の事馬鹿にしてるし。」

「……誤解だと思うが、そんなこと気にして坂下きゅんは可愛いやつだな。後輩に世話かけることにならないように、飲み過ぎるなよ。」

 がしがしと強めに部長が頭をかき回していく。髪は乱れるけど、部長に撫でられるのはちょっと落ち着く。

 飲み会には三人とも参加するらしい……。飲みにケーションを大切にする社長は昭和の男だが、人望もあり人間関係が良好な職場だから、反発はあまりない。自分自身が、部長との接点ができたのも飲み会だったし、感謝の気持ちはある。新人教育担当締めの仕事!と、心を決めて店に向かう。

 割り当てられた部屋は、掘りごたつ式半個室。俺は「上座ですよ!」と、部屋の奥に押しやられた。

 ふと見ると、部屋の入り口で、三人がじゃんけんをしていた。席決めか?一人戸惑う俺の横に新見が座った。向かい側に野田と香取。負けたやつが俺の横に座るとかそういうやつ?……軽くへこんだ。

 野田と香取が盛大に酔い、自己紹介可愛すぎましたよ。先輩なのに!と言われて始まった彼らの語りを最初は悪口かと思った。その後出てくる褒め言葉の羅列で、下がっていた気持ちが上がる。単純だなと自分でも思うけど、嬉しくて頬も弛むし、酒を飲む手も早くなる。

 追加注文のついでに小柄な可愛い店員さんに連絡先を聞いちゃおうかな?なんて呼び止めたが、隣から手が伸びてきて、乗り出した頭を戻されながら口を塞がれた。

「烏龍茶2杯と冷たい緑茶2杯お願い。デザート持ってきてもらってもいい?」

 新見がウインクしながら声をかけると、彼女の目はもう新見しか見えていない状態になった。当たり前の反応とは言え、悔しい。引き上げられた気持ちが萎む。

 届いたお茶とデザート。新見が黙って緑茶とデザートを俺の前に置く。

「なんで二種類頼んだのに先輩に選ばせないで置くんだ?」

 不思議そうに新見を見ながら、素直な野田らしい質問をする。三人の中で一番新人らしかったのが彼だろう。職場で彼は、体育会系の先輩たちからウケが良かった。

「坂下先輩、烏龍茶と交換しますか?俺はどっちでも大丈夫です。」

 気遣って声をかけてくれたのは、香取。見た目の軽さとは裏腹にかなり気を使うタイプで、職場に溶け込むのも早かった。覚えも早く戦力になるのが早いだろうと期待されている。

「坂下先輩は烏龍茶いいんですか?」

 眉をしかめながら新見に聞かれて返答に困る。俺は、烏龍茶の独特な香りが苦手で飲めない。

「緑茶で……。野田も香取もありがとうな、気遣わせた。」

 二人はほわっと笑い、新見は少しだけ不機嫌そうな顔をしていた。緑茶を飲み、柚子ソルベを食べる。美味しかったが、萎んだ心はあまり回復しなかった。

 幸い、フラットに取り繕うのは上手い方なので、心の機微には気づかれずに解散できたと思う。支払い中に誰が俺を送るかってまた三人でじゃんけんをしていたのが聞こえて、虚しくなって支払い後にとっとと電車に乗り帰宅した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

尽くすことに疲れた結果

BL / 完結 24h.ポイント:1,895pt お気に入り:3,014

ごめんね、ほんとの僕は『親友』じゃない

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:25

【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

BL / 完結 24h.ポイント:1,029pt お気に入り:977

最低なふたり

BL / 完結 24h.ポイント:1,008pt お気に入り:28

不倫相手は妻の弟

BL / 連載中 24h.ポイント:2,464pt お気に入り:74

生まれ変わったら知ってるモブだった

BL / 完結 24h.ポイント:4,872pt お気に入り:1,198

勘違いしちゃってお付き合いはじめることになりました

BL / 完結 24h.ポイント:1,285pt お気に入り:560

処理中です...