10 / 18
第10話 最後の夜に
しおりを挟むまさに、言われなくても、だ。
夕飯の後、僕はそうした。一度出して足りず、二度出してひと心地、三度でようやく満たされる。
風呂に入った後、部屋に戻ってドアの鍵を閉め、クローゼットから刀を取り出す。
刀を抱きかかえ、机の前で椅子に座った。鍵をかけた引き出しを開け、奥から封筒を取り出す。水色の地にウサギや花が描かれた、かわいい封筒。あのとき、僕の靴箱に入れられていた手紙。
刀を机に立てかけ、椅子の上で正座をする。姿勢を正し、手紙を読む。その丁寧な字を一文字一文字読むたび、便せんに印刷されている花やキャラクターの絵に目をやるたびに、思い出す。手紙を見つけたときに感じた不可解さ、遅れて実感した衝撃。胸に湧き上がる、生まれてから一番の期待。罠と分かっていても止められないほどに。そして、当然の結末。
読み終えて、目をつむり、腹から息をゆっくりと吐く。唇をかみしめた。血の味がした。
目を開ける。刀に手をかけ、ゆっくりと抜く。手紙を二つ折りにする形で刃に当て、裂く。封筒も同じく、裂く。
鞘に納めた刀をベッドの端に置いた。その横、ベッドの上に僕は寝転がる。裂いた紙の束を、股間へとあてがった。
しばらくの後、濡れた紙を便所に流す。
もう一度風呂でシャワーを浴びた。部屋で明かりを消し、刀を抱いてベッドに入った。体が何とも温かい。いい夢が見られる気がした。
オレはポケットに手を突っ込み、背中を丸めて夜の道を歩いていた。荷物と刀は基地に置いてある。吐いた息が街灯の光の下で白く輝いた。遅い時間ではないが、道に人通りはない。
轟音を上げて電車が通るガードの下を、首をすくめて歩いた。さらにしばらく歩き、家に着く。
基地じゃなく、家。灰色の巨大な豆腐みてえな、コンクリ製の古い二階建てアパート。オレの家はその二階。
オレだっていつも基地で寝泊りするわけじゃない。なんつっても寒いし、風呂がない。今日は基地で泊まる気だったが、アイツに言ったとおり、その前に思いっきりヌいときたい。いつもならヌくだけでもまあ平気だが、明日は特別な日だ。しっかり風呂に入っておきたかった。そのために、コンビニで入浴剤まで買ってきていた。
天井の蛍光灯が切れかけた階段を上る。一番手前のドアに鍵を差し込み、音を立てないようゆっくりと回す。わずかにドアを押し開けた。中は暗い。ババアはこの時間仕事だし、兄貴も外泊が多い。
大きくドアを開け、玄関先におかれたゴミ袋を足でどけて上がった。台所で明かりのスイッチを探していたとき、足が空き缶に当たった。
缶が転がる音の後、奥の居間から声がした。
「ん……んぁ……?」
オレの顔が引きつる。ババアの声だった。今日は休みか? っつか電気ぐれーつけてろ、寝てンのか?
オレはだるまさんが転んだでもやってるみたいに動きを止めた。足を床につけたまま、その場でゆっくりと後ろを向く。玄関へ向けて一歩目を踏み出す。
「あー……誰? 竜也……じゃーないね、恭一?」
兄貴の名前に続けて名を呼ばれ、オレはまた動きを止めた。
起き上がる気配。電気がつけられ、後ろで引き戸が開けられる音。
振り向くと、居間のコタツの前でババアが寝ぼけた顔をして目をこすっていた。コタツの上にはいくつか発泡酒の缶が置かれていた。
胸の前でもつれている茶色い髪をかき上げると、ババアはあごが外れそうなほどあくびをした。目をこすりながら言う。
「久しぶり」
普通なら「お帰り」とか言うもんだろ、と思ったが。実際久しぶりなので黙っておいた。
「……オウ」
それだけ言って、オレはまた玄関の方を向く。機嫌悪くはなさそうだが、いつ変なスイッチが入るか分からない。明日を前にして、こんなとこでエネルギー使ったりテンション下げたくねえ。今ババアを前にして感じるのは、殺意よりも、面倒を避けたいって感覚だ。
そう思ったとき、オレの頬がぴくりと動いた。胸の中で何かが引っかかる。
おかしくね? 面倒の大元が目の前、っつーか背後にいるんだ。なんでそっちを避けてンだ?
オレの中で火種が灯る。顔面に力がこもるのを感じた。
なんでわざわざカンケーねえ奴を殺るんだ? 殺るべき奴がここにいるのに? そりゃ、結局殺せねーだろうなんて思ってた、前は。今は?
殺れる。胸の中でそう言い切れた。
刀がある。ここにはないが、オレには刀がある。殺すための、そのためだけの道具がある。覚悟がある。
オレの中で火が燃え広がる。火勢を強め、赤黒い炎になり、ドス黒い煙を上げながら、だんだんと。
わずかに息が荒くなる中で思う。いくか、殺るか? 素手でやるか、くびって殺すか? それとも包丁を探すか。でなきゃ、あのゴツいガラスの灰皿、あれをブン投げてやってもいい。コイツがやったように。
震える指をムリヤリ拳に握った。息を吸い、振り向く。
そのとき。何か小さな物を投げつけられて、反射的にオレは目をつむりかけた。
目の端で見えたそれはゆっくりと山なりに飛んできていた。ブン投げられたのではなく放られたそれを、オレは胸の前で受け止めた。オイルライター。鈍い銀色に光る、金属製の四角いライター。片側に羽根のような形が刻まれたデザインのものだった。
ババアは肩を揺らして笑う。
「やるよ。店でプレゼントされちゃってさー、常連さんから。あたしゃ別のん持ってっし、あんま気に入ンねーからソレ」
くれた奴もまた、コレがヤな客でさー。そう言ってババアは一人で笑った。
オレは何も言わず、口を開けてライターを見ていた。
ババアはコタツの上から取った発泡酒を口にする。三口ほど一息に飲んだ後、缶を持ったまま一つ手を叩く。
「あ、そーだ。アンタ誕生日だったっけ、そろそろ。来週か。そのプレゼントっつーコトで一つ」
拝むように片手を上げる。それから急に目をつむり、その手を顔に当てた。
「わり。来月だったっけか。ま、先払いでさ。な?」
先月だよ、と言いたかったが。その言葉ば胸から先に上がってこなかった。
胸の中で火がくすぶる。黒い煙が揺れる。
ライターのフタを親指で押し上げる。キン、と高い音を立て、滑らかにそれは開いた。パチン、と軽い音を立てて閉める。
「……割と、いいじゃねぇか」
礼は言えなかった。
ライターをポケットにねじ込み、それきり何も言わずに家を出る。ババアも何も言わなかった。
背を丸め、ポケットに手を入れたまま早足で歩く。ポケットの中でライターと、買ってきた入浴剤の袋が手に触れた。それらを力任せに握りしめる。
走った。最初は小走り程度、すぐにポケットから手を出して全力で。息がタバコの煙みたいに白かった。
息が切れて立ち止まる。頬を歪め、歯をかみ鳴らした。握りしめたものを力任せに道路へ叩きつける。
入浴剤の袋は鈍い音を立てた。ライターは小さく一度跳ねて、軽い音を立ててアスファルトの上を滑った。
動きを止めたライターを見ていた。肩がまだ、大きく上下していた。しばらくして舌打ちをした後、頭をかきむしった。言ってみる。
「結局風呂入れなかったじゃねぇか。っつーか、どうしてくれンだよあのババア! ヌけねぇじゃんコレよぉ」
不機嫌を全部そのせいにして、入浴剤を拾った。少し考え、舌打ちをして、ライターも拾い上げた。
歩くうちにコンビニを見つけた。スポーツドリンクを買おうとして、ライター用のオイルを見つけてそれも買う。
基地のある川原で、転がっていた古タイヤに腰かけて。月明かりを頼りに、ライターの外カバーを外す。下側からむき出しになった綿にオイルを注ぐ。
カバーを戻し、火をつける。鮮やかな赤い火。
タバコに火をつけ、くゆらす。真っすぐに高く昇る煙は白かった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる