13 / 18
第13話 君を斬りたくて、斬りたくて
しおりを挟む僕はすぐにそちらへ駆け出す。道の角、生垣の陰から顔をのぞかせて様子をうかがった。
部活にでも行くのか、永塚は制服を着ていた。見慣れた、僕の学校の制服。背格好も二つに分けてくくった髪も見覚えがある。
さらに身を乗り出そうとして、生垣に体が当たった。枝が揺れる音に気づいたのか、永塚がこちらを振り向く。
すぐに身を隠したので、向こうに見られてはいないはずだが。枝の隙間から見えたその顔は間違いなく永塚だった。
心臓が破れそうだった。胃の底が熱かった。喉が渇いて、唾を飲み込む。
「やんのか」
後ろから突然イヌイに声をかけられ、飛び上がりそうになった。どうにか息を整え、それでも切れ切れに言う。
「ああ……けど、僕がやる……君は、手を出すな」
刀のバッグを肩から下ろし、ジッパーを開けた。刀の柄が中から顔をのぞかせる。左手でバッグごと鞘をつかみ、右手を柄の辺りにかぶせて、いつでも刀を抜けるようにする。バッグごしに感じる、柄と鞘の硬い感触。
いつやるか。ここでは人目につくおそれがある、せめて住宅街を抜けるまで待つべきか。だが、永塚が学校にいくなら歩きではないはず、ここからは距離がある。おそらく駅かバス停に行くのだろう。そうなっては殺せない、危険だとしても今のうちにやらねばならない。
後をつける。足音は消せている、はずだ。だが自分の鼓動が、荒い呼吸の音が永塚に聞こえていないか気になってしょうがない。手が震え、刀が鞘の中で軽い音を立てる。その音に自分で驚いて、さらに刀が暴れた。
立ち止まり、呼吸を整える。肩に、脚に、つま先にさえ力が入っている。腕がひざが、指がこわばっている。柄も鞘も不必要に強く握りしめてしまう。大きく息を吸い、ゆっくりと強く息を吐く。その吐息すら震えていた。
唇を噛みしめ、かぶりを振った。歩きながら目を閉じる。
落ち着け。落ち着くんだ、ほら――殺す相手はそこにいる。そして刀はここにある。それだけ、ただそれだけだ、僕よ。それだけで、為すべきことは分かるだろう?
目を開ける。歩いていく永塚の後ろ姿が見えた。頭の横に垂らされた黒髪の房、それが揺れるたびに躍る白い光沢。髪と制服の間にのぞく細い首、白いうなじ。男のそれとは違う小さな肩。肉付きの薄い背中、いかにも貫きやすそうな。素早くは逃げられそうにもない、細い脚。
この、すぐにでも殺せそうな生き物が。踏みにじったのだ、僕を。その脚、刀の一振りで小枝のように折れそうな脚が、僕の中を踏みにじった。汚れた靴で遠慮もなく、汚物をなすったような足跡をつけた。あのときに。
心臓が大きく一度脈打った。血が僕の中を駆けた。胸から頭、頭から腕、指先、腹、腰、脚を通ってつま先まで。鼓動はそのまま打ち続けた。
足音を忍ばせたまま歩調を速め、距離を縮める。
大きく息を吸い、腹に力を込めた。手を柄にかけ、足を踏み出そうとして。
その足が止まった。地面に張りついたみたいに動かなかった。手も、柄にかかったまま動こうとはしなかった。
腹の底から息をついた。今さらのように腕が震え、体から力が抜けた。斬りかからなかったことを、全身が安堵していた。
それが許せなかった。
顔面を歪め、引きちぎるような力を込めて唇を噛む。血がにじむ。鉄のような苦味と生臭い匂いが口に満ちた。
何をしている僕よ、何をしている。この味を、匂いをあいつに教えてやれ。僕が味わったこれを、あいつ自身の血で。
柄を引き、刃をわずかに鞘からのぞかせた。そこに親指を押し当てる。皮膚が押され、肉がたわみ、やがて裂ける。みちり、と細胞の破れる感触を残して。
この痛みを。教えてやろう、何十倍にもして。
指の傷からにじむ血をなめた。ほんの浅い傷だったが、血は止まる気配がなかった。再び、心臓が強く脈打っていた。
殺そう。
そう思った僕に震えはなかった。鼻から息を吸い込み、口から吐く。深呼吸ではなく、ごく普通の吐息。一歩、大きく踏み出す。
そのとき、永塚の足が止まる。髪の房が揺れる。こちらを振り向く。眉根を寄せ、軽くにらむような顔で。
「あのさ。何なのかなーさっきから。宇佐見くん、だよね」
僕は口を開けていた。右手は柄から離れていた。
永塚は腰に片手を当て、面倒そうに息をつく。
「何か用、ずっとついてきてさ。何かハァハァ言っててキモいん――」
そこまで言って、永塚は決まり悪そうに笑った。
「ごめん、今のなかったことにしといて。……あー……」
髪に手を当て、何か考えるような顔をして、それから笑った。僕の顔は見ようとしなかった。
「前のあれ、あれはちょっと、ごめん、ていうか。うん、ごめん」
僕は口を開けたままだった。鼓動は小さく、しかし速かった。
永塚が顔を上げて笑う。
「でもほら、私は他、何にもしてないしさ。他の子たちみたいには」
僕の顔がそのままの表情で固まる。
何もしていない? 何もしていないだって? そんなわけはない。そんなわけはない、踏みにじられた。
手に力がこもる。バッグごしに鞘を握りしめる。
「用ないんならもう行くよ? じゃあ」
永塚が後ろを向き、歩き出した。
僕は潰すような力を込めて柄を握った。音を立てないよう、ゆっくりと刀を抜こうとした。
そのとき、永塚が肩越しに振り向いて僕を見た。
「他の子にした方がいいんじゃない? もし、殴るとかならさ」
僕の手が止まった。柄を握ったそのままの体勢で、力だけが全身から抜け落ちていた。何度もまばたきをした。
そうじゃない、そうじゃないんだ永塚。殺したい、誰でもいいんだ。君だけが悪いわけじゃない、それは知っている。誰でもいいから殺したい、踏みにじって見下ろしてやりたい。
そう考えた瞬間、胸の中が冷たくなる。
誰でもいいのなら。なぜ僕は、あのクズどもを殺そうとしない?
復讐ではないから奴らを殺さない、それはいいとしよう。僕の優越を確認するため誰かを殺す、それもいいとしよう。だが、だったら。『この殺人は復讐ではない』そう考えたのはなぜだ? それは『僕は敗者ではないから』。なぜなら『奴らは勝者ではないから』。
だったら。僕と奴らの間に、最初から勝敗の関係はない。なら。『僕が奴らに何をしようと、復讐ではない』のではないか? なのになぜ、僕は奴らを殺そうとしない? 奴らの死をもって、直接僕の優越を確認しようとしない? どうしてそれを考えつきもしなかった?
僕は思い出す、奴らの視線がこちらを向くたび、息をひそめてうつむいたことを。決して目を合わさなかったことを。あれは、合わさなかったのか? 合わせられなかったのか?
僕は僕という城の中で籠城していたはずだった。だが、それは籠城戦だったのか? それとも、城の外へ出られなかっただけなのか?
唾を飲み込んだ。喉が動くのを感じた。手が震えた。
気づけば、走り出していた。もと来た方向へ。声を上げたかったが、永塚に聞かれたくなかった。
かなり走った後叫ぼうとしたが、胸が詰まってできなかった。息が切れてできなかった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる