そして僕らは殺意を抱く

木下望太郎

文字の大きさ
15 / 18

第15話  僕らは刃を向け合って

しおりを挟む

 しばらく歩き、僕たちは小高い山の方へと来た。息切れはとりあえず治まった。山の上へ続いている石段があったので上ってみる。石段は細く長く、ところどころで段が崩れて、むき出しの土から丈の長い草が生えている。段の両側から覆いかぶさるように木の枝がせりだしていた。
 上り切ると、神社の境内に出た。板壁造りの社は小さく、四畳半くらいの面積。手入れする人もないのだろう、屋根の瓦は黒くくすみ、割れた隙間から草が顔を出していた。
境内には何もない。石畳ですらない、草がまばらに生えているだけの地面。充分動き回れるだけの広さがあった。

 僕は社の前に荷物を下ろし、バッグだけを持った。
「ここでいいね」
「ああ」
 イヌイも五メートルほど離れて荷物を置く。タバコをくわえ、オイルライターで火をつけた。
「運動前にタバコってどうなのかな」
 僕がそう言っても、イヌイは何も言わなかった。
 その態度が、僕の頬を引きつらせた。

 僕はバッグから鞘ごと刀を出した。イヌイを見すえたまま、素早く無造作に刀を抜く。刃が鞘の内側を滑る軽い音。右手に感じる硬い質量。
背中ごしに鞘を放り捨てる。後ろの方で乾いた音がした。その音に、僕の背中が震える。それが腕に伝わり、力がこもる。両手で、柄を固く握りしめた。

 イヌイはバッグに鞘を収めたまま、刀だけを抜いた。それを僕の顔へ向ける。くわえたタバコの先を上げ、笑う。
「敗れたり、ってな。生きて帰るつもりならなんで鞘を捨て――」

 僕はさえぎるように強く息を吐いた。小さく首を横に振り、うんざりした顔を作ってみせる。
「宮本武蔵か、君は。そう言うんなら、君にはその邪魔っけな鞘を持ったままやることをお薦めするね。僕は遠慮する、後でゆっくり拾って帰るさ」

 イヌイの顔が笑った形のままこわばる。
「……いーコト言うねオマエ」
 僕も固く笑った。
「自分でもそう思うよ」
「ふぅン……」

 イヌイはバッグを捨てた。タバコを左手でつまみ、口から離した。下を向いて、ため息のように煙を吐き出す。足元の石を蹴飛ばすと、手応えを確かめるように右手で軽く刀を振っていた。

 僕も、両手で持った刀を小さく振った。頼もしい重みが腕に伝わる。これなら殺せる、きっと殺せる。当たりさえすれば斬れる。そう、それだけ。簡単なこと。
 今度こそ。今度こそ殺るんだ、この刀で。あいつなら殺せる、きっと殺せる。
 そう思ったとき。イヌイが左手で何かをこちらに放った。放物線を描いて僕の顔に向かうそれは、火のついたタバコだった。

 反射的に身を引いたそこへイヌイが走り込む。左手を顔の前に掲げ、右手の刀は溜めを作るように背後に下げている。ちょうど、テニスのサーブを打つ格好。
「おおおぉ・らッ!」
 イヌイは左手を振り下ろし、その勢いのまま右手を振り上げる。全身のバネを利かせて真っすぐ打ち下ろす。地面をも叩き割るような勢いで、風を切る音を立てて。僕の顔面へ向けて。それは刀というより、巨大な獣の爪に見えた。

 刀で受ける暇はなかった。必死に横へ跳ぶ。まなじりが裂けるかと思うほど目を見開き、振り下ろされる刀の動きを追いながら身をのけ反らす。
 目の前を銀色の流れが通り抜ける。鼻先に、刀が起こした風圧を感じた。
 巨大な爪は僕の横を通り抜け、軽い音を立てて地面に当たった。衝撃に刀身が小さく跳ね返り、土を散らす。

「ととっ……」
 イヌイが前のめりに体勢を崩し、片足跳びで何歩か跳ねる。
 僕はその隙に、全力で跳びすさっていた。構え直してつぶやく。
「危な……、あ、っぶねえ……っ!」
 腕がどうしようもなく震えていた。息が荒くなって、唾を飲み込むのに苦労した。

 イヌイが体勢を立て直し、バットのように刀を肩の上へ構えた。
 そのとき、僕は気づいた。イヌイの刀がなぜ爪のように見えたのか。
 イヌイの刀は僕に向かって反っていた。手の内側へ向けて曲がった、獣の爪みたいに。つまり、峰打ちをするように構えていた。

「……何のつもりだよ」
イヌイは片手を上げ、肩をすくめた。息をこぼして笑う。
「そりゃオマエ、当たってもだいじょぶなようによ。うっかり当たったら死んじゃうもんなぁ」

 僕は頬に力がこもるのを感じた。
「やる気あるのか。バカにしてるのか」
 イヌイは笑ったままかぶりを振る。
「テメェこそ殺る気あンのかよ? フツーさっきの隙に斬りかかるだろ」
 言った後、刀を下ろして笑う。
「つーか、よ。危ねぇ、とか言ってよぉ。当たり前だろ、斬り合ってんだ。ビビってンじゃ――」
最後まで言わせず、僕は跳びかかっていた。両手で持った刀を背中につくほど振りかぶり、全身の力で斜めに振り下ろす。

 目を見開いたイヌイが慌てて刀を掲げる。
 二人の刀は、かち合って乾いた音を立てた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...