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最終話 そして僕らは
しおりを挟むオレは全力で目をつむっていた。顔の正面に、切り裂くような冷たい風を感じた。
音がした。刃が何かに食い込む音が。
痛みはなかった。刃が触れた感触さえなかった。本当に斬られたときというのは、命がなくなるほど斬られたときというのは、こういうものかも知れなかった。痛みを感じる命さえなくなるほど、思いっ切り、何の迷いもなく斬られたときは。
だったら、いいか。
目を閉じたまま息をついた。腕を下ろす。こわばった顔から、もがいていた足から、全身から力が抜けていた。
なぜか分からないけれど、オレは安心していた。自然、笑っていた。
「……じゃあ、な」
そんな言葉さえ、口をついて出てきた。
「殺ったな、オマエ……殺れたな」
さすがにクサいセリフだと思ったとき。頭の横で何かが落ちる音がした。
目を開けてそちらを見た。そこには、刀があった。ウサミの、黒い柄巻の刀。その刀身は、先の方で折れ曲がっていた。
刃のどこにも血はついていなかった。切っ先の方に土がついているだけだった。
見れば、柄も真ん中で折れていた。今や二つに分かれて柄巻だけでつながっている柄は、灰色をしたプラスチックの断面をさらしていた。柄の真ん中には刀身の一部だろう、金属が芯のように通っていた。刀身部分とは違って、適当に鋳型に入れましたといったような汚い歪みがあった。
首だけ起こして辺りを見る。オレが寝ていた辺りから先、頭上に当たる地面に、刀が食い込んだような細い溝ができていた。
要するに。ウサミの刀は地面に当たって、オレを斬っていなかった。
腹の底から息が出た。全身から本気で力が抜け、頭がまた地面の上に落ちる。
突っ立ってるウサミと目があった。ウサミはぼうっと、口を半開きにしていた。どこを見ているか分からない、力の抜けた目だった。
寝転がったままオレは笑った。
「殺す気かテメェ」
ウサミの目がオレを見る。
「……死ぬ気か、君は」
ウサミはつぶやく。こわばっていたその肩からだんだんと力が抜けていっていた。
「何が、じゃあな、だ。だいたい……よける、暇ぐらい……あったんじゃないのか」
ウサミは肩を落として大げさなため息をつく。
「それを、それをなんだ君は。『超あせってます』みたいな感じでさ、バタバタバタバタ、バタバタバタバタ。足なんか思いっ切り地面の上を空回りさせて。なんだあれ? わざとか、死ぬ気か、殺して欲しいか?」
オレは起き上がり、地面の上にあぐらをかいた。
「さあな。そーいうフリだよ。……っつか、オマエ――」
ウサミの目を見上げ、すぐに視線をそらした。曲がった刀を見て言う。
「途中で止めた? 刀、折れてっけど」
僕は目をつむり、首を小さく横に振った。
誓って言ってもいい、止めはしなかった。止めようとはしたが、振り抜こうともした。止まりはしなかった。僕は斬ろうとしたのだ、結局。殺そうとした、迷いはあったが。
けれど。プラスチックの柄がきしみ、音を立てて真ん中で折れた。イヌイに当たるわずか手前で。
それで大きく手元が狂った、突然のことに慌てもした。刀は的を外れ、イヌイの頭の上で地面に刺さった。くにゃり、という感触があった。刀身は、地面に当たった衝撃で折れ曲がっていた。
それで。僕は本当に、安心した。
オレは立ち上がり、ひん曲がったウサミの刀を拾い上げた。刀身の曲がった部分はメッキが無残にひび割れ、表面に汚いシワが寄っている。
柄の方もこうして見ると、何でコレを思い切り振り回そうと思ったのか分からないほど、安っぽいただのプラスチックだった。
ウサミの刀を置き、離れたところに落ちていたオレの刀を拾う。
折れても曲がってもいないそれを、柄の方からウサミに突き出す。
「斬るか? もっかいよ」
ウサミの目が刀を見る。右手の指が動くのが見えた。それから息をこぼし、笑う。
「必要ない。もう、斬ったさ」
オレは笑った。同じ顔で。
「確かに、斬られた。死んだぜ、オレも」
オレは刀を握り、もと来た石段の方へ歩いた。
刀を両手で握りしめ、振り下ろす。石段の角へ思い切り。
「しゃあらっ!」
大した反動はなかった。アルミ缶を叩きつけたみたいな、柔らかく潰れる感触が先の方から伝わってきた。刀は見事に折れ曲がっていた。
ウサミに見せて笑う。
「クシャッ、っていったぜ今。くンにゃっ、ってなった。……ダメだなこりゃ」
曲がった自分の刀をかつぎ、ウサミが小さく笑った。
「ああ、ダメだ。もう武器にはならないよ。ていうか……最初から、武器じゃなかった」
ふと、何か所か斬られていたことを思い出す。見てみれば、ジャンパーの肩口はわずかに引き裂けただけ。どこかに引っ掛けたか、という程度。下に着ていたセーターも裂け、肌に傷口が赤くのぞいていたが。ネコに引っかかれたみたいな細い傷だった。手首の傷も同様。風呂入るときに痛い、で済むくらいのケガだった。
オレは肩をすくめた。曲がった刀を掲げてみせる。
「どーするよコレ、燃えないゴミ?」
「持って帰ろうよ、一応。それなりに高かったしね」
僕はそう言って、曲がった刀身に手をかけた。真っすぐにしようとしてうまくいかず、地面に置いて踏みつける。ある程度は真っすぐになったが、鞘には収まりそうになかった。あきらめて、鞘と別々にバッグに入れた。置いていた荷物を取る。
イヌイも刀をバッグに収め、荷物をかついだ。タバコをくわえ、火をつける。
「僕にもくれよ」
イヌイは驚いたように眉を上げ、タバコを差し出した。
僕がくわえると、イヌイのライターがそれに火をつけた。
軽く息を吸い、ゆっくりと吐く。笑いながら顔をしかめた。
「まずいな」
イヌイはタバコをくわえたまま笑った。
「だろ」
タバコをくわえて、僕らは石段を降りる。
イヌイが大きく伸びをした。
「つっかれたぁー……っつか腹減った」
「昼ご飯食いに行こうか。おごるよ、何がいい」
「あ~、牛丼。特盛でチーズ入りな、卵つきで」
「野菜食え」
笑った後で、イヌイはあくびをした。それから言う。
「しかしよ、昼からヒマんなったな」
「ああ――」
ためらった後、唾を飲み込んで僕は言った。
「僕んち来るか? ゲームでもやろう、それと……卒業アルバムとか見るかい、小学校の」
イヌイが妙な顔で僕を見る。
目をそらして笑った。つとめて明るく。
「僕が斬りそこねた女いたろ、あいつと同じクラスでさ。今も、小学校のときも。あれが相当なクソ女でさ、ぶっちゃけトラウマ級なんだな。ていうか、今のクラスがクソ過ぎてさ」
だいぶ迷って、妙な間が空いて、それから僕は言った。頭上の木を見上げながら。
「……その話、してやるよ」
「そっ、か」
イヌイは石段の先を見ながら言った。
「そりゃ聞きてーな。……オマエもそのうち、オレんちにさ、来いよ。や、基地じゃなくてよ、家の方。基地よっかきたねーとこだけどな。ババアも兄貴も、とんだろくでなしだがよ」
「ああ……そうするよ。菓子でも持ってさ」
イヌイは何か考えるように頭をかく。
「あー……そりゃいいんだけどよ。や、オマエんち行くし卒アルも見せてもらうけどよ」
にやりと笑って続ける。
「それよっかアレ……あるンなら見せろよ。エロ関係の本」
僕は同じ表情で笑った。
「さあ? 何のことか、さっぱりだね」
イヌイは僕の肩に手を回す。
「ウソつけ、あンだろ。オレだって持ってるって。な、言えって、あるンだろ? どこ隠してンだよ」
迷った後、僕は言った。なんだか耳が熱かった。
「……押入れのさ、段ボールの中。去年の教科書とか入れてるやつの」
イヌイは目を見開いて、僕を指差す。息を吹き出し、肩を震わせて笑った。僕の頭をはたく。
「かぶってんじゃねーよ! 同じじゃねーかソレ、オレんちの隠し場所と! 今は基地に移したけどな、今度見せてやるよ」
イヌイは息を吐いて笑った。タバコの煙が唇の端からこぼれる。
僕も笑った。煙にむせて、目に染みて、ほんのちょっと、涙がにじんだ。
(了)
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