喪失迷宮の続きを

木下望太郎

文字の大きさ
18 / 38

第18話  かつての仲間と待ち合わせ

しおりを挟む

 次の日――変わらぬ、寝ぼけたような薄闇の中だった。寝て起きた他に日が変わったという感覚はない――、ウォレスは部屋を出る。さすがに下着姿ではなく、ズボンとシャツは身につけている。足元はサンダルで、剣帯には適当な剣を一振り。

 ため息をついた。今日はどうなる、ディオンにどやされるのか。尋ねたことの返答は聞けるのか。どころかそもそも、伝言は本当に奴らのものか? 誰か別の奴が――たとえばそう、あの王女が。探りを入れてくるウォレスに業を煮やして、あるいは口封じに――かたって、はめようとしている可能性は? 

 またため息をつく。何にせよ、悪い予感しかしなかった。

 地下七百二十一階、洗濯に来る水場を過ぎた。決して階段までの最短距離ではない、アランたちを送っていったときには通らなかった。しかし今は通りかかり、足を止めた。目をやったのは階段への道ではなく、北側への分かれ道。アレシアが言った場所、その一つへの道。

 長く、鼻で息をついた。アレシアのこと、あの武器のこと。龍の宝珠。喪失した者が帰っていること。そして王女――考えて分かることでもない、なら今考えるべきじゃあない。
 それらのことを皆に話すべきだろうかと考える。昔出会った女かどうか分からない奴に頼まれて、よく分からない武器をよく分からない場所で集めているって? 喪失した者が戻ってきているって? その女に会えなくて、やけになって、泥酔してそいつの前で吐いて、おまけに龍の宝珠と関係あるか全然分かりませんって? ついでに言えば王女殿下にずっと怨まれてます、って。

 顔をしかめてかぶりを振る。
 忘れよう。それより今は、今のことだ。
 そう考えて、階段へと足を向けた。



 何度か転移の呪文を唱え、地下二十八階へと着く。
転移後、足元に地面の感覚を取り戻してすぐに、自然と鼻がうごめいた。湿度が、空気の密度が違う。どうにも下層よりずっと、乾いていて軽い。留まり続けている空気のにおいではない。地上からわずかなりと風の通る、移り変わる空気の匂い。それを吐き出すように鼻を鳴らした。

 通路を歩くとほどなく視界が開けた。方形の広場、天井もここだけは丸く高くなっていた。中央にはドラゴンの石像が牙を剥き、口からは澄んだ水を、音を立てて流していた。水は下の水路を円く巡った後で排水溝に消えていく。
 これもまた地上くさいものだ。下層にはこうした装飾は見られない。ウォレスが記憶する限り、地下二百二十九階の壁に蔓草の装飾が彫られているのが最後だった。

「来たな」
 言って、像の向こうから姿を現したのはディオン、それにシーヤだった。最下層に来たときのような完全武装ではなく、それぞれ愛用の剣と分銅鎖フレイル以外は、普段着の上から簡素な防具を身につけたのみだった。

「ああ。今日は何の話だ、他の二人は?」
 ディオンは目を合わさずに言う。表情に変わりはない。
「二人は後で合流する。今日はまあ、仕事の件についてだと思ってくれ。さ、行こう」
「ってお前、何だそりゃ。ここで済む話じゃねえのか? ちなみにこっちは何の進展もねえぜ」
 ディオンが口を閉ざし、代わってシーヤが言う。
「少々、お見せしたいものもありますので。アラン先輩たちもそちらにおいでです。申しわけありませんがご足労を」
 それだけ言って、二人は先へ歩き出す。

 ウォレスの頬が軽く引きつる。いよいよ嫌な予感が当たりそうだ。迎えに来たのだってこの二人、ディオンは言わずもがなシーヤだって、いわば国側、王宮側――教会はもちろん別権力だが、王宮とは協力関係にあると言っていい――。
 考えたくもないが考えるなら、アランとサリウスなんて呼んでいなくて。王女の命令で、兵や魔導師を大量に待機させた場所なんかにウォレスをおびき出して。拘束なりしようというつもりか? まさかそもそも、宝珠の依頼から嘘ということはないだろうな? 

 ウォレスは歯を剥き出し、その隙間から強く息を吐いた。
 どういう話だ。どういう話だよ仮にも仲間だった奴が、共に死線をかいくぐった奴らが。何の罪もない仲間を売ろうとはよ――いや、さすがに考えすぎか。罠でも何でもなくて、単にこいつらの言うとおりなのかもしれない。何より、そうであって欲しい。そうであるべきだ。

 肩をすくめ、笑ってみせた。
 まあいい、行けばすぐに分かる。それにたとえ、悪い予感の方だったとして。いったい誰が俺を捕らえられるんだ? 何百人いればこの俺を? ドラゴンを抱えてぶん投げて、壁に叩きつけて殺すような男を捕らえられる? 

 おかしくなって本当に笑った。前を行く二人が振り向き、いぶかしげな視線をよこした。

 同じ階から昇降機――一定の範囲で上でも下でも階層を行き来できる仕掛けだった。便利ではあるが多くの場合、作動させる鍵を手に入れるまでが骨折りだった――に乗る。地下二十一階で降り、歩いて別の昇降機に乗り継ぐ。

 上昇する箱の中、浮き上がるような居心地の悪さを感じながらウォレスは言う。
「どこまで連れてこうってんだ……地上うえに出ろってんなら俺ぁ帰るぜ。大体――」
 帰る、というところまで口にした時点で、慌てたようにディオンが口を開く。
「待て、そう言うな! せっかくここまで来たんじゃないか、あー、その……」
 明らかに視線をそらして黙った。
 いら立ったように、わずかに眉を寄せてシーヤが言う。
「ご心配なく。地上までは出ません、これの終点までですよ。他の先輩らもその階においでです」

 一定の感覚で昇降機が揺れ、音が響く。
「驚かれるかもしれませんね、少し」
 シーヤは不意にそう言った後、間を置いて思い出したように笑う。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。 オッサンにだって、未来がある。 底辺から這い上がる冒険譚?! 辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。 しかし現実は厳しかった。 十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。 そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――

処理中です...