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piece5 救出
無意味な意思疎通
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カンナが、ポツリと言う。
「……認めない」
剛士の形の良い眉が、訝しげに顰められる。
カンナの指が、ゆっくりと悠里を指し示した。
「こんな女、剛士くんに相応しくない。なんでこんな部外者が、剛士くんに見て貰えるのよ。私は、エリカの親友だから、剛士くんに見て貰えなかったのに。何度言っても、駄目だったのに」
カンナの言葉が、何を意味したかを悟り、エリカが目を見開いた。
高木も声は出さなかったものの、驚きの色を浮かべる。
エリカは、かつての親友に問うた。
「アンタ……剛士のこと、好きだったの? 」
カンナの無感情な目が、エリカを向いた。
「……そうよ。アンタが剛士くんと付き合ってたときと、別れてからも。剛士くんに2回も、告白したのよ」
「……そう、だったんだ」
エリカが、悲しく睫毛を伏せる。
「私、気づかなかったよ……」
「……はは。アンタ、『剛士はモテるから心配』とか言っておきながら、私のことはノーマークだったもんね」
カンナは口の端を上げ、歪んだ笑みを見せた。
「私なんか敵じゃないって、思ってたんでしょ」
「違うよ」
エリカが、真摯な瞳で否定する。
「……カンナは友だち、だった、から」
過去形にしなければならなくなった、かつての親友。
エリカは思わず、涙ぐんだ。
しかしカンナは、虚ろな光を湛えた目に、嘲笑を浮かべる。
「……おめでたい女」
エリカは一瞬、痛みに耐えかねたように、唇をへの字に曲げた。
しかし何とか気持ちを立て直し、更に問いかける。
「カンナ。私のこと、恨んでた?」
「……恨んではないよ。剛士くんに愛されてたくせに、他の男に目移りした。愚かで、汚ならしい女だって、思っていただけ」
「……そっか」
エリカは、悲しい微笑を浮かべた。
「親友だと思っていたのは、私だけだったんだね」
カンナの瞳に、一瞬、痛みが生まれた。
カンナが弁明のために、口を開こうとする。
しかしエリカの声の方が、速かった。
「謝るよ。傍にいたのに、アンタの気持ちに、気づかなかったこと。私は本当に、たくさんの人の心を、踏み躙ってしまった。カンナの気持ちも、そうだったんだね」
エリカは、ゆっくりと頭を下げた。
「傷つけて、ごめん」
「……エリカ」
「……でもね、」
エリカは自分の腕の中で、力なく泣いている悠里を、しっかりと抱き締めた。
そして、瞳に厳しい光を湛え、真っ直ぐにカンナを見た。
「私への憎しみを、悠里ちゃんにぶつけた。アンタは、間違ってる」
カンナの顔が、憤怒に歪む。
「……黙れ」
「悠里ちゃんに、剛士に謝って。私も一緒に償うから、カンナ、お願いだから……」
「黙れ!!」
カンナは激しい憎しみを、かつての親友に――もう親友ではいられなくなったエリカに、投げつけた。
「剛士くんの傍にいて、剛士くんの気持ちを独り占めして、それなのに捨てた! アンタに、私の何がわかる! アンタが私を責めるな!! 間違ってるのは、アンタだ!!」
――そうかも、知れない。
自分に、カンナを責める権利など、ないのかも知れない。
エリカの瞳から、涙が零れ落ちた。
自分のせいだ。
自分が犯した罪のせいで、何にも悪くない悠里が、傷つけられてしまった――
痛烈な自責の思いに押し潰され、エリカはただ、震える悠里を抱きしめることしかできなかった。
***
「……いい加減にしろよ」
剛士が怒りを込め、口を開く。
「部外者は、あんただ。間違ってるのは、あんただ。逆恨みで勝手なこと言ってんじゃねえよ」
「……逆恨み?」
カンナの、鈍い光を放つ双眸が、ゆらりと剛士を捕らえた。
生理的な嫌悪感が沸き上がり、剛士は胸が悪くなる。
どうしてこんな女に、悠里を傷つけられなければならないのか。
やるせない怒りに、眩暈がした。
剛士は、ギリギリと両方の拳を握り締める。
「……なんで、悠里を巻き込んだ。言いたいことあんなら、俺に直接言えよ」
激しい憤りが、彼の切れ長の瞳を燃え上がらせていた。
しかしカンナは、何が嬉しいのか、どろりとした笑みを浮かべる。
「あははっ。剛士くんに直接、言っていいの?」
カンナが、ゆっくりと剛士に歩を進める。
「じゃあ、キスして?」
「……はぁ?」
カンナが目を輝かせ、顔中に笑みを広げた。
「キスして? 私を見て? 剛士くん。そしたら、悠里ちゃんのこと、許してあげる。全部、水に流してあげる」
あまりにも突拍子のない要求と言い分に、一瞬、怒りすら削がれてしまう。
剛士は眉を顰め、こめかみを押さえた。
そうだ、昔からだ。
この女は、この女の物の考え方は、自分の理解の範疇を越えている――
パッと見は、面倒見のよい姉御肌な性格。
実際、エリカをはじめとする同級生や、自分に対して従順な後輩に対しては、献身的に世話を焼くタイプだ。
故に、バスケ部内で頼りにされている、という側面もあった。
しかしその一方で、目下の人間に対して自分の価値観を押し付け、支配しようとする人間だった。
利己的で、侮辱的な主張も少なくなかった。
それが正義だと、本人は揺るがなかった。
この女の言う「正義」に逆らったり、意見した人間を、彼女は徹底的に攻撃し、排除しようとした。
その度に、バスケ部の部長やエリカが諌め、事なきを得ていたようだが、根本的な解決には至らなかった。
苦手だった。嫌いだった。
当時から、エリカの親友でさえなければ、口をききたくもない相手だった――
剛士は、近づいてくるカンナの不気味な笑顔を睨みつけ、低い声で呟いた。
「……ふざけんな。できるわけないだろ」
「どうして? 私ずっと、剛士くんのこと、見てたんだから。エリカと別れて、剛士くんに会えなくなっても、1日も忘れたことないよ?」
カンナが目を細め、笑った。
「エリカと、悠里ちゃんの前で。私にキスしてみてよ。私を、満足させてみてよ」
理解のできない言葉を吐き出しながら、近づいてくる。
――異様だ、この女は。
もはや苦手だとか、嫌いだとかいう次元ではない。
吐き気を催してくる……
剛士は、首を横に振る。
「俺は、好きな子としかキスしない」
断固たる拒絶を込め、剛士は言った。
「私とは、できない?」
何か他の生物相手に、無意味な意思疎通を試みている気分だ。
剛士はそれでも、力を込めて拒絶を繰り返す。
「できない。俺は、気持ちのない相手とは、キスしない。……絶対に」
剛士はギリギリと歯を食い縛り、異様な女を睨みつけた。
「……認めない」
剛士の形の良い眉が、訝しげに顰められる。
カンナの指が、ゆっくりと悠里を指し示した。
「こんな女、剛士くんに相応しくない。なんでこんな部外者が、剛士くんに見て貰えるのよ。私は、エリカの親友だから、剛士くんに見て貰えなかったのに。何度言っても、駄目だったのに」
カンナの言葉が、何を意味したかを悟り、エリカが目を見開いた。
高木も声は出さなかったものの、驚きの色を浮かべる。
エリカは、かつての親友に問うた。
「アンタ……剛士のこと、好きだったの? 」
カンナの無感情な目が、エリカを向いた。
「……そうよ。アンタが剛士くんと付き合ってたときと、別れてからも。剛士くんに2回も、告白したのよ」
「……そう、だったんだ」
エリカが、悲しく睫毛を伏せる。
「私、気づかなかったよ……」
「……はは。アンタ、『剛士はモテるから心配』とか言っておきながら、私のことはノーマークだったもんね」
カンナは口の端を上げ、歪んだ笑みを見せた。
「私なんか敵じゃないって、思ってたんでしょ」
「違うよ」
エリカが、真摯な瞳で否定する。
「……カンナは友だち、だった、から」
過去形にしなければならなくなった、かつての親友。
エリカは思わず、涙ぐんだ。
しかしカンナは、虚ろな光を湛えた目に、嘲笑を浮かべる。
「……おめでたい女」
エリカは一瞬、痛みに耐えかねたように、唇をへの字に曲げた。
しかし何とか気持ちを立て直し、更に問いかける。
「カンナ。私のこと、恨んでた?」
「……恨んではないよ。剛士くんに愛されてたくせに、他の男に目移りした。愚かで、汚ならしい女だって、思っていただけ」
「……そっか」
エリカは、悲しい微笑を浮かべた。
「親友だと思っていたのは、私だけだったんだね」
カンナの瞳に、一瞬、痛みが生まれた。
カンナが弁明のために、口を開こうとする。
しかしエリカの声の方が、速かった。
「謝るよ。傍にいたのに、アンタの気持ちに、気づかなかったこと。私は本当に、たくさんの人の心を、踏み躙ってしまった。カンナの気持ちも、そうだったんだね」
エリカは、ゆっくりと頭を下げた。
「傷つけて、ごめん」
「……エリカ」
「……でもね、」
エリカは自分の腕の中で、力なく泣いている悠里を、しっかりと抱き締めた。
そして、瞳に厳しい光を湛え、真っ直ぐにカンナを見た。
「私への憎しみを、悠里ちゃんにぶつけた。アンタは、間違ってる」
カンナの顔が、憤怒に歪む。
「……黙れ」
「悠里ちゃんに、剛士に謝って。私も一緒に償うから、カンナ、お願いだから……」
「黙れ!!」
カンナは激しい憎しみを、かつての親友に――もう親友ではいられなくなったエリカに、投げつけた。
「剛士くんの傍にいて、剛士くんの気持ちを独り占めして、それなのに捨てた! アンタに、私の何がわかる! アンタが私を責めるな!! 間違ってるのは、アンタだ!!」
――そうかも、知れない。
自分に、カンナを責める権利など、ないのかも知れない。
エリカの瞳から、涙が零れ落ちた。
自分のせいだ。
自分が犯した罪のせいで、何にも悪くない悠里が、傷つけられてしまった――
痛烈な自責の思いに押し潰され、エリカはただ、震える悠里を抱きしめることしかできなかった。
***
「……いい加減にしろよ」
剛士が怒りを込め、口を開く。
「部外者は、あんただ。間違ってるのは、あんただ。逆恨みで勝手なこと言ってんじゃねえよ」
「……逆恨み?」
カンナの、鈍い光を放つ双眸が、ゆらりと剛士を捕らえた。
生理的な嫌悪感が沸き上がり、剛士は胸が悪くなる。
どうしてこんな女に、悠里を傷つけられなければならないのか。
やるせない怒りに、眩暈がした。
剛士は、ギリギリと両方の拳を握り締める。
「……なんで、悠里を巻き込んだ。言いたいことあんなら、俺に直接言えよ」
激しい憤りが、彼の切れ長の瞳を燃え上がらせていた。
しかしカンナは、何が嬉しいのか、どろりとした笑みを浮かべる。
「あははっ。剛士くんに直接、言っていいの?」
カンナが、ゆっくりと剛士に歩を進める。
「じゃあ、キスして?」
「……はぁ?」
カンナが目を輝かせ、顔中に笑みを広げた。
「キスして? 私を見て? 剛士くん。そしたら、悠里ちゃんのこと、許してあげる。全部、水に流してあげる」
あまりにも突拍子のない要求と言い分に、一瞬、怒りすら削がれてしまう。
剛士は眉を顰め、こめかみを押さえた。
そうだ、昔からだ。
この女は、この女の物の考え方は、自分の理解の範疇を越えている――
パッと見は、面倒見のよい姉御肌な性格。
実際、エリカをはじめとする同級生や、自分に対して従順な後輩に対しては、献身的に世話を焼くタイプだ。
故に、バスケ部内で頼りにされている、という側面もあった。
しかしその一方で、目下の人間に対して自分の価値観を押し付け、支配しようとする人間だった。
利己的で、侮辱的な主張も少なくなかった。
それが正義だと、本人は揺るがなかった。
この女の言う「正義」に逆らったり、意見した人間を、彼女は徹底的に攻撃し、排除しようとした。
その度に、バスケ部の部長やエリカが諌め、事なきを得ていたようだが、根本的な解決には至らなかった。
苦手だった。嫌いだった。
当時から、エリカの親友でさえなければ、口をききたくもない相手だった――
剛士は、近づいてくるカンナの不気味な笑顔を睨みつけ、低い声で呟いた。
「……ふざけんな。できるわけないだろ」
「どうして? 私ずっと、剛士くんのこと、見てたんだから。エリカと別れて、剛士くんに会えなくなっても、1日も忘れたことないよ?」
カンナが目を細め、笑った。
「エリカと、悠里ちゃんの前で。私にキスしてみてよ。私を、満足させてみてよ」
理解のできない言葉を吐き出しながら、近づいてくる。
――異様だ、この女は。
もはや苦手だとか、嫌いだとかいう次元ではない。
吐き気を催してくる……
剛士は、首を横に振る。
「俺は、好きな子としかキスしない」
断固たる拒絶を込め、剛士は言った。
「私とは、できない?」
何か他の生物相手に、無意味な意思疎通を試みている気分だ。
剛士はそれでも、力を込めて拒絶を繰り返す。
「できない。俺は、気持ちのない相手とは、キスしない。……絶対に」
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