#秒恋6 桜咲き、恋は砕け散る。〜恋人目前の2人は、引き裂かれる?甘いデートの筈が、絶望に染まった1日〜

ReN

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傷をつけたかったの

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***


「……なんで、」
カンナの瞳に、怒りの炎が宿った。
「なんで、この女なの? なんでこんな奴に、剛士くんを盗られなきゃならないのよ……」

カンナが憎悪に満ちた目で、エリカに抱かれた悠里の背を、そして剛士を見た。
「私の方が、ずっと前から、剛士くんを見てた。私の方がずっとずっと、剛士くんを知ってる」

剛士は、断固として否定を繰り返す。
「あんたは、俺のこと何も知らない。付き合ってた人の友だちだったってだけのあんたに、俺は何も見せてない」
「知ってる! ずっと近くで見てたんだから!!」

カンナは、鋭く自分を睨む切れ長の瞳に向かい、叫んだ。
「剛士くんも、エリカの親友としてじゃなくて、私を見てよ! 私、何度も好きだって言ったのに! ちゃんと私を見てよ! 答えてよ!!」


剛士は、信じられないというふうに、首を横に振った。
「俺、あんたに言われる度に、はっきり断ったつもりだけど」

「私が恋人の……エリカの親友だったから。いくら告白しても、恋愛対象として見てもくれなかったでしょ」
カンナが、低い声で問いかけてきた。


剛士は、疲れ果てたように溜め息を吐く。
「……違うよ」
もう一度、剛士はゆっくりと首を振った。

「付き合ってた人の親友だからとか、関係ない。俺は、あんたが嫌いだから、断ったんだ。何回も何回も」
剛士の声が、怒りに震える。


今度こそカンナの頭に、しっかりと刻みつけるように。
剛士はゆっくりと、気持ちを言葉に込めた。
「嫌いなんだよ、あんたのこと。人間性も、態度も、考え方も。俺の知ってる、あんたの全部が嫌いだ」

カンナの不気味な目を、剛士は真っ直ぐに睨みつける。
「実家に帰って、こっちに戻らないって聞いて、本当に嬉しいよ。2度と俺の……俺たちの前に、現れるな」


***


ビリビリと、震えるような緊張感が部屋を支配した。
剛士の怒りの瞳は、鋭くカンナを射抜き、カンナの目はどんよりと、その怒りを飲み込んでいた。


やがてカンナが、場違いな明るい声で、笑い始める。
「――いいよ? 私の目的は、もう、果たせたから」

剛士も、エリカも、カンナの味方であるユタカさえも。
彼女の心の機微が読み取れず、眉を顰める。


「わかってるよ? 始めから。剛士くんが、私の手に入らないってことくらい」
カンナは、楽しそうにすら見えるほどの輝いた目で、剛士を見た。

「だったら、なんで……」
「傷をつけたかったの」
剛士の問いに被せる勢いで、カンナが答える。

彼の冷ややかな視線を意に介さず、カンナは、うっとりと頬を緩める。
「最後に剛士くんの心を、私でいっぱいにしたかったの。一生消えない傷を、つけてやりたかったの」

カンナが、大きな笑い声を上げた。
「ねえ、剛士くん? これで一生、私のこと、忘れられなくなったでしょ?」


彼女の意図を知り、ぞっとした。
息が詰まりそうなほどの頭痛と動悸が、剛士を襲う。

カンナは笑いながら、剛士に向かって首を傾げてみせた。
「剛士くんって、自分が直接傷つくよりも、好きな子を傷つけられることの方が苦しいもんね?」

剛士は掠れた声で、カンナに尋ねた。
「……悠里に手を出したのは、それが目的?」
「ふふっ、ほらね! 私、剛士くんのこと、よくわかってるでしょ?」

カンナは悠里を指すと、憎々しげに言い放った。
「コイツは私から、剛士くんを、エリカまでも奪った。当然の報いよ」

そうして剛士に向かい、カンナは満足げに微笑を浮かべた。
「コイツに、制裁を加えることができた。私を見てくれなかった、貴方の心にも。親友の私よりもコイツの味方した、エリカの心にも。一生消えない、私の傷をつけることができた。だからもう、思い残すことはないよ」


剛士は声も出せずに、じっとカンナの笑った顔を見つめた。
カンナへの怒りと、恐怖にも似た嫌悪感。
何よりも、悠里に危害を加えた理由が、自分への異様な執着だという、衝撃。


剛士の全身から感情が溢れ出し、理性が沈んでいく――


その感情に身を任せ、剛士はカンナに向かって、歩き出そうとした。

高木が、強く拳を握り締めた剛士の腕を強く引き、止める。
「――しっかりしろ。飲まれるな」

剛士は答えず、なおもカンナを睨みつけ、歩を進めようとする。
「剛士、剛士、駄目だ」
「……離せよ」


剛士の脳裏に、いつもの愛らしい悠里の笑顔と、部屋に飛び込んだときに見た、痛々しい姿が去来した。


いつもは、サラサラと美しく輝いている、長い髪。
グシャグシャに乱されてしまった、長い髪。

いつもは、上品に着こなしている、キャメルの制服。
無惨に引き裂かれたブラウス、晒された下着と素肌。

心に結んだ、いつもの可愛らしい姿が、粉々に砕けていく。
代わりに現れたのは、幾つもの擦り傷と痣のできた、色白の脚。
か細い泣き声。ガタガタと震える、小さな身体――


頭が、真っ白になっていく。


「剛士!」
「うるせえ!」
高木からの制止を、鋭く叩き落とす。

――許さない。
こいつは、この女だけは――!!


「駄目だ剛士、 堪えろ!」
更に大股で、カンナに掴み掛かろうとする剛士。
高木は必死に彼を羽交い締めにし、ユタカは慌ててカンナを庇おうと立ち塞がる。

高木は懸命に、剛士の理性に働きかけた。
「お前、ここまで必死に、がんばってきたじゃねえか。ここで手を出しちまったら、全部、水の泡だ。しっかり……しっかりしろ」


剛士は、震えるほどに握り締めた拳から、力を抜くことはできなかった。
が、何とか脚だけは、止めた。

高木の声も、やるせない怒りに震えていた。
「こんな頭のおかしい女のために、お前が犠牲になるな。堪えろ。堪えろ……」
 

シン、と部屋が静まり返った。

高木が、ギロリとユタカを睨みつける。
「――おい。今すぐ、このクソ女を連れて出てけ。剛士が耐えてくれてるうちに」

ユタカは、ハッとしたように頷き、カンナの肩を叩いて退室を促す。
部屋の隅で、事の推移を窺っていた後輩2人も、慌てて寄ってきた。


カンナも、思い残すことはないというのは、本心だったのだろう。
素直に、ユタカの手に従う。

「カンナ……」
ユタカにそっと背を押され、ドアに向かう彼女。
エリカは、小さな声で呼びかける。
しかしカンナは、エリカには目もくれず、楽しげに肩を揺らした。


「――ねえ、悠里ちゃん?」
カンナは、どろりとした笑みを顔に貼り付け、言い放った。

「これでもう、剛士くんと付き合うなんてバカなこと、考えられなくなったでしょ?」

ビクッと身を固くし、縮こまる悠里の背に向かい、カンナは笑う。
「ねえ。今日のこと、忘れないで? 悠里ちゃんはもう、汚れちゃったんだからね? 剛士くんに、相応しくないんだからね?」


カンナの最後の言葉は、悠里への、呪いだった。
その場にいる全員が、凍りついた。


憤りに任せて再び脚を踏み出そうとした剛士を、高木は引き摺られながらも必死にとどめる。

「カンナ!!」
エリカは、かつての親友に向かって叫んだ。

「……さよなら」
カンナは呪いの笑みを消し、最後にチラリと、かつての親友を見た。

そうして、ユタカに急かされるのを気にも留めず、悠々とドアの向こうに消えていった。


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