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piece3 剛士の練習試合

悠里のストーカーと剛士へと嫌がらせ

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「先生、ちょっといいすか?」
放課後、開けっぱなしにしていたドアが、軽くノックされた。
「おう。生活指導室に来客なんて、珍しいな」

椅子の背もたれを傾け、生活指導教諭の谷は剛士に振り向くと快活に笑った。
「好んで来る場所じゃないですからね」
「茶ぐらい出してやるのになあ」
剛士の軽口に冗談で返し、谷は手招きした。
「入れよ」

部活に行く前に寄ったのだろう。
バスケ部のロゴが入ったバッグを片手に、剛士が室内に入ってきた。
静かにドアを閉めてこちらにやってくる剛士を見て、谷は彼が深刻な話をしに来たことを悟った。

「どうした?」
机に並べていた書類を端に追いやり、谷は剛士に向き直る。
勧めた椅子に腰かけると、剛士は真っ直ぐに谷を見つめた。
「相談があります」


剛士が、悠里と学校の行き帰りを共にするようになってから、ちょうど1週間が経つ。
剛士の身の周りには、異変が起こり始めていた。


剛士は谷に尋ねる。
「こないだ校門にいたマリ女の2人で、俺が傘に入れたって言った方の子、覚えてますか?」
「ああ、」
記憶を手繰り寄せるように、谷は天井に目を向ける。
「覚えてるぞ」

自分に話しかけてきた、女子生徒の顔を思い浮かべる。
『先生、違うんです!』
部活動禁止令を出されそうになった剛士を庇うために、目に涙を浮かべ必死に訴えてきた生徒だ。
彼女の態度を見て、少なくとも剛士と拓真が、彼女たちに危害を加えたということはなさそうだと谷は判断した。

『お礼を言いに来たんです。それだけです』

その言葉が嘘であることは、もちろんわかっていたが、彼女の必死な気持ちに免じ、深い追及をせずに見逃すことにした。
しかし剛士がここに現れたということは、やはり何か、問題が起こっているのだろう。

谷は、眉間に皺を刻む。
「……彼女が、どうした?」
まずは剛士の話に耳を傾けよう。谷は続きを促した。


剛士は言った。
「あの子は今、ストーカーに遭っています」

「ストーカー?」
物騒な話題に、谷の目が険しくなる。
「はじめは、無言電話だったそうです。それがエスカレートして、自宅に封筒が届きました。中身は、盗撮された彼女の写真と、手紙です」
「手紙? どんな?」

剛士の顔が曇る。
少しの沈黙の後、彼は短い答えを返してきた。
「……ヤリたいとか、そんな内容でした」
そんな剛士の様子から、手紙の内容はもっと、口に出したくないほど下劣なものだったのだろうと谷は推察した。

「それは……大変なことになっているな」
他校の生徒である彼女のストーカー被害を、彼女の学校や警察にではなく、自分に相談しに来た。

剛士の意図が見えてくる。
大問題だ。今から彼が口にするであろう内容は……
谷は眉間の皺を深くし、彼の結論を待った。


剛士は、端的に意見を述べた。
「彼女のストーカーは、ウチの生徒だと思います」
「……根拠は?」

剛士がスマートフォンを取り出し、いくつかの画像を示した。
『死ね』と乱暴な字で書かれた紙。
刃物のようなもので傷をつけられた、机やロッカー。
砂を大量に入れられた靴箱。

「……これは」
谷は目を見開いた。
「俺への嫌がらせです」
剛士が低い声で応えた。
「この1週間、俺は彼女と学校の行き帰りを一緒にしています。嫌がらせは、それからすぐに始まりました」

「……なるほどな。それで、ストーカーとお前に対する嫌がらせが、同一犯によるものだと」
谷は納得したように、2、3度頷いた。
「嫌がらせの内容を見ても、外部の人間とは考えにくいので」


谷は低く唸り、再び首を縦に振る。
嫌がらせの目的は、剛士が彼女に近づいたことへの牽制。
犯人は、剛士のことを知っている人物。
なおかつ彼の机やロッカーの場所を知ることができ、校内に居ても怪しまれない人間。
すなわち、勇誠学園の生徒。
確かに、そう考えるのが自然だと谷も思った。

柴崎は頭の良い生徒だ。
話す内容はいつも理路整然とし、彼が熟考を重ねた上で発言しているのがわかる。
彼の意見には常に明確な根拠が示され、信頼に足る説得力があった。
柴崎のことを、谷はもちろんのこと、他の教員も一目置く理由のひとつだ。


「……事情はよくわかった。お前の推論は的を射ている。しかし、まだ確証があるわけではない。まず俺が動けるのは、お前の受けている嫌がらせの件だ」
谷は剛士の瞳を見据え、言った。

「彼女のストーカー行為との関連は、お前への嫌がらせの犯人を捕まえて自白させるしか、方法はないな」
剛士は頷く。谷は続けた。
「事が事だから、おおっぴらに騒ぐと犯人を見つけ辛い。それに、何人かの先生に話を通しておく必要もありそうだ。その辺りの根回しは、俺に任せてくれるか?」
「お願いします」

「よく、相談してくれた」
谷は力強く頷いた。
「卑劣な嫌がらせを受けて、お前も辛かっただろう」
剛士は首を横に振り、答えた。
「彼女の気持ちを考えたら、俺のなんて大したことじゃないです」
「……そうか」
谷は微笑んだ。そして問いかける。


「ところで、どうしてお前は、彼女のストーカー被害に関わることになったんだ?」
「偶然です」
剛士は応える。
「でも、知ったからには、ほっとけないですから」

谷は、いつもの豪快な笑いを覗かせた。
「まあ俺は、健全な男女交際であれば口を挟む気はないから、安心しろ」
「……そんなつもりじゃないです」
途端に憮然とした表情になり、剛士は部活用のバッグを片手に立ち上がる。

そんなつもりでないにしては、ずいぶん親切なものだと谷は微笑ましく思いつつ、しっかりと頷いた。
「一刻も早く、犯人を突き止めよう。彼女のためにもな」
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