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piece2 剛士の決意

楽しい下校、芽生える仲間意識

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「悠里、柴崎さんから連絡あった?」
彩奈が問うた。
スマートフォンを片手に、悠里は頷く。
「うん。いま部活終わったって」
「くうーっいいなー。ラブラブだー!」
「だから、そんなんじゃないってば」

何度目だろう、悠里が困ったように否定した。
「お願いだから、柴崎さんの前で変なこと言わないでね?」
頬を赤らめ、悠里は念を押す。
彩奈は、カラカラと笑いながら、親指を立ててみせた。

不安だ。悠里は溜め息をつく。
その様子に笑みを浮かべながら、彩奈は言った。
「そろそろ、待ち合わせ場所に行った方がいいよね。行こう!」

剛士の部活が終わるまで悠里は彩奈と共に学校で待機し、その後に待ち合わせて一緒に帰ることになっていた。
そうすれば、悠里が1人になる時間がないからと、彩奈から申し出てくれたのだ。

友人の暖かさに、悠里は慰められ、力づけられた。
2人は笑い合いながら、教室を後にした。


「あ、いたいた!」
待ち合わせ場所は、互いの学校の分かれ道となる交差点。
彩奈が嬉しそうに道の先を指差した。
「あ、お友だちも一緒じゃん! おーい!」
彩奈が大きく両手を振る。
あちら側からも、金髪の友人――拓真が手を振り返すのが見えた。

「やっほー」
拓真が、人懐っこい笑顔を見せた。
「あんたもいたのー?」
彩奈が軽口を叩く。
「失敬な!そりゃいるでしょ!」
拓真が言った。

「ゴウがマリ女と関わるなんて、意外すぎるもん。これはよっぽど悠里ちゃんが気になるってことだよねー!」
「余計なこと言うな」
剛士が拓真の頭を勢いよくひっぱたく。
「いってえー!」
「そんなんじゃないっつの」

「あはは、悠里と同じこと言ってる!」
彩奈が囃し立てた。
たちまち悠里の顔が真っ赤になる。

彩奈は喜々として剛士に笑いかけた。
「悠里、ほんと良い子ですよ! かわいいし、癒し系だし。それでいて、ご両親が海外にいることが多いから、しっかり自立もしてるし!」
「ちょ、ちょっと彩奈!」

突如、悠里のセールストークを始める親友に、悠里は真っ赤な顔で抗議する。
慌てて彩奈の口を塞ごうとするが、ひらりとかわされた。
「あと、料理とか編み物とか、何か作るのが上手い! 得意料理はカレー!!」
「彩奈!」

「へえ、悠里ちゃん、カレー得意なんだあ!」
拓真が参戦する。
「ゴウ、カレー好きだよ? 2日にいっぺんは学食で食ってるもん!」

「別にいいだろ」
照れ隠しなのか、むっとしたような声で剛士が応じた。
彩奈が楽しそうに笑った。
「お似合いだねえ、お2人さん!」

それを聞き、拓真の矛先が彩奈に向く。
「なんか彩奈ちゃんって、仲人のおばちゃんみたいだね!」
「誰がおばちゃんよ!」
今度は彩奈と拓真の舌戦が始まった。

「何か騒々しいけど……まあ、気にすんな」
「はい……」
溜め息混じりの剛士の呟きに、耳まで赤く染まったままの悠里は、小さく頷いた。


こうして4人で、わいわい歩く帰り道は、楽しかった。
駅まで行けば別々の電車なのだが、着く頃には、もう仲間意識のようなものが芽生えていた。

ふと、剛士と目が合う。彼は小さく微笑を浮かべた。
悠里もそっと、微笑み返す。

――何だか、不思議。
剛士とは雨の日に偶然出会って。再会したのは、イタズラ電話がきっかけで。
拓真と出会ったのは、自分と彩奈が勇誠学園に押しかけたからで。

全ては、偶然の重なり。
――それがこんなふうに、一緒に歩くようになるなんて。

「柴崎さん! 悠里をよろしくお願いします!」
まるで娘を嫁に出す母親のように、彩奈は剛士に頭を下げた。
「はいよ」
彩奈のキャラクターにも慣れたのか、剛士は軽い調子で返事をする。

「じゃあ、また明日ね! 悠里ちゃん」
拓真は悠里に向かい、にっこりと人懐っこい笑顔を見せる。
彼の人柄につられて、悠里も明るく微笑んだ。


別れの挨拶を済ませると、彩奈と拓真は肩を並べて別のホームに歩いて行く。
偶然にも、この2人は同じ路線だ。
それを見送り、剛士が悠里に言う。
「俺たちも、行くか」
「はい!」

悠里と剛士も、連れ立って歩き始める。
こんなにホッとする帰り道は、久しぶりだ。
ずっと、独りきりで不安を抱えていた自分が嘘のように、悠里の心は安心感に包まれていた。
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