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piece9 おまけのお話 悠里と剛士

遠くない未来

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『悠里』
「ゴウさん」

悠里を家まで送り届けた剛士は、帰宅後、電話をくれた。
悠里は自室のベッドの上で、彼の声を大切に受け入れる。


つい先程まで、一緒にいた。
彼の温もりを、一身に感じていた。
嬉しくて、気恥ずかしくて、悠里は小さく笑う。
「ゴウさん。今日はありがと」
剛士も同じように、照れ笑いを零して、答えてくれた。
『俺の方こそ』


剛士が、楽しげに囁いた。
『なかなか、スリルあったよな』
「ふふ、私、寿命が縮まりそうだった」
悠里も、クスクス笑う。
「一生、忘れられないよ」
『……ん、俺も』

剛士が、悪戯っぽい笑い声を立てる。
『でも、健斗が入って来てくれて、ちょっと助かったかも』
「え?」
『正直、俺の理性が危うかった』
「うぅ……」


剛士の逞しい胸と、耳元で囁かれる甘い感覚。
暖かい腕に抱き竦められて、髪に、手の甲に、指に。
たくさんの優しいキスを落とされた、胸の疼き。

剛士がくれた温もりを鮮明に呼び覚まされ、悠里はひとり、真っ赤になってしまう。


『ごめんな。嫌じゃなかった?』
「い、イヤじゃないよ!」
剛士に優しく問いかけられ、悠里は慌てて否定する。
悠里は、きゅっと自分の胸を押さえた。

「……もっと」
『ん?』
「もっと、して欲しかったの……」
あのときの衝動を、悠里は言葉にした。

剛士が、ふっと微笑する。
『……可愛いな、悠里』
彼の声音は、とても柔らかい。
『俺も。もっと、悠里に触れていたかったよ』
「ゴウさん……」
恥ずかしくなりつつも、悠里は素直に気持ちを伝えられる喜びを感じていた。

剛士が、冗談めかして言った。
『俺が、元カノとの話を終えてたらさ。悠里を俺の彼女だって、健斗に言えたかなあ』
「ふふっ、あのタイミングは、ちょっと問題ですよ?」
悠里も思わず、笑ってしまう。


ひとしきり2人で笑い合った後、剛士は、声音を整えて言った。
『今日、いろいろあり過ぎて、言いそびれてたんだけど。俺、春休み入ってすぐの土曜日に、あの人と、その彼氏と。話してくるよ』
「……うん。わかった」

悠里の両親に剛士と拓真を紹介するために、延期にして貰った話し合い。
春休みに入ってすぐの土曜日――つまり、今度の土曜日。
剛士はエリカと、彼の先輩でもある彼女の恋人と、会うのだ。


『ずっと待たせてて、ごめんな』
「ううん……私のために、ありがとう」
『悠里のこと、もう不安にさせないように。ちゃんと向き合って、終わらせて来るよ』
「……うん」
悠里は小さく息を吸って、頷いた。


『終わったら、連絡する』
「うん」
『昼過ぎに会うから、夕方には、悠里に電話できると思う』
「わかった……待ってるね」

剛士が、優しい声で願う。
『もし、お前に時間があったら。その後、俺と会ってくれる? 俺……悠里の顔を見て、直接言いたいんだ』

甘く揺れる胸を抱えて、悠里は応えた。
「……うん。もちろん」
『俺に告白される心の準備、しといてな?』
「ふふ……うん!」
当然のように伝えられた告白予告に、悠里は照れ笑いを零してしまう。

『それで、近いうちに健斗にも、お前のこと、紹介させてな』
「はい!」
悠里は喜びに浮き立ちながら、明るく答えた。


『悠里』
剛士は、電話越しの愛しい気配に向かい、囁いた。
『俺のこと、待っててくれてありがとう』
「……私も」
悠里も同じように、電話越しの温もりをしっかり感じて、応える。
「一緒にいてくれて、ありがとう」

ゆっくりと、時間をかけてくれた。安心させてくれた。
友だちとして傍にいながら、真っ直ぐな気持ちを、伝えてくれた。
おかげで剛士のことを、たくさん知ることができた。
そして自分のことも、剛士はたくさん、わかってくれた。
ひとつひとつの出来事が、かけがえのない時間になった。

もっと、もっと、一緒にいたい。
彼といる時間が増えるほど、そう思えた。


『これからは、2人で前に進もうな』
「うん」
『……これからも、よろしく』
「ふふ、よろしくお願いします」
2人で柔らかく、笑い合った。


そう遠くはない、幸せな未来。
2人ではっきりと、思い描くことができる。
「ゴウさん……ありがと」
『俺の方こそ』
「……大好きだよ」
『……俺も』
耳元で聴こえる、確かな幸せ。

『大好きだよ。悠里』

剛士がくれる、幸せな未来の約束。
悠里は大切に大切に、心に抱き締めた。
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