上 下
20 / 94
piece3 明確な悪意

仮病

しおりを挟む
いま、剛士の声が聴けたら、どんなにいいだろう。

でも、駄目だ。
ついこの間、部活中の剛士に電話をしてしまったばかり。
バスケ部に心血を注いでいる彼の、邪魔をしたくない。

クラスメートや、電車内の見知らぬ人にまで心配をさせてしまう自分。
こんな状態で、剛士と話すわけにはいかない……


悠里は、スマートフォンに入れたスケジュールを確認する。
今日は、木曜日。
今週の土曜日に、いつもの4人で集まる予定があった。

悠里は、そっとスマートフォンを握りしめ、深呼吸をする。

大丈夫。すぐに、剛士に会える。
今夜と、明日1日。我慢すれば良いだけだ。
むしろ、それまでに自分は、しっかりと気持ちを立て直さなくては。

彩奈にも拓真にも、そして剛士にも。
誰にも心配をかけたくない――

「……寝よう」
家族には申し訳ないが、今日だけ、お腹が痛いふりをして、休ませて貰おう。


悠里は、まだ仕事中であろう母親にメッセージを送る。
『ごめん、お腹が少し痛いので寝ます。悠人の晩ごはん、何か買ってきてあげて』

時刻は18時過ぎ。
弟の悠人が帰宅するのは、今日は20時ぐらいのはずだ。

きっと母は、今日も残業の予定を組んでいただろうな、と胸が痛む。

忙しい母と父を少しでも助けたくて、いつも担当している晩ごはん作り。
それを自分の都合でサボることに、後ろめたさを感じる。
がんばれない自分を嫌悪する。

「……最低だ、私」
悠人にもメッセージを送り、悠里は手早くシャワーだけを浴びに行った。


母からは、すぐに返信が来ていた。
『了解です。大丈夫? 今から帰るから、待っててね』

鼻の奥がツンと痛み、悠里は唇を噛んだ。

優しいメッセージへの感謝と、嘘をついた罪悪感が、ないまぜになる。
それは今日感じた、様々な感情と一緒にポロポロと零れ落ちて、悠里の頬を濡らしていった。

タオルに顔をうずめ、悠里はベッドの中で丸くなる。
今ならまだ、誰もいない。
小さくしゃくり上げながら、悠里は1人、感情を流し続けた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

可哀想な私が好き

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,927pt お気に入り:539

失業日記(仮)

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:2

ジンクス~雨時々曇り

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:235pt お気に入り:0

水没都市と空のクジラ

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

婚約を破棄された令嬢は舞い降りる❁

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:3,168

処理中です...