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piece8 ガラスの心
時間を戻されたような感覚
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小さく深呼吸し、剛士はまず、彼女の問いかけに答えることから始める。
「……うん。俺の中に、あの人に対する気持ちが、残っていたんだと思う」
正直に、剛士は言った。
元恋人への気持ち。
悠里を傷つけてしまう言葉だと、わかっていた。
けれど彼女に対して、嘘をつきたくない。
自分にできる精一杯で、剛士は正直な気持ちを、言葉にしていく。
「未練があるとか、そういうんじゃない。けど、顔を見た瞬間、昔に巻き戻されたみたいで。俺の中に埋まってた、昔のままの感情が、いきなり掘り起こされるみたいで……」
自嘲気味の暗い笑みを浮かべ、剛士は一瞬、目を伏せた。
「……はは、なんでだろうな。化石じゃあるまいし」
最後の言葉は冗談になり損ね、苦しい吐息のように彼の唇から零れ落ちた。
彼の言葉ひとつひとつが、悠里の胸に深く突き刺さり、痛みが広がっていく。
この気持ちを、どう受け止めれば、いいだろうか。
未練ではないと、剛士は真っ直ぐに自分を見て、そう言った。
けれど、この数日のうちに何度も見た、悲しく沈む切れ長の瞳。
苦しそうに引き結ばれた唇。
彼の中にある『あの人に対する気持ち』とは、何だろうか。
『昔に巻き戻されたみたい』な感覚とは、何を意味するだろうか。
きっと、剛士自身にもまだ、正体は掴めていない。
彼の中に埋まっている『昔のままの感情』。
それが、掘り起こされたら。
その正体を知ってしまったら。
自分たちは、これからも一緒にいられるだろうか――
繋いだままの手から、体温が抜けていく。
彼の姿が涙に滲んで、正確な像を結ばなくなる。
消えていく。
今日、大切に集めてきた剛士との温もりが。
未来へと続いていけると思えた、優しい希望が……
不安で怖くて、全てが崩れてしまいそうだった。
けれど、泣いてはいけない、まだ。
悠里は瞬きを繰り返し、涙を心に押し込む。
「……ごめんな。不安な思いをさせて」
悠里を映し返す切れ長の瞳は、優しい色を浮かべたままだった。
悠里は首を振り、必死に答える。
「大丈夫だよ。聞かせて……」
そうして目を逸らさずに、剛士を見つめる。
彼が嘘偽りなく、真っ直ぐに語りかけようとしてくれているのがわかるから、自分も応えたかった。
彼の心を、真っ直ぐに見つめたかった。
剛士はきっと、悠里に伝えたくて、知って欲しくて。
必死に言葉を探しているのだから。
悠里は唇を噛み締め、剛士の言葉の続きを待った。
剛士が一瞬目を閉じ、小さく息を吸う。
またひとつ、本当は見せたくなかったはずの心の中を、彼がさらそうとしているのが悠里にもわかった。
「……悠里。拓真から、大体のことは聞いてるよな」
ズキリと、彼女の胸が悲鳴を上げる。
カラオケルーム。残った3人で話した。
彼の過去を聞いた。
拓真の、怒りを滲ませた声。
悲しみに沈んだ声。
ありありと思い起こすことができる。
剛士のいない場所で、剛士の傷に、踏み込んでしまった。
そのときの後ろめたさと悲しさが蘇り、悠里は睫毛を伏せた。
「……うん。ごめんなさい」
「別にいいよ。昔の話だし」
剛士は、何でもないことのように応える。
そして、悠里は何も悪くないと言うかのように、優しい顔で微笑んだ。
「本当は俺が、自分で話さなきゃいけなかった。なのに、何も説明せずに帰った。拓真に任せきりにした……俺が悪い」
自分たちと離れて、元恋人と話をしたことを指すのだろう。
刻みつけるように、自身を責める言葉を口にする彼が、悲しい。
「ちゃんと俺の言葉で説明しなくて……逃げて、ごめん」
剛士はもう一度、真っ直ぐに悠里を見つめながら謝罪の言葉を口にした。
チカチカと輝く、優しいイルミネーションの光が、ずっと遠くに感じる。
冷え切った風が寂しい溜め息のように、2人の周りを吹き抜けた。
「情けないけど、どうしていいか、わからなくなったんだ。みんなと合流しても、時間を戻されたような感覚から、抜け出せなくて」
剛士の声が、風に吹かれる蝋燭の火のように、時折頼りなく揺れる。
「拓真にも彩奈にも、悠里にも……気を遣わせてるって、わかってたのに、気持ちを立て直せなくて。お前の顔を見ることすら、できなかった」
繋いだままの大きな手が、縋るように悠里の手を握った。
剛士の感じている『時間を戻されたような感覚』。
剛士自身も、その感覚に戸惑い、迷っている。
そして、理由を探り当てようと、もがき苦しんでいるのが伝わってきた。
ぎゅっと、必死に悠里の手を握る彼の本心は、どこにあるだろうか――
悠里は目を凝らして、彼の瞳の奥を見つめる。
「……うん。俺の中に、あの人に対する気持ちが、残っていたんだと思う」
正直に、剛士は言った。
元恋人への気持ち。
悠里を傷つけてしまう言葉だと、わかっていた。
けれど彼女に対して、嘘をつきたくない。
自分にできる精一杯で、剛士は正直な気持ちを、言葉にしていく。
「未練があるとか、そういうんじゃない。けど、顔を見た瞬間、昔に巻き戻されたみたいで。俺の中に埋まってた、昔のままの感情が、いきなり掘り起こされるみたいで……」
自嘲気味の暗い笑みを浮かべ、剛士は一瞬、目を伏せた。
「……はは、なんでだろうな。化石じゃあるまいし」
最後の言葉は冗談になり損ね、苦しい吐息のように彼の唇から零れ落ちた。
彼の言葉ひとつひとつが、悠里の胸に深く突き刺さり、痛みが広がっていく。
この気持ちを、どう受け止めれば、いいだろうか。
未練ではないと、剛士は真っ直ぐに自分を見て、そう言った。
けれど、この数日のうちに何度も見た、悲しく沈む切れ長の瞳。
苦しそうに引き結ばれた唇。
彼の中にある『あの人に対する気持ち』とは、何だろうか。
『昔に巻き戻されたみたい』な感覚とは、何を意味するだろうか。
きっと、剛士自身にもまだ、正体は掴めていない。
彼の中に埋まっている『昔のままの感情』。
それが、掘り起こされたら。
その正体を知ってしまったら。
自分たちは、これからも一緒にいられるだろうか――
繋いだままの手から、体温が抜けていく。
彼の姿が涙に滲んで、正確な像を結ばなくなる。
消えていく。
今日、大切に集めてきた剛士との温もりが。
未来へと続いていけると思えた、優しい希望が……
不安で怖くて、全てが崩れてしまいそうだった。
けれど、泣いてはいけない、まだ。
悠里は瞬きを繰り返し、涙を心に押し込む。
「……ごめんな。不安な思いをさせて」
悠里を映し返す切れ長の瞳は、優しい色を浮かべたままだった。
悠里は首を振り、必死に答える。
「大丈夫だよ。聞かせて……」
そうして目を逸らさずに、剛士を見つめる。
彼が嘘偽りなく、真っ直ぐに語りかけようとしてくれているのがわかるから、自分も応えたかった。
彼の心を、真っ直ぐに見つめたかった。
剛士はきっと、悠里に伝えたくて、知って欲しくて。
必死に言葉を探しているのだから。
悠里は唇を噛み締め、剛士の言葉の続きを待った。
剛士が一瞬目を閉じ、小さく息を吸う。
またひとつ、本当は見せたくなかったはずの心の中を、彼がさらそうとしているのが悠里にもわかった。
「……悠里。拓真から、大体のことは聞いてるよな」
ズキリと、彼女の胸が悲鳴を上げる。
カラオケルーム。残った3人で話した。
彼の過去を聞いた。
拓真の、怒りを滲ませた声。
悲しみに沈んだ声。
ありありと思い起こすことができる。
剛士のいない場所で、剛士の傷に、踏み込んでしまった。
そのときの後ろめたさと悲しさが蘇り、悠里は睫毛を伏せた。
「……うん。ごめんなさい」
「別にいいよ。昔の話だし」
剛士は、何でもないことのように応える。
そして、悠里は何も悪くないと言うかのように、優しい顔で微笑んだ。
「本当は俺が、自分で話さなきゃいけなかった。なのに、何も説明せずに帰った。拓真に任せきりにした……俺が悪い」
自分たちと離れて、元恋人と話をしたことを指すのだろう。
刻みつけるように、自身を責める言葉を口にする彼が、悲しい。
「ちゃんと俺の言葉で説明しなくて……逃げて、ごめん」
剛士はもう一度、真っ直ぐに悠里を見つめながら謝罪の言葉を口にした。
チカチカと輝く、優しいイルミネーションの光が、ずっと遠くに感じる。
冷え切った風が寂しい溜め息のように、2人の周りを吹き抜けた。
「情けないけど、どうしていいか、わからなくなったんだ。みんなと合流しても、時間を戻されたような感覚から、抜け出せなくて」
剛士の声が、風に吹かれる蝋燭の火のように、時折頼りなく揺れる。
「拓真にも彩奈にも、悠里にも……気を遣わせてるって、わかってたのに、気持ちを立て直せなくて。お前の顔を見ることすら、できなかった」
繋いだままの大きな手が、縋るように悠里の手を握った。
剛士の感じている『時間を戻されたような感覚』。
剛士自身も、その感覚に戸惑い、迷っている。
そして、理由を探り当てようと、もがき苦しんでいるのが伝わってきた。
ぎゅっと、必死に悠里の手を握る彼の本心は、どこにあるだろうか――
悠里は目を凝らして、彼の瞳の奥を見つめる。
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