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piece5 剛士――過去との和解
悠里の様子とメッセージ
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***
待ち合わせの公園に辿り着くと、既に高木とエリカの姿があった。
藤棚の下、木でできたテーブルとベンチ。
2人は沈痛な面持ちで、何ごとかを話し合っていた。
剛士が来たことに気がついた高木が、優しい微笑みを浮かべ、手を振ってくる。
対してエリカの方は顔を強張らせ、ふっと視線を下げた。
「昨日は、すみませんでした」
剛士は、テーブルを挟んだ向かいのベンチに座る前に、2人に頭を下げた。
高木も――今度はエリカも、優しく微笑んで剛士を迎える。
「剛士。監督との話は、どうだった?」
高木はまず、気遣わしげに午前中の面談の結果を問うてくる。
「はい……何とかなりました」
「うん……そっか」
無理に聞き出そうとはせず、高木はゆっくりと、相槌を打ってくれる。
その静かな空気感に緊張が緩み、剛士は照れ笑いに近い微苦笑を零した。
「健斗とか、部員のみんなが、監督に直談判してくれて……」
高木の優しい笑顔が、膨らんだ。
「そっか……良かったな、剛士」
「……はい」
こうして部活の話をしていると、まるでバスケ部の先輩後輩に戻ったようだった。
高木が部にいた頃、剛士が悩みを抱えているときはいつも、声を掛けてくれた。
めざとく、それでいて、さりげなく、話を聞いてくれたり、励ましてくれた。
頼りになる、優しい先輩だった。
包容力のある、暖かい先輩だった――
もし彼に、先程の健斗とのやり取りも相談できたなら、気持ちも落ち着くだろうな、と剛士は思った。
しかしいまは、高木に部活のことで甘えている場合ではない。
剛士は声の調子を切り替えて、今日の本題に入った。
主に、エリカの方に目を向けて。
「おとといは、本当にありがとうな」
エリカは堅い表情で、それでも必死に口元に笑みを浮かべて首を振ってみせた。
そうして、小さな声で話し始める。
「剛士たちがあの部屋を出て、割とすぐに先生が来た。悠里ちゃんには奥に隠れて貰って、私1人で部屋の掃除をしていたことにしたの。だから学校側には、あそこに悠里ちゃんがいたこともバレてない」
剛士は、小さく安堵の表情を浮かべた。
「そっか……ありがとな」
エリカはもう一度、かぶりを振る。
「それから、タクシーで家に向かって。ご家族は家にいらっしゃらないということだったから、中に上がらせて貰ったんだ。……けど、」
そこまで話したところで、エリカが少し、言い淀む。
「……ごめん。私、悠里ちゃんのこと……怖がらせちゃって」
黙したまま、静かに聞いてくれる剛士と高木の目を見ることはできず、エリカは睫毛を伏せた。
「悠里ちゃん、動けない様子だったから……着替えとか、お手伝いできたらって思ったんだ。でも……」
エリカの脳裏に、脅えて、息を詰めて、必死にエリカの手から逃げようとした彼女の姿が蘇った。
冷え切った絶望の色、拒絶の瞳を思い出した。
エリカは思わず、口をへの字に曲げる。
しかし、高木や剛士から心配の気配が漂ってきたことに気がつき、慌てて顔を上げた。
「――ごめん。私が急に、悠里ちゃんに手を伸ばしたから、怖がらせちゃって。そのせいで、私もあまり、お話しできなかったんだ」
本当にごめん。
そんな意志を込めて、エリカは剛士に向かい頭を下げた。
剛士がまた、微かに頷く。
「そっか……」
彼の心にも、剛士が悠里の背に触れたとき、泣いて暴れ出した痛々しい姿が蘇った。
いま、彼女はどうしているだろうか……
剛士は、悲しく思いを馳せる。
エリカは自分の無力を痛感し、グッと手を握り締めた。
自分から、剛士に伝えられる情報は、あまりにも少ない。
とにかくあの日の――剛士と離れた後の出来事を、なるべく沢山伝えなければ。
必死の思いで、エリカは言葉を紡ぐ。
「でも、私が帰るとき、悠里ちゃん玄関まで見送ってくれて……」
エリカは、何とか笑顔を作って、剛士を見つめた。
「私の連絡先書いた紙を置いておいたら、すぐにメッセージくれて……本当にすごく丁寧で、優しい子だよね」
少しでも、剛士の気持ちを和らげたくて話した。
しかしエリカの意図に反し、剛士の切れ長の瞳は、痛みに震えた。
エリカは、ハッと顔を強張らせる。
「……そっか。メッセージ……何時くらい?」
剛士が寂しげに微笑み、小さく問う。
「あ……えっと、」
エリカは、狼狽えながらも自分のスマートフォンを取り出す。
メッセージを開いて、受信時間を確認すると、エリカは小さな声で答える。
「19時過ぎ……だね」
「……そっか」
剛士は、小さな声で答えた。
あの日、剛士が送ったメッセージに既読がついたのは、確か21時前だった。
仕方ない、と思う。
それでも、胸に走る鋭い痛みを、剛士はどうすることもできなかった。
エリカ、そして高木は、剛士が彼女から連絡を貰っていないことを察しただろう。
痛ましい表情で、剛士の様子を窺っている。
剛士は2人を見つめ、小さな微苦笑を浮かべた。
エリカがそっと、スマートフォンの画面を剛士に向ける。
躊躇いながらも、剛士はそのメッセージを確認した。
『今日はありがとうございました。
タクシーを手配してくださった方にも、よろしくお伝えください。
橘悠里』
礼儀正しくて、無駄のない。
彼女らしいメッセージだと思った。
「本当……すごい、丁寧な子なんだよな」
剛士は胸の痛みを堪えて、微笑んだ。
「俺が初めてあの子に会ったとき、傘貸したんだけどさ。傘を返すときに、同じような感じで、丁寧にメッセージカード付けてくれてたんだ」
とても丁寧で、綺麗な字。
『傘、ありがとうございました。
とても助かりました。
橘悠里』
無駄のない、簡潔なお礼の言葉。
彼女の人と、なりがよくわかる、小さなメッセージカード。
剛士はいまでも、家の机の引き出しに入れてとっていた。
エリカの顔が、一瞬、悲しみに歪む。
しかし彼女は、気持ちを振り絞って微笑みを浮かべた。
「そっか……すごく真面目で、人の気持ちを大切にしてくれる、優しい女の子だよね」
「……うん」
胸の痛みが、やまない。
剛士は、殆ど吐息だけの微かな声で応えるのが精一杯だった。
待ち合わせの公園に辿り着くと、既に高木とエリカの姿があった。
藤棚の下、木でできたテーブルとベンチ。
2人は沈痛な面持ちで、何ごとかを話し合っていた。
剛士が来たことに気がついた高木が、優しい微笑みを浮かべ、手を振ってくる。
対してエリカの方は顔を強張らせ、ふっと視線を下げた。
「昨日は、すみませんでした」
剛士は、テーブルを挟んだ向かいのベンチに座る前に、2人に頭を下げた。
高木も――今度はエリカも、優しく微笑んで剛士を迎える。
「剛士。監督との話は、どうだった?」
高木はまず、気遣わしげに午前中の面談の結果を問うてくる。
「はい……何とかなりました」
「うん……そっか」
無理に聞き出そうとはせず、高木はゆっくりと、相槌を打ってくれる。
その静かな空気感に緊張が緩み、剛士は照れ笑いに近い微苦笑を零した。
「健斗とか、部員のみんなが、監督に直談判してくれて……」
高木の優しい笑顔が、膨らんだ。
「そっか……良かったな、剛士」
「……はい」
こうして部活の話をしていると、まるでバスケ部の先輩後輩に戻ったようだった。
高木が部にいた頃、剛士が悩みを抱えているときはいつも、声を掛けてくれた。
めざとく、それでいて、さりげなく、話を聞いてくれたり、励ましてくれた。
頼りになる、優しい先輩だった。
包容力のある、暖かい先輩だった――
もし彼に、先程の健斗とのやり取りも相談できたなら、気持ちも落ち着くだろうな、と剛士は思った。
しかしいまは、高木に部活のことで甘えている場合ではない。
剛士は声の調子を切り替えて、今日の本題に入った。
主に、エリカの方に目を向けて。
「おとといは、本当にありがとうな」
エリカは堅い表情で、それでも必死に口元に笑みを浮かべて首を振ってみせた。
そうして、小さな声で話し始める。
「剛士たちがあの部屋を出て、割とすぐに先生が来た。悠里ちゃんには奥に隠れて貰って、私1人で部屋の掃除をしていたことにしたの。だから学校側には、あそこに悠里ちゃんがいたこともバレてない」
剛士は、小さく安堵の表情を浮かべた。
「そっか……ありがとな」
エリカはもう一度、かぶりを振る。
「それから、タクシーで家に向かって。ご家族は家にいらっしゃらないということだったから、中に上がらせて貰ったんだ。……けど、」
そこまで話したところで、エリカが少し、言い淀む。
「……ごめん。私、悠里ちゃんのこと……怖がらせちゃって」
黙したまま、静かに聞いてくれる剛士と高木の目を見ることはできず、エリカは睫毛を伏せた。
「悠里ちゃん、動けない様子だったから……着替えとか、お手伝いできたらって思ったんだ。でも……」
エリカの脳裏に、脅えて、息を詰めて、必死にエリカの手から逃げようとした彼女の姿が蘇った。
冷え切った絶望の色、拒絶の瞳を思い出した。
エリカは思わず、口をへの字に曲げる。
しかし、高木や剛士から心配の気配が漂ってきたことに気がつき、慌てて顔を上げた。
「――ごめん。私が急に、悠里ちゃんに手を伸ばしたから、怖がらせちゃって。そのせいで、私もあまり、お話しできなかったんだ」
本当にごめん。
そんな意志を込めて、エリカは剛士に向かい頭を下げた。
剛士がまた、微かに頷く。
「そっか……」
彼の心にも、剛士が悠里の背に触れたとき、泣いて暴れ出した痛々しい姿が蘇った。
いま、彼女はどうしているだろうか……
剛士は、悲しく思いを馳せる。
エリカは自分の無力を痛感し、グッと手を握り締めた。
自分から、剛士に伝えられる情報は、あまりにも少ない。
とにかくあの日の――剛士と離れた後の出来事を、なるべく沢山伝えなければ。
必死の思いで、エリカは言葉を紡ぐ。
「でも、私が帰るとき、悠里ちゃん玄関まで見送ってくれて……」
エリカは、何とか笑顔を作って、剛士を見つめた。
「私の連絡先書いた紙を置いておいたら、すぐにメッセージくれて……本当にすごく丁寧で、優しい子だよね」
少しでも、剛士の気持ちを和らげたくて話した。
しかしエリカの意図に反し、剛士の切れ長の瞳は、痛みに震えた。
エリカは、ハッと顔を強張らせる。
「……そっか。メッセージ……何時くらい?」
剛士が寂しげに微笑み、小さく問う。
「あ……えっと、」
エリカは、狼狽えながらも自分のスマートフォンを取り出す。
メッセージを開いて、受信時間を確認すると、エリカは小さな声で答える。
「19時過ぎ……だね」
「……そっか」
剛士は、小さな声で答えた。
あの日、剛士が送ったメッセージに既読がついたのは、確か21時前だった。
仕方ない、と思う。
それでも、胸に走る鋭い痛みを、剛士はどうすることもできなかった。
エリカ、そして高木は、剛士が彼女から連絡を貰っていないことを察しただろう。
痛ましい表情で、剛士の様子を窺っている。
剛士は2人を見つめ、小さな微苦笑を浮かべた。
エリカがそっと、スマートフォンの画面を剛士に向ける。
躊躇いながらも、剛士はそのメッセージを確認した。
『今日はありがとうございました。
タクシーを手配してくださった方にも、よろしくお伝えください。
橘悠里』
礼儀正しくて、無駄のない。
彼女らしいメッセージだと思った。
「本当……すごい、丁寧な子なんだよな」
剛士は胸の痛みを堪えて、微笑んだ。
「俺が初めてあの子に会ったとき、傘貸したんだけどさ。傘を返すときに、同じような感じで、丁寧にメッセージカード付けてくれてたんだ」
とても丁寧で、綺麗な字。
『傘、ありがとうございました。
とても助かりました。
橘悠里』
無駄のない、簡潔なお礼の言葉。
彼女の人と、なりがよくわかる、小さなメッセージカード。
剛士はいまでも、家の机の引き出しに入れてとっていた。
エリカの顔が、一瞬、悲しみに歪む。
しかし彼女は、気持ちを振り絞って微笑みを浮かべた。
「そっか……すごく真面目で、人の気持ちを大切にしてくれる、優しい女の子だよね」
「……うん」
胸の痛みが、やまない。
剛士は、殆ど吐息だけの微かな声で応えるのが精一杯だった。
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