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piece7 早く元気に。
私を守って
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何とか姉の髪を乾かし終えた悠人は、心底ホッとしたようだった。
「いや、マジ大変だね。こりゃあ具合悪かったら、乾かせずに寝ちゃうわ」
悠里の発熱も仕方なしと、弟はしきりに頷いている。
悠里は曖昧に笑って誤魔化しつつ、お礼を言った。
「ありがとね、悠人。おかげで楽ちんだった」
「良かった良かった」
随分元気になった様子の悠里に、悠人も微笑む。
「ヨシ! じゃあ今度こそ、寝なよ?」
「うん!」
当然のごとく、弟が部屋まで着いてくる。
姉がきちんとベッドに入るか、まだ心配なのだろう。
悠里は、少しでも彼を安心させようと、目の前でベッドに入ってみせる。
一瞬、悠人は布団に目を落とした。
それから彼の瞳は、サイドボードに置いたままの悠里のスマートフォンへと移る。
「……姉ちゃん、もしかしてスマホの電源、切ったまま?」
「あ……」
瞬間、悠里の頭の中で、彼の声が響いた気がした――
『本当にごめん。
落ち着いてからでいい、
いつでもいいから、連絡欲しい』
悠里は、グッと唇を噛み締める。
電源を入れれば、彼に、返信しなければならない。
いや、既に遅すぎるのはわかっている。
早く、返事をしなければ。
きっと彼は、待ってくれている。
きっといまも、悠里のことを、思ってくれている……
けれどどうしても、メッセージの返信をする力と勇気が湧かなかった。
結局、悠里はスマートフォンを放置した状態で、昨日と今日の2日間を過ごしたのだ。
黙りこくってしまった姉を心配する、悠人の気配を感じる。
ハッとして、悠里は上目遣いに彼を見つめた。
「ご、ごめんね。せっかく悠人が修理に持っていってくれたのに……」
悠里が小さな声で謝ると、弟は優しい微苦笑を浮かべた。
「いや、それは別にいいけどさ。まあ……明日には、電源入れた方がいいんじゃない?」
「……うん」
弟が、探るように悠里の顔を覗き込んでくる。
「……ほら、彩奈さんとかさ。連絡来たりしてるかもよ?」
彩奈――
ふいに親友の名を聞き、悠里の胸がズキリと痛む。
弟の言う通りだ。
悠里がスマートフォンの電源を切っている間、彼女から連絡があったかも知れない。
『悠里! 修了式の日のデート、どうだった?』
彩奈がくれるであろう言葉。
容易に想像がついた。
親友に、何と言えばいいのだろう。
打ち明ければきっと、酷く悲しませてしまう。
ずっとずっと、一番近くで、悠里を見守ってくれていた。
いつもいつも、暖かく応援してくれていたのに……
彼女の気持ちに、応えられなかった。
彩奈を裏切ってしまったかのような罪悪感に囚われる。
胸が痛くて、悠里は思わず涙ぐんだ。
「ちょ、ちょっと。別に、責めたわけじゃないって」
目を伏せた姉を見て、慌てて悠人が声を掛ける。
「う、ううん、違うの。ごめんね。悠人が言ってくれなかったら、スマホ切ったままだったことすら、忘れてたよ。ありがとう」
悠里は必死に、笑顔を取り繕う。
しかしその声は、か細く震えてしまっていた。
悠人は姉を励ますように、優しい笑みを浮かべた。
「まあ、具合悪かったんだからさ。仕方ないって」
「……うん」
「ほら。スマホ見るのは明日にして、今日はもう寝な? まだ熱、下がり切ってないんだから」
「うん。そうだね」
弟の顔を見上げ、悠里も微笑んでみせた。
「じゃ、おやすみね。なんかあったら呼びな?オレ、隣りの部屋にいるからさ」
「うん」
部屋を出ようと歩き始める弟を、悠里は呼び止めた。
「悠人」
「ん?」
「今日は、ありがとう」
「……ん、」
悠人は、恥ずかしげに目を逸らしつつ答える。
「ゆっくり寝なよ」
「……うん。ありがとう」
早く、元気になりたい。
とにかく、熱を下げなくては。
自分がちゃんとしないと、弟に、いつも通りの生活をさせてあげられない。
悠里は、自分を奮い立たせる。
「ゆっくり休んで、早く治すね」
笑顔で弟に手を振り、おやすみの挨拶をした。
***
弟がいなくなり、静けさに包まれる部屋。
悠里はそっと布団を上げ、隠していた彼のジャケットを手に取る。
早く、元気になりたい。
早く、元の生活に戻りたい。
悠里は、きゅうっと彼のジャケットを抱き締める。
「力を、貸してください……」
ゆっくり寝させてください。
どうか悪夢から、私を守って。
悠里は、彼のジャケットに袖を通した。
そうして、膝を抱え込むようにして横になり、ジャケットにくるまった。
こうしていればきっと、怖い夢は見ないから。
もしかしたらまた、幸せな夢が、見られるかも知れないから――
悠里は眠るときに、彼のジャケットを、手放せなくなっていた。
いつまでも、こうしてはいられないことは、わかっていた。
けれどいまは、まだ、先のことを考えたくない。
いまはただ、静かに眠ることだけを。
悠里は、ゆっくりと目を閉じる。
身体が、温かかった。
大丈夫。きっと、眠れる……
ぶかぶかの袖を頬に当てるようにして、悠里は静かに、眠気に身を任せる。
それは、一瞬で夜が明けてしまうほどに、深い深い眠りで。
彼女が期待した、幸せな夢を見ることは、できなかった。
「いや、マジ大変だね。こりゃあ具合悪かったら、乾かせずに寝ちゃうわ」
悠里の発熱も仕方なしと、弟はしきりに頷いている。
悠里は曖昧に笑って誤魔化しつつ、お礼を言った。
「ありがとね、悠人。おかげで楽ちんだった」
「良かった良かった」
随分元気になった様子の悠里に、悠人も微笑む。
「ヨシ! じゃあ今度こそ、寝なよ?」
「うん!」
当然のごとく、弟が部屋まで着いてくる。
姉がきちんとベッドに入るか、まだ心配なのだろう。
悠里は、少しでも彼を安心させようと、目の前でベッドに入ってみせる。
一瞬、悠人は布団に目を落とした。
それから彼の瞳は、サイドボードに置いたままの悠里のスマートフォンへと移る。
「……姉ちゃん、もしかしてスマホの電源、切ったまま?」
「あ……」
瞬間、悠里の頭の中で、彼の声が響いた気がした――
『本当にごめん。
落ち着いてからでいい、
いつでもいいから、連絡欲しい』
悠里は、グッと唇を噛み締める。
電源を入れれば、彼に、返信しなければならない。
いや、既に遅すぎるのはわかっている。
早く、返事をしなければ。
きっと彼は、待ってくれている。
きっといまも、悠里のことを、思ってくれている……
けれどどうしても、メッセージの返信をする力と勇気が湧かなかった。
結局、悠里はスマートフォンを放置した状態で、昨日と今日の2日間を過ごしたのだ。
黙りこくってしまった姉を心配する、悠人の気配を感じる。
ハッとして、悠里は上目遣いに彼を見つめた。
「ご、ごめんね。せっかく悠人が修理に持っていってくれたのに……」
悠里が小さな声で謝ると、弟は優しい微苦笑を浮かべた。
「いや、それは別にいいけどさ。まあ……明日には、電源入れた方がいいんじゃない?」
「……うん」
弟が、探るように悠里の顔を覗き込んでくる。
「……ほら、彩奈さんとかさ。連絡来たりしてるかもよ?」
彩奈――
ふいに親友の名を聞き、悠里の胸がズキリと痛む。
弟の言う通りだ。
悠里がスマートフォンの電源を切っている間、彼女から連絡があったかも知れない。
『悠里! 修了式の日のデート、どうだった?』
彩奈がくれるであろう言葉。
容易に想像がついた。
親友に、何と言えばいいのだろう。
打ち明ければきっと、酷く悲しませてしまう。
ずっとずっと、一番近くで、悠里を見守ってくれていた。
いつもいつも、暖かく応援してくれていたのに……
彼女の気持ちに、応えられなかった。
彩奈を裏切ってしまったかのような罪悪感に囚われる。
胸が痛くて、悠里は思わず涙ぐんだ。
「ちょ、ちょっと。別に、責めたわけじゃないって」
目を伏せた姉を見て、慌てて悠人が声を掛ける。
「う、ううん、違うの。ごめんね。悠人が言ってくれなかったら、スマホ切ったままだったことすら、忘れてたよ。ありがとう」
悠里は必死に、笑顔を取り繕う。
しかしその声は、か細く震えてしまっていた。
悠人は姉を励ますように、優しい笑みを浮かべた。
「まあ、具合悪かったんだからさ。仕方ないって」
「……うん」
「ほら。スマホ見るのは明日にして、今日はもう寝な? まだ熱、下がり切ってないんだから」
「うん。そうだね」
弟の顔を見上げ、悠里も微笑んでみせた。
「じゃ、おやすみね。なんかあったら呼びな?オレ、隣りの部屋にいるからさ」
「うん」
部屋を出ようと歩き始める弟を、悠里は呼び止めた。
「悠人」
「ん?」
「今日は、ありがとう」
「……ん、」
悠人は、恥ずかしげに目を逸らしつつ答える。
「ゆっくり寝なよ」
「……うん。ありがとう」
早く、元気になりたい。
とにかく、熱を下げなくては。
自分がちゃんとしないと、弟に、いつも通りの生活をさせてあげられない。
悠里は、自分を奮い立たせる。
「ゆっくり休んで、早く治すね」
笑顔で弟に手を振り、おやすみの挨拶をした。
***
弟がいなくなり、静けさに包まれる部屋。
悠里はそっと布団を上げ、隠していた彼のジャケットを手に取る。
早く、元気になりたい。
早く、元の生活に戻りたい。
悠里は、きゅうっと彼のジャケットを抱き締める。
「力を、貸してください……」
ゆっくり寝させてください。
どうか悪夢から、私を守って。
悠里は、彼のジャケットに袖を通した。
そうして、膝を抱え込むようにして横になり、ジャケットにくるまった。
こうしていればきっと、怖い夢は見ないから。
もしかしたらまた、幸せな夢が、見られるかも知れないから――
悠里は眠るときに、彼のジャケットを、手放せなくなっていた。
いつまでも、こうしてはいられないことは、わかっていた。
けれどいまは、まだ、先のことを考えたくない。
いまはただ、静かに眠ることだけを。
悠里は、ゆっくりと目を閉じる。
身体が、温かかった。
大丈夫。きっと、眠れる……
ぶかぶかの袖を頬に当てるようにして、悠里は静かに、眠気に身を任せる。
それは、一瞬で夜が明けてしまうほどに、深い深い眠りで。
彼女が期待した、幸せな夢を見ることは、できなかった。
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