#秒恋8 隔てられる2人〜友情か、恋か。仲間か、恋か〜

ReN

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piece8 優しくしないで

元通りの、私

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ビクッと、悠里は身体を強張らせる。
危うく、悲鳴をあげてしまうところだった。
警戒に身を固くし、悠里は2人の顔を窺う。


悠里の反応を見て、彼らは人懐っこい、明るい笑顔を浮かべた。
「ねえねえ、どしたの? さっきからキミ、すごい悲しい顔してる」
「いま電話してたのって、彼氏? もしかして、ケンカでもしちゃった?」

問うてくる彼らの声には幾分、悠里を気遣うような、励ますような色が混じっていた。
心配半分、ナンパ半分で、声を掛けてきたのだろう。


――大丈夫。
この駅で、声を掛けられることなんて、別に珍しくはない。
受け流せばいい。
大丈夫、落ち着いて。

悠里は自分に言い聞かせ、早鐘を打つ胸を宥める。


2人組は、悠里に向かって親指を立てると、にっこりと笑った。
「気晴らしに、これからオニーサンたちと、遊んじゃう?」

あくまで軽い調子で、無理強いをしてくるような、怖い気配はない。
悠里は、小さく首を横に振った。
「……いえ、もう帰るので」

「えー、残念~」
「オレたち、これからカラオケ行くんだけどさ。まだ時間早いし、1時間くらい、一緒にどう?」

2人組は、明るい笑顔を崩さず、更に誘いをかけてくる。
「そんな悲しい顔、もったいないじゃん。キミ、せっかく綺麗なんだから。笑って欲しい!」


瞬間、頭の中に、あの女の冷たい笑い声が反響した。

『悠里ちゃんはもう、汚れちゃったんだからね?』


身体が冷たく、乾いていく。
ささくれだった心は、全てを拒絶し、内側に篭ろうとする。

――誰も、私の中に入るな

必死に棘を出し、自分に近づこうとする全てのものを、睨み据えている――


悠里は、ふっと苦笑を滲ませた。
こんな気持ち、初めてだ。

全てが、敵に見える。

――できれば、知りたくなかったな……


「……あはは、」
悠里は目を伏せ、吐き捨てるように呟いた。
「私は、汚いから……辞めた方がいいですよ」

虚をつかれたように、2人組は目を丸くする。
悠里は、サッと立ち上がると、その横を摺り抜けた。


電車のホームを目指し、階段を降りて行く。
規則正しいリズムで降りながら、心の中で念じる。


お家に、帰ろう。
そうして「いつもの自分」に、戻ろう。

「元通りの私」に、なるの。

戻るんだ。あの「雨の日の前の私」に。

忘れなくちゃ。忘れなくちゃ。


――もうすぐ、春休みが終わる。


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