48 / 59
piece9 何にもうまくできないの
母の帰宅
しおりを挟む
「悠里!」
「姉ちゃん!」
「……え?」
帰宅するなり、血相を変えた弟と母がリビングから走ってきて、悠里は固まってしまう。
「姉ちゃん! どこ行ってたの!」
ぎゅっと眉を吊り上げた悠人が、まだ靴も脱いでいない悠里に詰め寄ってくる。
「スマホも、また電源切ってるし! 何やってんの。心配するでしょ!」
弟の勢いに気負され、悠里は思わず玄関で後ずさる。
「あ……あの……」
頭が、真っ白になって、うまく言葉も紡ぎ出せなかった。
「まあまあ、悠人。まずは、リビングに戻りましょう」
見兼ねた母が、助け舟を出してくれる。
悠人、続いて悠里が振り向くと、母は、にっこりと柔らかな微笑を浮かべた。
「お帰り、悠里」
「た、ただいま。……というか、お母さんこそ、お帰りなさい」
悠里は必死に、頭を働かせる。
今日は、木曜日。母は父と一緒に、金曜日まで出張の筈なのに。
悠里の疑問を読んだかのように、母は笑みを深める。
「仕事が、順調に片付いたからね。お母さんだけ、ひと足先に帰ることにしたの」
「母さんから、昼頃メッセージあったじゃん。まさか、それも見てないの?」
「ご、ごめん……見落としてた、みたい……」
そうだ。仕事の進捗状況によっては、母が先に帰って来ることは珍しくない。
これまでも、何度もあったことではないか。
今回の出張でも、その可能性があると想像していなかったのは、迂闊だった。
弟の鋭い視線が痛くて、悠里はまた、その場で俯いてしまう。
「まあまあ、悠人」
笑いながら、母はまた、子どもたちを促した。
「話の続きは、リビングに戻ってからね。悠里も疲れてるでしょうし」
その柔らかな声に誘われ、ようやく2人は玄関から離れた。
***
リビングの壁掛け時計の時刻は、20時を過ぎたところだった。
普通ならば、帰宅が遅すぎると言われるほどの時間ではない。
しかし悠人にしてみれば、一大事だ。
部活を終え、家にいる筈の姉がいない。
時間は19時半過ぎ。連絡してみても返事がない。
電話を掛けると、なんと電源すら入っていない。
そういえば、昼過ぎに送った『今日はみんなで軽く晩めし食って来る』というメッセージにも、返信が無かった。
姉が今日一日、何をしていたのか。
自分は全く把握できていないことに気づく。
悠人が、慌てふためいていたところで、ちょうど母が帰ってきた。
心配の気持ちが高じていた悠人は、数日前に悠里が熱を出したこと、ずっと元気が無く、様子がおかしいことなど、洗いざらい母に話した、というわけだ。
「姉ちゃん!」
「……え?」
帰宅するなり、血相を変えた弟と母がリビングから走ってきて、悠里は固まってしまう。
「姉ちゃん! どこ行ってたの!」
ぎゅっと眉を吊り上げた悠人が、まだ靴も脱いでいない悠里に詰め寄ってくる。
「スマホも、また電源切ってるし! 何やってんの。心配するでしょ!」
弟の勢いに気負され、悠里は思わず玄関で後ずさる。
「あ……あの……」
頭が、真っ白になって、うまく言葉も紡ぎ出せなかった。
「まあまあ、悠人。まずは、リビングに戻りましょう」
見兼ねた母が、助け舟を出してくれる。
悠人、続いて悠里が振り向くと、母は、にっこりと柔らかな微笑を浮かべた。
「お帰り、悠里」
「た、ただいま。……というか、お母さんこそ、お帰りなさい」
悠里は必死に、頭を働かせる。
今日は、木曜日。母は父と一緒に、金曜日まで出張の筈なのに。
悠里の疑問を読んだかのように、母は笑みを深める。
「仕事が、順調に片付いたからね。お母さんだけ、ひと足先に帰ることにしたの」
「母さんから、昼頃メッセージあったじゃん。まさか、それも見てないの?」
「ご、ごめん……見落としてた、みたい……」
そうだ。仕事の進捗状況によっては、母が先に帰って来ることは珍しくない。
これまでも、何度もあったことではないか。
今回の出張でも、その可能性があると想像していなかったのは、迂闊だった。
弟の鋭い視線が痛くて、悠里はまた、その場で俯いてしまう。
「まあまあ、悠人」
笑いながら、母はまた、子どもたちを促した。
「話の続きは、リビングに戻ってからね。悠里も疲れてるでしょうし」
その柔らかな声に誘われ、ようやく2人は玄関から離れた。
***
リビングの壁掛け時計の時刻は、20時を過ぎたところだった。
普通ならば、帰宅が遅すぎると言われるほどの時間ではない。
しかし悠人にしてみれば、一大事だ。
部活を終え、家にいる筈の姉がいない。
時間は19時半過ぎ。連絡してみても返事がない。
電話を掛けると、なんと電源すら入っていない。
そういえば、昼過ぎに送った『今日はみんなで軽く晩めし食って来る』というメッセージにも、返信が無かった。
姉が今日一日、何をしていたのか。
自分は全く把握できていないことに気づく。
悠人が、慌てふためいていたところで、ちょうど母が帰ってきた。
心配の気持ちが高じていた悠人は、数日前に悠里が熱を出したこと、ずっと元気が無く、様子がおかしいことなど、洗いざらい母に話した、というわけだ。
1
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
心のすきまに【社会人恋愛短編集】
山田森湖
恋愛
仕事に追われる毎日、でも心のすきまに、あの人の存在が忍び込む――。
偶然の出会い、初めての感情、すれ違いのもどかしさ。
大人の社会人恋愛を描いた短編集です。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる