#秒恋8 隔てられる2人〜友情か、恋か。仲間か、恋か〜

ReN

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piece9 何にもうまくできないの

母の温かい瞳

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母が、心配そうに顔を覗き込んでくる。
その温かい瞳に全てを見透かされてしまいそうで、悠里は思わず、目を伏せてしまう。

母が、優しい声で尋ねる。
「悠里。具合は、どう?」
「う、うん。大丈夫だよ!」
「熱が出たなら、連絡ちょうだいよ。お母さん、すぐ帰って来るから」

母の形の良い眉が、心配そうに顰められた。
それが悲しくて、悠里は必死に、強張った笑みを頬に貼り付ける。
「大丈夫だってば。もう、大袈裟だなあ。ちょっと胃腸風邪ひいただけ。すぐに熱も下がったから!」
「……でもあなた、」

温かい両手がそっと、悠里の強張った頬に当てられた。
母の温もりと、優しい香りがした。
泣きそうになり、悠里は慌てて口をつぐむ。

母が、ゆっくりと問いかけてくる。
「あんまり、ご飯食べられてないでしょう。ちょっと、痩せちゃったんじゃない? 顔色も、良くないわ」


やっぱり母には、気取られてしまう。
空元気で誤魔化すのは、無理だ。
もっと、慎重に話さないと。
これ以上、お母さんにも悠人にも、心配をかけたくない――


悠里は目を伏せ、深呼吸をする。
そうして、空元気と嘘の笑顔を剥ぎ取ると、改めて弟と母に向き直った。

「……うん。心配かけて、ごめんなさい。……今日、お世話になった学校の先輩が、遊びに来てくれて。それで、駅までお見送りしてたの……」

お世話になった先輩、とはエリカのことだ。
筋の通った話に聞こえるように。
悠里は、半分は本当の出来事を織り交ぜた言い訳をした。

母も納得したように頷いてくれた。
「そうだったの。お話、盛り上がったのね」
「うん。すごく優しい先輩で。いろいろ話し込んじゃった。この3月で卒業したから、今日は学校の制服を、持って来てくれたの」

悠里は、ソファに置いたままになっていたエリカの制服を示し、微笑んでみせた。

これでもう、疑われはしないだろう。
本当は、彼に会いたくて、駅に行ったのだと。

――そして、別れを告げられたのだと。
家族に、言わなくて済む。


母が、柔らかく微笑んでくれた。
「そう。とても、いい先輩ね」
「うん。何だか、お姉さんみたいな。ホントに、素敵な先輩なんだ……」

エリカの、華が咲き誇るような美しい笑顔を思い浮かべながら、悠里は頷いた。


話がひと段落すると、母はポンポン、と悠里の頭を撫でた。
「悠里。お腹空いてるでしょう? 何か作るわね」
母が腕まくりをして、キッチンに向かおうとする。
けれど、悠里は慌てて首を横に振った。
「あ、大丈夫! お腹、空いてない」
「え? でも、晩ごはん、食べてないでしょう?」

せっかく微笑んでいた母の顔が、再び曇ってしまう。
ズキリ、と悠里の胸が痛む。
けれど、どうしてもいま、食事を口にする気にはなれなかった。

「あ、あのね。夕方まで先輩とお茶してて、おやつ食べ過ぎちゃったの。だから、ごめんね」
「……そう?」
「うん! 今日はもう、お風呂入って、寝ちゃうね」

必死に笑顔を取り繕い、悠里はバスルームに駆け込んだ。


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