極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ

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Lesson 24 笑顔の決別

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 松永と付き合い始めたという事実がクラス中を駆け巡ったのは一瞬の出来事だった。
 恨めしそうに見る女子達に、はやし立てる男子達。

「つき合って嬉しいのは松永だけねえ」

 そう言ったのは他の誰でもない千波だった。
 いつものように私の前の席に座り、喜ぶでも悲しむでもない微妙な顔を私に向けて、きっぱり、はっきりそう言った。
 私はそんな千波の言葉に何も答えられず、ただ机の上を見ていた。

 広げられた教科書の上に走るのは葵のちょっとしたメモ書き。
 テストのときに重要だと思われることとか公式とか、ちょこちょこと書いてあるそのメモに自然と目が行った。

「なーにがあったかは聞かないけど暴走しすぎじゃないの?」

 千波はそう言って、教科書の上に手を置いた。

「今の陽菜子は痛々しい」
「だって仕方ないじゃん? 子供だもん、私」

 大人になりたい。
 葵と同じ年とは言わないから、せめてもう少し近い年だったらよかったのに。

「今の陽菜子は無理やり背伸びしてるみたいに見えるけどなあ」

 千波はいつも核心を突く。
 背伸びして葵を追いかけるのをやめると決めたのに、なんで私、背伸びして見えるの?

「後悔しない?」
「いっぱいしてる。だからこれ以上はしないよ?」

 笑う私の頭を千波はポンポンと優しく叩いた。

「まあ、若いもんね」

 千波はそれだけ言って笑うと、あとはなんにも聞かなかった。
 千波は全部わかってるんだ。
 そう思うと泣きそうになる。

 その日は珍しく千波と帰ることにした。
 松永は部活だし、もうすぐ文化祭で準備もあったけど、やる気にならなかったのも理由だった。
 それにしても、松永に思いを寄せている女子の態度があからさまに陰湿になったし、男子はやたらとつき合っている話ばかりをふってくる。
 学年の王子様とつき合うのも大変だなということを思い知らされる一方で、胸はじくじくと痛み続けている。
 すっきりしないのは、直接葵と決着をつけていないせいだ。

 靴を履き替えて校門を出る。
 そんな私たちの後ろから声は降ってわいた。

「お嬢さん、少し時間いただけますか?」

 聞きなれた声に、反射的に振り返っていた。
 葵だ。
 スーツ姿の葵が校門にいて、にっこりとほほ笑んでいた。
 いつも突然、唐突に現れる。
 瞬間移動でもできるんじゃないかって思えるくらい、突然現れる葵に胸がドキドキと鳴りだした。
 千波の腕を引っ張って、無視して歩きだす私たちの後ろをストーカーよろしくついてくる葵。

 来るな、来るな。
 ついて来るな!

「お嬢さんったら」

 軽い調子で声を掛けてくる葵に、千波が耳元で「カテキョなの?」と訊いてきた。
 黙って頷くと、千波は足をとめた。

「ちょ……千波?」

 千波はくるりと振り返って葵を見た。
 美少女は葵と張り合うほどの小悪魔な笑みを浮かべる。

「お嬢さんはふたりいますけど。どちらをお望みで?」

 葵も負けじとにっこりとほほ笑んで。


「それは申し訳ない。できましたら、そちらの大霜陽菜子さん。ボクに少し貸していただける?」

 ぽかんと口を開けた私を置いて、ふたりは火花を散らすように笑っていた。

「陽菜子。彼氏できたんですけど、知ってます?」

 物凄い爆弾投下に、口から心臓が飛び出しそうになった。
 バクバクと激しく動く心臓が喉元まで押しあがって来て喉を占領し、息ができなくなりそうだった。

 待って、待って、待って。
 ちょっと待ってよ!

 千波の腕をぐっと引っ張る私に、葵の視線がつーっと注がれる。

「彼氏ねえ。知っているような、知らないような?」

 なんだ、それは!

 くすりっ……余裕ありありの笑みをこぼす葵に、胸のドキドキが急激に速度を落とす。

 ムカつく。
 やっぱりムカつく。

「そのことも含めて、ちょっと話がしたいんだけど?」

 千波と私。
 両方に葵は笑顔を振りまいた。
 千波は私をちらりと見てから葵に向き合うと。

「じゃ、ご自由に」

 と言って、くるりと背を向けた。
「千波!」
「言いたいことははっきり言わないと。手ごわいわよ、カテキョは」

 そう言うと、ポンポンと私の肩をたたき、千波はスタスタ歩いていってしまった。

 取り残されるような形でその場に佇む私。
 背後から、またくすっと笑う葵の声が聞こえてキュッと唇を噛んだ。

「何がおかしいのよっ!」

 顔だけを葵に向けて睨むと、葵は「かわいいお友達だね」と言った。

「ヒナより肝が座っていて、手ごわいな」
「私は簡単ってこと?」
「さぁ?」
「私に何の用? 今、仕事中でしょ?」
「仕事中だけど。集中できないからいいの」
「なにそれ?」
「律子さんの話がショックすぎて集中できないんだよ!」

 母の名前が出てきたことに、一気に息が詰まる。

「だからここへ来た。おまえに会いに来たんだよ」

 笑みは消え、強い力をたたえた瞳で葵が私を見た。
 真っすぐに私を撃ち抜く葵の視線に、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「本気か?」

 なにが『本気か?』なの?
 カテキョを辞めてもらうということに対して?
 それとも……松永とつき合うことを選んだことに対して?

 真っすぐに向かってくる視線に、心臓がどんどん大きな音を立てる。
 そこから逃げ出したくて足が震える。
 でも、まるで誰かに足を掴まれたみたいにそこから動けない。
 葵は私との距離は縮めずにもう一度聞いた。

「本気なのか?」

 唇まで震えが上ってくる。

『言いたいことは、はっきりと……』

 不意に千波の言葉が蘇った。

 わかってるよ、そんなこと。
 私だって葵に言いたいことはたくさんある。
 だけど、どれを言っていいのかわからない。
 わからなくなるの!

 一歩、葵が近づいてくるから、同じだけ私は後ずさる。
 また一歩、葵が近づくから、私も一歩下がる。

「そんなに俺が嫌い?」

 近づくのをやめた葵がそう尋ねた。

『嫌い?』
 そんなわけがない。
 嫌いだったら、もっと楽だった。
 こんなに苦しまずに済んだ。
 葵のせいだ。
 葵がこんなに私を好きにさせるように仕向けるから!

 だから、苦しくて、つらくて、悲しくて、やりきれなくて……

「ねえ、陽菜子。俺のことがそんなに嫌い?」

 真剣な顔。
 その顔にもう騙されない。

「嫌いよ! 大嫌い! 一秒だって一緒にいたくないくらい……」

 好き!
 本当は大好き!
 一秒だって離れたくないくらい。

「葵が大嫌い!」

 葵が大好き!

「そう……」

 長いまつ毛が目を覆ってしまう。
 視線が私から外れる。
 再び開かれた葵の瞳にはもう強い光はなくて。

「それじゃ仕方ないな」

 そう言って優しく笑う葵に、胸が張り裂けそうなくらいにキュッと締め付けられた。

 葵は小さくため息をつくと、ゆっくりと歩き出した。
 なにも言えず、なにもできず、ただその場に固まる私の横を葵がゆっくりと通り過ぎていく。
 触れそうになるほど近くを通るのに、私の指先に葵の指先は掠ることはなくて――

『さよなら』も『じゃぁね』もない。
 音のない『決別』がそこにあった。

 たばこと香水の混ざった葵の匂いが鼻先を掠めて消えていく。
 残り香は掴むことができず、ただ風に流され消えていく。

 葵の気配が徐々に薄れて、振り返ったその先にはもう後姿さえも見えなかった。

 笑って去った葵。
 言いわけも、好きも、なんにもなかった。

 どうして言ってくれないの?
 どうして私ばっかに質問して、私ばっかに答えを聞いて、自分はなんにも言ってくれないのよ!

 葵が『好きだ』と言ってくれたなら。

『好きだから考え直せ』

 そう言ってくれたなら。

「私が欲しいのは……その一言だけなのに」

 うつむけば涙がこぼれ落ちそうで、私は思いっきり空を見上げた。
 前歯でキュッと唇を噛みしめて、見上げた空は高くて、青くて。

 手が届かない葵の背中みたいに広かった……
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