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第1話 バレンタインの贈り物
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2月14日バレンタイン。この日は俺にとって苦痛でしかない。
「課長! いつもお疲れ様ですっ!」
女子社員からの頂きもののチョコレートの箱が山積みになった俺のデスクから向こう側が見えなくなる。
今年はいくつ貰っただろう。
これを必死になって一年かかって食べる俺の苦悩を部下たちは知らない。
「ああ。ありがとう」
甘いものが得意じゃない。中でもチョコレートは一番苦手としている。
しかし部下からの好意を無下にもできない。ましてや苦手なんて絶対に口にできない。
40歳独身、彼女なし。
180cmの高身長に、そこそこ整った顔立ちのおかげで、社内では独身女性の最後の砦と言われている。
仕事ができるクールで優しい上司として通ってしまっている俺としては、部下に弱みは見せられない。
甘い匂いに耐えながら、俺は用意していた紙袋の中へひとつ、ひとつ丁寧にしまっていたときだった。
「小宮山課長!」
勢いよく名前を呼ばれて手をとめる。
「ん?」と顔を上げると、にこにこと頬肉をゆるめた男子社員が20㎝四方の小さなダンボールを持って立っていた。
「なんだ、妹尾。おまえも誰かにチョコをもらったのか?」
ふわふわした綿毛のような茶色の髪に童顔の妹尾隆成《りゅうせい》、入社四年目の27歳。
年齢よりもずっと年下に見える愛らしいルックスにやわらかな物腰の中性キャラで女子社員に人気の彼は、俺の問いかけにふるふると小動物のようにかわいらしく首を振った。
「課長へのバレンタインの贈り物です!」
二つのつぶらな目をキラキラと輝かせ、俺の前にダンボールをずずいっと差し出してくる。
急いで俺は周りに視線を走らせた。女子社員達が好奇の目で俺達を見ている。
中にはひそひそと耳打ちし合っている者までいる。
「そうか。ありがとう」
この場に漂う異様な空気を早く回収してしまいたくて、ダンボールを受け取る。
思ったよりズシッと重みがある。
予想していなかった重みに体勢を崩し、箱を落としそうになる。
「あっ。ダメ!」
妹尾が慌てて手を伸ばす。
その指先が俺の手の甲に触れる。至近距離で彼と見つめ合う。
刹那、空気が張りつめる。
周りにいる社員たちが固唾を飲んで見守っている。
おそらく箱を落としそうになったことに対する緊迫感――ではないと思われる。
「みぃ」
薄く張った氷の上を歩くときみたいな緊張感が走るオフィスで、か細い鳴き声があがる。
「なにか言ったか、妹尾」
「いえ、ぼくじゃないです。その子です」
「その子ってなんだ?」
「箱の中の子です」
妹尾が笑う。無邪気な顔で。
俺の手の中にあるダンボールをまっすぐに指している。
恐る恐る箱の蓋を開ける。
何度かまばたきをする。
何度もまばたきをくり返す。
しかし見えるものは変わらない。
いや、変わらなかったのだ。
「なんだ、これは?」
「バレンタインの贈り物です」
妹尾が答えた。おそろしいほど真顔で。
「猫に見えるが?」
「子猫です」
箱の中にはホワイトチョコレートのような白色のふわふわ毛玉が入っている。
耳としっぽだけはクリーム色をしているのだが、どこから見ても猫だ。
手のひらサイズの小さな猫。
アクアブルーのつぶらな目が俺をじっと見つめている。
「なんでチョコじゃないんだ?」
「だって課長、チョコ嫌いだから」
躊躇なく答える妹尾に俺は絶句する。
誰にも言っていないことを言い当てられた。
そうだ。コイツは鋭い観察眼を持っていたんだった。
「ちょ、ちょっとこっち来い!」
俺は片手でしっかり子猫入りのダンボールを抱えると、妹尾の手首を掴んでオフィスを出た。
これ以上、俺がしている努力を無駄にされてはならない。
俺は早足に会議室へ向かった。
背にした扉の向こうから「きゃーっ!」という黄色い奇声がドッと上がったのは、この際聞かないことにした。
「課長! いつもお疲れ様ですっ!」
女子社員からの頂きもののチョコレートの箱が山積みになった俺のデスクから向こう側が見えなくなる。
今年はいくつ貰っただろう。
これを必死になって一年かかって食べる俺の苦悩を部下たちは知らない。
「ああ。ありがとう」
甘いものが得意じゃない。中でもチョコレートは一番苦手としている。
しかし部下からの好意を無下にもできない。ましてや苦手なんて絶対に口にできない。
40歳独身、彼女なし。
180cmの高身長に、そこそこ整った顔立ちのおかげで、社内では独身女性の最後の砦と言われている。
仕事ができるクールで優しい上司として通ってしまっている俺としては、部下に弱みは見せられない。
甘い匂いに耐えながら、俺は用意していた紙袋の中へひとつ、ひとつ丁寧にしまっていたときだった。
「小宮山課長!」
勢いよく名前を呼ばれて手をとめる。
「ん?」と顔を上げると、にこにこと頬肉をゆるめた男子社員が20㎝四方の小さなダンボールを持って立っていた。
「なんだ、妹尾。おまえも誰かにチョコをもらったのか?」
ふわふわした綿毛のような茶色の髪に童顔の妹尾隆成《りゅうせい》、入社四年目の27歳。
年齢よりもずっと年下に見える愛らしいルックスにやわらかな物腰の中性キャラで女子社員に人気の彼は、俺の問いかけにふるふると小動物のようにかわいらしく首を振った。
「課長へのバレンタインの贈り物です!」
二つのつぶらな目をキラキラと輝かせ、俺の前にダンボールをずずいっと差し出してくる。
急いで俺は周りに視線を走らせた。女子社員達が好奇の目で俺達を見ている。
中にはひそひそと耳打ちし合っている者までいる。
「そうか。ありがとう」
この場に漂う異様な空気を早く回収してしまいたくて、ダンボールを受け取る。
思ったよりズシッと重みがある。
予想していなかった重みに体勢を崩し、箱を落としそうになる。
「あっ。ダメ!」
妹尾が慌てて手を伸ばす。
その指先が俺の手の甲に触れる。至近距離で彼と見つめ合う。
刹那、空気が張りつめる。
周りにいる社員たちが固唾を飲んで見守っている。
おそらく箱を落としそうになったことに対する緊迫感――ではないと思われる。
「みぃ」
薄く張った氷の上を歩くときみたいな緊張感が走るオフィスで、か細い鳴き声があがる。
「なにか言ったか、妹尾」
「いえ、ぼくじゃないです。その子です」
「その子ってなんだ?」
「箱の中の子です」
妹尾が笑う。無邪気な顔で。
俺の手の中にあるダンボールをまっすぐに指している。
恐る恐る箱の蓋を開ける。
何度かまばたきをする。
何度もまばたきをくり返す。
しかし見えるものは変わらない。
いや、変わらなかったのだ。
「なんだ、これは?」
「バレンタインの贈り物です」
妹尾が答えた。おそろしいほど真顔で。
「猫に見えるが?」
「子猫です」
箱の中にはホワイトチョコレートのような白色のふわふわ毛玉が入っている。
耳としっぽだけはクリーム色をしているのだが、どこから見ても猫だ。
手のひらサイズの小さな猫。
アクアブルーのつぶらな目が俺をじっと見つめている。
「なんでチョコじゃないんだ?」
「だって課長、チョコ嫌いだから」
躊躇なく答える妹尾に俺は絶句する。
誰にも言っていないことを言い当てられた。
そうだ。コイツは鋭い観察眼を持っていたんだった。
「ちょ、ちょっとこっち来い!」
俺は片手でしっかり子猫入りのダンボールを抱えると、妹尾の手首を掴んでオフィスを出た。
これ以上、俺がしている努力を無駄にされてはならない。
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