甘いカラダのつくり方~本物の恋の仕方教えます~

恵喜 どうこ

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第十二話 乗ってやろうじゃない!

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 窒息してしまわないかと思うような重苦しい空気が立ち込めていた。
 この原因を作ったのは言うまでもなく私自身なんだけど、なにゆえ日曜のウキウキな休日にこんな暗い気持ちにならねばならなかった
 またしてもお酒の怖さを痛感している。
 学習能力どこいった、私。

「こんなところに閉じ込められちゃって。愛希、かわいそう……」

 ポツリ……とこぼしたわけではなく、しっかり聞こえるような大きな声でそう言ったのは説明するまでもなくバカホストこと星野龍空。
 対してその言葉を向けられた相手である黒縁眼鏡スーパーS上司様はと言えば、表情を変えることもなく手にした書類を龍空に差し出した。

「監禁しているわけじゃない。出入りは自由だ」
「監禁していなくてもこれ、軟禁じゃない?」
「辞書で意味を調べてから言え」
「オレだったらこんな狭い部屋に一日こんな怖い人と一緒にいるだけで拷問だわぁ」

 ねぇ、愛希?
 と賛同を投げかけてくるのはやめてくれまいか?

 日曜のランチタイムもそこそこに、上司様の運転する高級外車で会社へ向かったのは20分ほど前のこと。
 重苦しい空気は頭下げた後からもずっと続いていたけれど、ここへ来てもそれは改善されるどころかますます加重されている。
 それもこれもこのバカホストが空気読まずにいらないことを次から次にぽんぽんぽんぽん投げかけるせいだ。
 その度に上司様のこめかみに怒りの青筋がお立ちだという。

 それに、だ。
 龍空が言うほど部屋は狭いわけじゃない。
 十畳ほどの部屋を二人で貸切状態なら広いほうだろう。
 書棚がぎっしり、みっちり壁を囲っている事務室に比べたらとってもシンプル。
 なんせデスクが二つしか置かれていないんだから。
 それでもこの部屋以外に外を歩くことが少々どころか、大分気おくれすることを思えば、龍空の言っていることもあながち間違いであるとも言えず。
 頼むから、返答に困るような質問をこっちに投げて寄越さないでくれ。

「この部屋にずっといられるほど私は暇じゃない。おまえと違って」

 だから早くしろと言いたげに、黒縁眼鏡を押し上げながら仏頂面もとい無機質なお顔の上司は差し出した書類を確認するように促した。

『契約書』

 と書かれたその書類を、しかしながら龍空は見ようともしない。

「別にこんなもんいらないでしょ?」
「形式的にやるだけだ」
「契約金も発生しないのに?」
「後でやっぱりやめますと言われても困るからな。逃げるのが得意なおまえなら言いかねない」
「逃げるのが得意ねえ……」

 ピリピリと肌を突き刺すような会話のキャッチボールが続いている。

 ハブとマングース。

 昔、動物園ではこの天敵同士の戦いが見ることができたらしい。
 私自身は実際目にしたことはないが、この二人は例えるならまさにそれだ。
 どちらがハブで、どちらがマングースなのかは決められないけれど。

「じゃあ、それ、愛希としてよ。愛希が契約すればオレもやめますって言わない」
「は?」
「オレと愛希はセットだもんねえ」

 グッと肩を抱き寄せようとする龍空の手をすかさずかわす。
 なにを慣れなれしくしてこようとするんだ、この便乗犯!
 肩透かしを食った龍空は「あれ、素早いな」と言いつつ、クスクスおかしそうに笑っている。

「愛希の身のこなしって惚れ惚れしちゃう。腕っ節の強さもなかなかだし。この華奢な腕からどうしてあんなバカ力が生まれるのか、ますます興味湧いちゃうなあ」

 人の二の腕を軽く握って揉みながら龍空が言う。

「でもここ、柔らかいね」

 クス……と小さく笑いこぼしたその顔が下心たっぷりで逆の腕でその喉元を掴みあげる。

「今、なにかエロいこと考えただろう、バカホスト」
「あれ? バレた? ここってさ、ほら、胸の柔らかさと一緒っていうじゃない? 愛希ってば結構柔らかいんだなあとか思って……」

 その瞬間、腕の力をさらに強める。

「このまま締め上げてあげても全然構わないんだけどね」
「アハハ……冗談だってば愛希ちゃん。暴力は反対よ、暴力は」

 白旗降参、参りましたと両手を上げて謝る龍空になかば呆れながら手を放す。
 正面から受け止めていたらこちらがバカになりそうだ。
 なぜ、こんな男に目をつけられる羽目になったのか……自分の不運を呪いたい。

 するとそれを見届けていた対面に座る男が契約書をこちらに差し出した。

「あの……なんですか?」
「この男はキミが契約すればそれでいいと言った。契約書はキミの印でいい」

 契約書をしぶしぶ受け取ると、ペンを差し出される。

「あの……私、やっぱり出るんですよね?」
「なんのために私がわざわざキミのような女に頭を下げたと思っているんだ?」

 ――そんなの知らないわよ。

 一度大きくため息をついて、嫌々ながらサインをする。
 それにしたってこの上司様、お言葉に容赦がない。
 初対面で美人局の説明するときにもそこまで言わなくてもいいだろうくらいに浴びせられたのを思い出す。

『地味で、色気もなく、魅力的な女性とお世辞にも言えない』

 イタリアンレストランではどうだった?

『この女』

 今回はなんだ?

『キミみたいな女』

 この人はよほど女が嫌いなのか。
 蔑視も蔑視、ひどすぎる。
 しかし人のことは言えない。
 私もそれなりに男性を侮蔑するような言葉を使っている。
 心の中ではあるけれど――

「この間の絵コンテのあれですよね?」

 朱肉に印鑑を押しつけながら尋ねると「そうだな」と高嶺は答えた。

「素っ裸のあれですよね?」
「えッ!? 愛希、素っ裸になるの!?」

『素っ裸』というワードにすかさず反応する龍空を睨みつけるが、その顔も瞳もらんらんと輝いている。
 見るからにやる気満々になっているような気がする。
 印鑑を押す私の代わりに高嶺が答えた。

「正確には素っ裸ではなく、下着は身に着ける。ただヌーブラ、ベージュのTバックというところだろう」
「て……Tバック!?」

 驚いて声を上げる。

 ――しまった!

 今ので少し印鑑がずれて滲んでしまった。

「なにか?」

 黒縁眼鏡上司は顔色一つ変えずにそう返す。

 なぜ誰も驚かないの?
 Tバックでしょ?
 お尻丸見えのあれでしょう?
 ヌーブラ!?
 正確には素っ裸ではないが、どう考えても布で覆っている部分少なすぎでしょうが!

「愛希、もしかしてTバック穿いたことないの?」

 真顔で尋ねられ言葉に詰まる。

 生まれて27年、一度も穿いたことのない未知な領域、Tバック。
 そういうものを穿いたほうが男は燃えるんだろうと理解してはいるものの、セクシー下着の代表格にはいまだチャレンジしたことがない。
 もちろん、紐パンも然り。

「シーツで見えない部分のことだ。本番間際までガウンも着ている。実質、そんな姿をさらすようなこともない。誰もキミの裸に期待などしてない。芸能人でもなんでもない素人の裸なぞ見せられても見せられるほうが困るだけだ」

 これは自分を気遣って、フォローで言っているつもりだろうか?
 いや、単におまえに興味のある奴なんかひとりもいないからやれという業務命令ですね。

「まあ、そうですよね」
「愛希、同意するな」
「え?」
「あと、本当にいい加減にしてくれるかな、亨兄」
「え? は? 亨兄!?」

 なんて言った?
 あんた今なんて言った?
 トオルニイ?
 お兄さん?
 知り合い?
 それとも血のつながった本物の兄弟ってこと?

 龍空と高嶺を交互に見る。

 ――ウソでしょ!?

 似ている気はするけども。

「あんた、愛希のなにを見てそう言ってんの? そういや、愛希に地味で、色気もなく、魅力的とはお世辞にも言えないって言ったそうじゃない? それが本当ならあんたの目は本当に節穴だよね。その眼鏡は作り直したほうがいい」

 龍空は椅子にのけ反るように座りながら淡々とした口調で、組んだ足を抱えるように両手を置いた。
 対して上司様は同じような恰好で龍空の次の言葉を待っている。
 明らかに不機嫌である。
 この二人の関係性を掘り下げたいけど、ぜんぜんできない!

「悪いけど、愛希は地味なフリして色気を抑え込んでいるだけだから。彼女が本気で色気出して魅力的になったらあんたもきっと目の色変わるよ。そうなったとき、あんた。その台詞、恥ずかしくて二度と言えなくなるぜ」
「あのね、バカホスト。いい加減なこと言うな! 私は別に地味なフリして色気を抑え込んでもないし、本気で色気出してこんなかんじなの!」
「そう?」
「そう!」

 仁王立ちでそう言い切る自分に龍空は首を傾げたまま、ただほほ笑んでいる。

 なんだ、その不敵な笑みは?
 なんだ、その自信たっぷりな笑みは?
 また、なんか企んでいるんじゃないでしょうね、あんた!

「自信があるんだな?」

 龍空に向かって高嶺が切り出したので、思わずそちらに視線を戻す。

「やってもらおうじゃないか」

 嫌な予感しかしない台詞が上司様の口から洩れる。
 フッ……と片方の口角だけを上げて歪んだ口元で続けられる言葉に、またしても私の意思は全て切り捨てられたことを悟る。

「その魅力とやら、見せてもらおうか?」
「ああ、もちろん」

 ――勝手に答えるなよ~! バカあ!

 でもそうね。
 そうなのね。
 そっちがそうならいいわよ、やってやろうじゃない。
 売られた喧嘩、女として買ってやろうじゃない!
 あんたたちがどんな関係だろうが知ったこっちゃない!

「ナメられたまんまじゃ女が廃りますから」

 はい……と契約書を突き返しながら返事をする。

 やるもやらないもない。
 魅力とやらがなかったらどうしてくれるんだと思いながら龍空を見れば、満面の笑みを湛えて私を見つめていた。
 まるで『まんまと乗っかってきた』とでも言いたげに――

 ――いいわよ、乗ってやろうじゃない!

 まっすぐ龍空を睨みつけたまま、私はゆっくりと口角を上げ、ニッ……と笑い返してやった。
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