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第三十三話 熱狂に包まれて
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ステージから見る客席の様子はまるで違っていた。
上から見るのと下から見るのとでは雲泥の差がある。
真っ暗になった客席側。
煌々と照らし出されるステージ上でオネエサマ方は、慣れたように客席側に各々手を振って指定された場所に立って行く。
ヒューヒューという口笛がそこここで鳴り、トップ3の名前が叫ばれる。
中には『マリリン!』と叫ぶ声まで聞こえ、アフロヘアの鬼教官は真っ赤なリップを塗りたくった唇を尖らせるようにして客席に向けて投げキッスを振りまいている。
おネエサマ方の後に続いてステージに立って客席側を見下ろせば、その一つ一つの目玉が好奇の色に揺らめいている。
あのバカホストの仕込み声のおかげで冷静さを取り戻していた気持ちはさらに引き締まって背筋が伸びた。
ゴクリと唾を飲み込むと同時に力強く拳を握りしめて深呼吸する。
急ピッチで全身を巡っていく血が沸騰してしまいそうだ。
落ち着かない。
裸を見られているわけではないけれど、気恥ずかしさがこみ上げる。
それでもここに立った以上はもう後戻りは許されない。
――あとは成すがままよ!
カッと目を見開いて真っ直ぐに前を向く。
そしてそこで気づいた。
暗闇の中で真っ白な衣装に身を包んだ男がひとり、客席の一番奥のほうに立ってこちらを見つめていた。
龍空だ。
周りの目なんか気にせずに、気配を押し殺すこともなく堂々と余裕たっぷりにこちらに手を振っている。
応援してくれているんだろう。
いいですとも。
やってやりますよ!
こちとら、俄然やる気スイッチオンなんだから!
イントロが鳴るその前に顔を覆うように両手を開いて、腰をくねらせポージング。
おネエサマ方もそれぞれポーズをとれば、スピーカーから腹の底に響くようなビートが轟いた。
鬼教官のしごきに堪えて、練習に練習を重ねたフリとステップ。
みっちり体に染み込まされたダンスは繰り返し聞かされた曲にピッタリ重なり、自然に動く。
力強く、けれど女性らしくしなやかに腕を振りあげ、足を伸ばす。
ステージを踏みしめるようにステップを踏んで腰をくねらせれば、ぷるんと二つの乳房が柔らかく揺れる。
おネエサマ方に習ってステージを眺めるように首を振り、愛嬌のある笑顔を振りまいた。
客席の歓声が高鳴るビートに合わせてヒートアップしていく。
刻め、刻め、ステップを!
足を振り上げて腕を伸ばせ!
首を振って髪をなびかせ、ほらほらほら!
きっちり揃い上げたラインダンス。
クルクルッとターンを刻めば、体のしなりに合わせてフリンジが揺れ動く。
金色に輝くフリンジたちが揺れ動いて煌めくラインを行く筋も作る。
ステージの熱気が客席を煽る。
扇情的に踊る美女たちに客たちがざわめいていた。
体が熱く燃え上がる。
一緒に踊るオネエサマ方と視線がぶつかるたびに熱いものが込み上げてきて、自然に顔がほころんでいた。
――楽しい!
躍動する体が快感に痺れ、心地のいい酔いの波が全身を包み込む。
もっともっともっと!
もっともっと踊りたい!
歓声に包まれて高揚する頬の熱気に、体の芯がこれ以上はないほど強く熱く燃えていた。このまま彼女たちとずっと踊りつづけたいという欲望が芽生えて、体の動きに磨きをかけていくようだった。
中央で踊る倫子がステージ端で踊る私へ近づいてきて、手を取った。
なに?
なに?
なに!?
リハーサルとは違う演出にパニックになりかける私に倫子は小さな声で「大丈夫」と囁いた。
私は彼女と共にステージの中央に引っ張り出されると、今度は鬼教官ことマリリンが近づいてきて、パチンと大きくウィンクした。
なに?
なに?
なんなの!?
動揺する私とは反対に、まったく落ち着いた様子でマリリンが私の体をヒョイと持ち上げた。
「わわっ」
ジタバタしかけると、倫子が小さく「ピンと全身伸ばしてヒコウキの姿勢」と告げた。
慌ててその通りに姿勢を取れば、自分の体を持ち上げた腹の下で私ごとクルクルとマリリンが回り始めたんだ。
――うっそでしょ!
必死に力を込める。
つま先から指先までピンと伸ばして成されるがままクルクルと回される。
予想していなかった展開に思考が追いつかない。
そんな私とは対照的に客席はさらに盛り上がりを見せていた。
周りで踊るお姉さまたちもこれ以上ないほどキレキレのダンスを披露する。
そうこうするうちに曲がフィニッシュに近づいて来た。
マリリンは回るのをやめて私を下ろすと、今度は近づいて来たトップ3と足場を組んで『乗れ』と囁いた。
乗れってどこへ?
なんて言っている場合じゃない。
乗れませんなんて躊躇している場合じゃない。
ふらふら気持ち悪いとか根性ないこと思っている場合じゃない。
――とにかくやれ、愛希!
言われるまま彼らの手で組まれたやぐらに足をかければ、そのままヒョイッと持ち上げられる。
『大きく万歳!』
飛んできた指示通り、曲のフィニッシュに合わせて万歳のポーズをとった。
刹那上がる大歓声は今までにないほどの熱気に溢れていた。
ゆっくりと地面に戻されて、熱に浮かされるままに客席に向かって大きく手を振りながら、私は一番奥にいる白スーツ姿のアイツを探していた。
視線がぶつかった瞬間に叩いていた手をとめて、大きくガッツポーズして見せるアイツに、勢い余ってガッツポーズし返してしまったけれど……
人生でこれ以上はないだろうと思うくらいの充足感と高揚感満ちた私は、今までにないほど大きく口を開いて笑っていた。
歓びに満ち足りた心からの笑顔を引き出してくれた仲間たちに感謝しながら、客席に手を振って――
そしてちょっとだけ。
本当にちょっとだけ、あのバカホストに感謝して――私はステージに立っていた。
だけど甘かった。
それだけで終わるはずがなかったんだ。
「今宵のステージを盛り上げてくれた特別ゲストは、ステージを引退していく年月。そのキレのある身のこなしは今も健在。我らがトップオブビューティー、倫子ママーー!」
マリリンのマイクパフォーマンスに倫子が一歩前へ出て客席に笑顔を振りまいた。
それが済むとマリリンが私を見た。
魔物さえ飲み込みそうな分厚く大きな唇がぶわっと一際大きく歪み、弧を描く。
嫌な予感。
なんか嫌な予感。
そう思ったのも束の間、彼女は客席に向き直って大きな身ぶりで叫びあげた。
「そしてもう一人。颯爽と現れた新人スターは今、世間を賑わす話題のCMに出演の謎の美女ことアキー!」
その瞬間、歓声が悲鳴に変わり、大絶叫とどよめきが店中を埋め尽くした。
「ステキー、アキー!」
店の一番奥からそんな一声が飛んでくる。
客が一斉に声のしたほうを見る。
あのバカホストが大きくてを振り回して私の名前を連呼し、周りの客になにかを吹き込んで回っているのが目にうつる。
星野龍空の存在を知った客たちがさらに嬌声をあげ、客席は大盛り上がりになった。
――なにをしてくれるんだ、あんのクソバカホスト!
「はい、しっかり笑顔で応える!」
地団駄踏みかける私を制するように倫子が耳元で促した。
周りはガッチリとおネエサマ方に囲まれている。
そんな逃げ場なしの状況でひきつる頬を叱咤する。
遠慮気味に手を振りながら、店の一番奥でキャーキャー騒ぐ龍空を絶対にサンドバクにしてやろうと心に誓った。
上から見るのと下から見るのとでは雲泥の差がある。
真っ暗になった客席側。
煌々と照らし出されるステージ上でオネエサマ方は、慣れたように客席側に各々手を振って指定された場所に立って行く。
ヒューヒューという口笛がそこここで鳴り、トップ3の名前が叫ばれる。
中には『マリリン!』と叫ぶ声まで聞こえ、アフロヘアの鬼教官は真っ赤なリップを塗りたくった唇を尖らせるようにして客席に向けて投げキッスを振りまいている。
おネエサマ方の後に続いてステージに立って客席側を見下ろせば、その一つ一つの目玉が好奇の色に揺らめいている。
あのバカホストの仕込み声のおかげで冷静さを取り戻していた気持ちはさらに引き締まって背筋が伸びた。
ゴクリと唾を飲み込むと同時に力強く拳を握りしめて深呼吸する。
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落ち着かない。
裸を見られているわけではないけれど、気恥ずかしさがこみ上げる。
それでもここに立った以上はもう後戻りは許されない。
――あとは成すがままよ!
カッと目を見開いて真っ直ぐに前を向く。
そしてそこで気づいた。
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龍空だ。
周りの目なんか気にせずに、気配を押し殺すこともなく堂々と余裕たっぷりにこちらに手を振っている。
応援してくれているんだろう。
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やってやりますよ!
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おネエサマ方もそれぞれポーズをとれば、スピーカーから腹の底に響くようなビートが轟いた。
鬼教官のしごきに堪えて、練習に練習を重ねたフリとステップ。
みっちり体に染み込まされたダンスは繰り返し聞かされた曲にピッタリ重なり、自然に動く。
力強く、けれど女性らしくしなやかに腕を振りあげ、足を伸ばす。
ステージを踏みしめるようにステップを踏んで腰をくねらせれば、ぷるんと二つの乳房が柔らかく揺れる。
おネエサマ方に習ってステージを眺めるように首を振り、愛嬌のある笑顔を振りまいた。
客席の歓声が高鳴るビートに合わせてヒートアップしていく。
刻め、刻め、ステップを!
足を振り上げて腕を伸ばせ!
首を振って髪をなびかせ、ほらほらほら!
きっちり揃い上げたラインダンス。
クルクルッとターンを刻めば、体のしなりに合わせてフリンジが揺れ動く。
金色に輝くフリンジたちが揺れ動いて煌めくラインを行く筋も作る。
ステージの熱気が客席を煽る。
扇情的に踊る美女たちに客たちがざわめいていた。
体が熱く燃え上がる。
一緒に踊るオネエサマ方と視線がぶつかるたびに熱いものが込み上げてきて、自然に顔がほころんでいた。
――楽しい!
躍動する体が快感に痺れ、心地のいい酔いの波が全身を包み込む。
もっともっともっと!
もっともっと踊りたい!
歓声に包まれて高揚する頬の熱気に、体の芯がこれ以上はないほど強く熱く燃えていた。このまま彼女たちとずっと踊りつづけたいという欲望が芽生えて、体の動きに磨きをかけていくようだった。
中央で踊る倫子がステージ端で踊る私へ近づいてきて、手を取った。
なに?
なに?
なに!?
リハーサルとは違う演出にパニックになりかける私に倫子は小さな声で「大丈夫」と囁いた。
私は彼女と共にステージの中央に引っ張り出されると、今度は鬼教官ことマリリンが近づいてきて、パチンと大きくウィンクした。
なに?
なに?
なんなの!?
動揺する私とは反対に、まったく落ち着いた様子でマリリンが私の体をヒョイと持ち上げた。
「わわっ」
ジタバタしかけると、倫子が小さく「ピンと全身伸ばしてヒコウキの姿勢」と告げた。
慌ててその通りに姿勢を取れば、自分の体を持ち上げた腹の下で私ごとクルクルとマリリンが回り始めたんだ。
――うっそでしょ!
必死に力を込める。
つま先から指先までピンと伸ばして成されるがままクルクルと回される。
予想していなかった展開に思考が追いつかない。
そんな私とは対照的に客席はさらに盛り上がりを見せていた。
周りで踊るお姉さまたちもこれ以上ないほどキレキレのダンスを披露する。
そうこうするうちに曲がフィニッシュに近づいて来た。
マリリンは回るのをやめて私を下ろすと、今度は近づいて来たトップ3と足場を組んで『乗れ』と囁いた。
乗れってどこへ?
なんて言っている場合じゃない。
乗れませんなんて躊躇している場合じゃない。
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――とにかくやれ、愛希!
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『大きく万歳!』
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ゆっくりと地面に戻されて、熱に浮かされるままに客席に向かって大きく手を振りながら、私は一番奥にいる白スーツ姿のアイツを探していた。
視線がぶつかった瞬間に叩いていた手をとめて、大きくガッツポーズして見せるアイツに、勢い余ってガッツポーズし返してしまったけれど……
人生でこれ以上はないだろうと思うくらいの充足感と高揚感満ちた私は、今までにないほど大きく口を開いて笑っていた。
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そしてちょっとだけ。
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