苦水に蛍

あーさん。

文字の大きさ
上 下
2 / 2

月夜の夜光虫

しおりを挟む
アキとの始まりはまるで雷が落ちたようなものだった。
私は夜の散歩が好きで、よく夜の九時を過ぎてから家の周りをうろつく。
夜風は不思議と私の例えようも無い孤独を紛らわせてくれる。
公園に咲いた花の匂い。
近所の犬の鳴き声。
流れる川の水面の色。
雲の中にひっそりと身を隠す月。
その全てが私の生きる源であり、私が生きていると自覚させてくれる唯一の時間だった。
スーっと少し冷たさを持った風が私の頬を掠める。
昼間は暖かいのに夜は別の季節のように冷え込む。
「もう帰るか…」
私はゆっくりした足取りで家路に向かう階段を登った。
そこからはこの辺では一番綺麗な夜景が視界いっぱいに映る。
「…?」
先ほど横切った公園のベンチに誰か倒れている。
とても華奢で触れば壊れてしまいそうだ。
私より一個上か同い年といったところだろうか。
私は少しヒヤリとした。
外灯に照らされた彼女の顔は夜光虫のように美しい。
まるで蛍が最後の力を振り絞り、美しい少女に化けたようだ。
見てはいけない、と私の中の本質が酷く訴える。
でも私の熱を持った感情が止まる筈がない。
私の中の欲が身体の奥で暴れ狂う。
私はしばらくそこから動けなかった。
息が苦しい。心臓が痛い。
熱くなった身体の奥がズクズクと疼き始める。
「ハッ…ハッ…」
見開いた瞳から涙が溢れ落ちた。
長く綺麗なまつ毛が少し動く度、私の気持ちは加速する。
身体の奥から湧き上がった汚い私の感情。
「彼女は…私のものだ…」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...