鶴が舞う ―蒲生三代記―

藤瀬 慶久

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第二章 蒲生定秀編 天文法華の乱

第25話 不受不施

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主要登場人物別名

藤十郎… 蒲生定秀 六角家臣
新助… 進藤貞治 六角家臣
次郎… 大原高保 六角家臣 六角定頼の実弟

公方… 足利義晴

――――――――

 
 観音寺城下に戻った定秀は、蒲生屋敷に到着すると留守居役の福富平次郎の出迎えを受けた。
 玄関で草鞋わらじを脱ぐと、侍女がたらいに張ったお湯を持って足元に座る。
 冷えた体に暖かな足湯はとろけそうな程の心地よさで、年の瀬も迫った冬の行軍に芯から冷え切っていた定秀は生き返ったような気持ちになった。
 侍女にされるがまま足をぬぐわれていた定秀は、ふと気づいて顔を上げる。

「そういえば辰はどうした?姿が見えんが…」

 定秀が福富に問うと、福富以下出迎えの者達が一様に微妙な顔をする。

「どうした?何かあったのか?」
「それが… お方様は御裏方様から招かれてお城に…」
「御裏方様に?」

 定秀は一層不審が募った。少なくとも、辰が志野に会ったのは夏の田楽祭りの時だけのはずだ。
 留守中にそこまで親密になっているとは露知らず、何か辰が不始末でも仕出かしたかと心配になった。ともかくも具足を脱ぐと復命の為に観音寺城に登城した。


「お下知の通り、公方様の上洛はつつがなく完了いたしました。某も供奉の役目を果たし、公方様から一字を頂戴いたしました」
「うむ。ご苦労であった」

 評定の間で六角義賢の若々しい声が響く。後ろには進藤を筆頭に、蒲生・後藤・永原の四人の姿があった。
 もっとも、報告と言ってもおおよその事は先に文を送ってある。復命の目的は純粋に顔を見せに来ただけだ。

 頭を下げて下がろうとする定秀に、上座から声が掛かった。

「新助と藤十郎は後で亀の間へ来い。別途、話がある」

 ―――法華宗の件か

 定頼の私室である亀の間は、城内を通らずに庭園から軒先に回れるようになっていた。保内の伴庄衛門などは定頼から呼び出しを受けると直接亀の間に行く。
 亀の間で話をするというからには、商売がらみだろうと当たりを付けた。


 しばし待って奥に向かうと、定頼と共に志野の姿もあった。
 定秀と進藤は不審な顔をして下座に座る。無責任な噂話では色々言われるが、志野は表向きの事に口出しをするような女性ではない。定秀と進藤の二人は、定頼の用件がさっぱりわからなくなった。

「実はその方らに会わせたい者がおってな」
 定頼がそう言うと、襖が開いて赤子を抱いた辰が入って来た。

「辰…?」

 呆気に取られていると、辰が腕に抱いた赤子を床に立たせる。辰の小袖をキュッと握りながら頼りなさげに立つ赤子には、見慣れぬ大人に対する警戒感があった。

「藤十郎殿、今年の初めに辰殿がお産みになられました。お元気な和子様でございますよ」
 志野が笑顔でそう言うと、四者四様の視線が定秀に集まった。

「俺の子…?」

 突然の事に戸惑う定秀を前に、辰が嬉しそうに微笑み、志野がニコニコと笑顔を湛え、定頼は期待に小鼻を膨らませ、進藤はようやく事情を理解して納得顔だった。

「その… まことに俺の子か?」

 瞬間、しまったと思ったがもう遅かった。
 辰が大きく目を剥き、志野の笑顔が凍り付き、定頼は笑いをこらえるように口を抑え、進藤はため息を吐いて目を覆った。

「藤十郎様!一体どういう意味ですか!」
「い、いや!違う!そういう意味じゃない!」
「………」
「ぶわっははははははは」
「やれやれ…」

 必死に弁明する定秀を前に、辰は目を三角にして怒り狂い、志野は何も聞かなかったように笑顔のまま座り、定頼はこらえきれずに噴き出し、進藤は同情の眼差しを定秀に向けていた。

「御屋形様。ちといたずらが過ぎますぞ」
「なに、辰殿の御意向だ。京で働く藤十郎に余計な負担をかけたくないとな」
「それにしても、ここまで引っ張る意味はないでしょうに…」

 戦場での勇猛さの欠片もなく、怒れる妻を前にひたすらオロオロする定秀を見ながら、進藤は再び深く同情していた。

 突然の事に驚いて泣き出した赤子を抱いて辰と志野が退席すると、やがて伴庄兵衛がやって来た。

「さて、京の話を聞こうか」

 定頼の顔つきも一変していた。



 ※   ※   ※



「法華宗は今や京を抑えるのは自分達だと増長しております。比叡山だけでなく、公方様へ段銭を拒否する宗派も増えております」
不受不施ふじゅふせか… 面倒だな。やはり寺に武力まで持たせればロクな事にならん。銭だけで満足しているなら可愛げもあるが…」
 定頼がため息を吐いた。定頼は、還俗して呼び戻されるまでは相国寺鹿苑院で出家する臨済宗の僧だった。その為、京の法華宗や一向宗などの宗門に対する知識を充分に持っていた。


 法華宗は宗祖日蓮が開いたために日蓮宗とも呼ばれるが、一口に日蓮宗といっても教義を巡って諸派に分かれている。
 日像を開山とする妙顕寺の四条門流、日静を開山とする本圀寺の六条門流が当時の京の二大門流だったが、他にも日実・日成による妙覚寺、日什による妙満寺、日陣による本禅寺、日隆による本能寺など京だけで二十一もの本山が乱立していた。

 各門流は当然ながらその主張する教義に若干の違いがある。そもそも宗祖の日蓮自身がただの一度も日蓮宗を名乗っていないという矛盾もあった。
 日蓮は終生、自分自身をあくまでも比叡山の一僧侶と位置付けていた。


 日蓮は法華経以外は悪法であると断じたが、その為に法華宗は排他的な宗教になり、不受不施ふじゅふせという教義を持つに至った。
 これは、法華宗の信徒以外からの布施は受けないし法華宗の信徒以外には供養もしないという徹底した法華宗至上主義だ。
 要するに法華門徒以外は人に非ずということだ。

 しかし、京という朝廷権力、幕府権力の中心地で布教を行う必要性から、王侯権力に対してはこの限りにあらずとして言わば権力に迎合したのが六条門流で、対する四条門流は権力に対しても屈することなく法華宗の本義を貫いた。


 一方で御料所の少なかった足利将軍家は、伝統的に京の段銭や関銭、酒銭などの銭課税によって収入を得ており、これらの収入を貸し出す事で金利収入を得る金融業を大きな収入源としていた。
 それらの課税で税務署の役割を果たしたのが法華宗の寺院であり、足利家の貸金の取次を行うのも法華寺院だった。

 法華寺院は京の商売人からお布施を集め、その一部を将軍家に上納することで京で布教する特権を得たが、一方で寺自身が貸し出した銭の金利収入も一部上納金に充てられた。
 室町時代までは度々徳政令が発布されたが、法華宗の寺院へ納めた利益金は徳政の対象外とされるため、商人達は自分で持っているよりも安全に資産を保管できた。
 要するに当時の法華宗寺院は、商人から見れば金融機関であり、権力側から見れば徴税請負人という立場にあった。

 しかしながら永正の頃には本来の教義である不受不施に回帰しようという動きがあり、異なる門流であっても大同団結して足利将軍家への上納金を拒否するといった事態にまで発展していた。
 また、摂津・河内を暴れまわった一向一揆に対抗するため、法華宗門徒である京の町衆も武装して自警団を組織していたが、その武力を見込まれて細川晴元の一向一揆討伐に軍勢を出す事まで行っている。
 法華宗にとって財力と武力を兼ね備えた法華一揆集団は、武家と対等以上に渡り合える勢力であるという肥大化した自己意識へと変貌していた。

 増長した門徒達は法華宗門徒以外が京で商売をすることを実力を持って排除した。
 特に比叡山を本所とする保内衆などは憎悪の対象にまでなった。法華宗は足利家と結びつく前は比叡山から散々に弾圧され、この当時も比叡山とは徹底的に対立している。

 定頼から見れば、一向一揆は米の収入源である農村を困窮させ、法華一揆は銭の収入源と情報源である商人衆を拒絶するという点でどちらも相容れない存在だった。


「次郎はどうしておる?」
「今の所、沈黙しておられます。法華宗と正面から対立すれば六角が矢面に立つことになります故」
「そうか…」

 六角定頼の弟の大原高保は義晴の側衆として京に居残っていたが、これは京の情勢を近江に伝えるというのが本来の役目だった。いざとなれば将軍義晴を京から落ち延びさせる役目もある。
 大原氏の本拠である大原庄おおはらのしょうは甲賀に近く、和田氏や滝川氏などの甲賀郷士と血縁の関係があり、今回の大原高保の上洛にも従っていた。

「庄衛門。京を通らずに摂津や河内へ販路を作る事は可能か?」
「九里半街道を開いて頂きましたので、若狭から丹波・摂津へ出る事は不可能ではありませんが…」
「若狭も丹波も今は危険か…」
「…はい」

 若狭では定頼の娘婿むすめむこの武田信豊が従兄弟の武田信孝と争っており、丹波から摂津に行けば細川晴元と細川晴国が戦の真っ最中だ。
 商売としては、京を通るのが上策だった。

「一度、全てを掃き清めねばならんのかもしれんな…」

 誰に向けたものでもなくポツリと放った定頼の一言は、宙をさまよってそのまま消えたが、定秀はその一言がいつまでも心の片隅に残っていた。



 ※   ※   ※



 年が明けて天文四年、近江は平穏だったが周辺国では騒がしい日が続いた。
 摂津では相変わらず細川晴元が一向一揆残党と細川晴国の二正面での戦いを強いられ、越前では加賀や越中の一向一揆に神経を尖らせた。
 そして、隣国美濃においては土岐頼芸が兄であり土岐家当主の土岐頼武を越前に追放して政権を奪取していた。

 土岐頼芸は父親である土岐政房の十七回忌を執り行い、正当な後継者であることを内外に喧伝けんでんする。だが、兄の遺児である土岐頼純は美濃北部の大桑城に籠って徹底抗戦の姿勢を示した。
 土岐頼純は自分こそが正当な美濃守護職の後継者であると主張し、死ぬまで頼武を保護していた朝倉もこれを支援する。

 六角定頼も頼純の方に理があるとして目賀田・高野瀬・三井の軍勢を美濃との国境付近に差し向け、西美濃衆を牽制していた。
 朝倉と六角の介入によって戦火は美濃全土に広がり、未だ地盤の安定していない土岐頼芸は窮地に立たされた。

 土岐頼芸は頼純軍や美濃国内に侵入した朝倉軍と戦いを続ける一方、国境を堅持して積極的な介入を行わない六角とは話し合いの余地があると見た。


 天文四年(1535年)六月
 六角定頼との講和交渉を行う為、土岐頼芸の使者が観音寺城を訪れていた。

 使者の名は長井新九郎秀規。
 後の名は、斎藤道三。

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